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29.黒の幼女

「サフィ下がれ! コイツは人間じゃないっ!」


 尋常ではない黒の幼女の気配に、エフォートは弾けるように立ち上がりサフィーネを庇い前に立った。


「ええ!? で、でも私、足が……ってあれ?」


 エフォートの剣幕に慌てて従ったサフィーネは、瓦礫に押し潰された足に傷ひとつないことに気づく。


「うそ、治ってる!?」

「何っ? いや、違う……どこだここはっ!?」


 エフォートは王城にいたはずの自分たちが、いつの間にか闇の空間に浮かんでいる事に気がつく。


「……俺から離れるな、サフィ」

「フォート……分かった」


 唐突に起こったこの奇怪な現象、サフィーネは素直にエフォートの腕を掴んだ。

 さすがの王女も、この状況では何も分からず何もできない。


「なんと!? さっそく二人は愛称で呼び合う仲か! もう、リア充爆発するのじゃ! 爆発するのじゃ!」


 黒の幼女はわざとらしく地団駄を踏む。


「……殿下、このガキが何を言ってるのか分かりますか?」

「さあ……ちっ」


 答えつつサフィーネは、幼女の余計なツッコミのせいでまたエフォートの口調が戻ってしまったことを口惜しがる。

 幼女はそのサフィーネの内心を見透かしたように、ヌタリと笑った。


「……さて。やるではないか魔術師の小僧にお姫様。歴史ではラーゼリオンはここで滅び、承継魔導図書群の封印を解く王家の血は失われるはずだったのじゃ」


 サフィーネの肩がビクッと震えた。


「良かったのじゃ、良かったのじゃ。あちらの世界から召喚したラノベも、きっかけにはなったようじゃしの。面白くなってきたのじゃ!」

「……承継魔導図書群? ラノベ? なんのことだ」


 聞きなれない単語に、エフォートは眉をひそめた。

 サフィーネの顔色は変わっている。


「おやおやぁ? お姫様、手にした者に膨大な魔術の叡智を授ける承継図書のこと、小僧に話しておらなんだかぁ? 幼馴染を隷属魔法から解放したいこの男に、それはあまりにズルいのじゃっ!」

「な、なんで知って……エフォート殿にはこれから伝えるつもりでしたわ!」


 王族以外には、国の要職に就く者しか知ることのない王家承継魔導図書群の存在。エフォートには機が熟したら話すつもりだった。それを隠していたかのように揶揄され、サフィーネは目の前の幼女が憎くて仕方がない。


「……殿下」

「フォート本当よ、私は隠すつもりは」

「分かっています、後で聞かせて下さい。ではラノベというのは?」

「それは、私にも……」


 幼女はニタニタと笑う。


「良かったの、お姫様。小僧の信頼が揺らがなくて。でも内心では分からぬぞ?」

「そ、そうなのフォート!?」

「大丈夫です殿下、落ち着いて下さい」

「ほれ、殿下呼ばわりじゃ」

「フォートぉ……」

「からかうなこのガキ! もう黙れ!」

「くかかかかっ、黙ってよいのじゃな?」

「く……こいつ」

「くかかかかかっ」


 常識の通用しない状況に置かれ、サフィーネは年相応の女の子のようになってしまっている。

 そんなサフィーネを弄び、黒の幼女は嗤う。


「かかか……はてさて。で、ラノベというのはの」


 やがて気が晴れたのか、幼女は自分から話を続けた。 


「正しくはライトノベルという。そなたが魔導書と目して解読しているものじゃ」

「あれを……お前が?」


 エフォートは目を見張った。


「この世界にはあり得ない物だと、感づいておったじゃろう? そんなものを召喚できるのはこの吾か、白のあやつしかおらぬわ」

「白? ……いい加減にしろ」


 堪えきれなくなったエフォートが、一歩前に出る。


「貴様、何者だ? 見た目通りの奴ではないだろう。もったいつけた物言いは沢山だ、用があるなら正体を明かして、早く言え」

「くくく……そう急くな、エフォート・フィン・レオニングよ。なにせ、こうして人間と同じ次元まで降りてきて話すのは久方ぶりなのじゃ。もう少し愉しませい。それに」


 ふと、黒の幼女が闇に溶けるように搔き消えた。


「えっ?」

「吾の正体などとうに気づいておるのじゃろう?」

「きゃあっ!」

「うおっ!」


 後ろから、エフォートとサフィーネの間にひょっこりと顔を出す幼女。

 二人は慌てて前に駆け出して距離を取ろうとした。

 だが、なぜか幼女との距離は縮まらない。


「な、なんっ……!」

「なにこれなにこいつ、気持ち悪い気持ち悪い!」


 逃げても逃げても顔の近くにピタリと浮かんで付いてくる幼女。そもそも闇の空間に浮かんでいるのに二人が駆けることができるのがおかしいのだ。


「ふははははは! 魔王からは逃げられぬのじゃ!」


 愉しげに幼女は笑う。

 さりげに自称したその正体に、サフィーネは驚愕し、エフォートはやはりと顔をしかめた。


「え!? ま、魔王ッ……!?」

「女神のはずはないと思ったが、やはりな……復活にはまだ早いんじゃないのか」

「くふふ、どうかのー?」


 ようやく二人から離れた自称魔王は、満足げにほくそ笑む。


「なぜ、女神ではないと思ったのじゃ?」

「女神が貴様のようなふざけた存在であってたまるか」

「あ、それって偏見じゃ! あやつの方がよっぽど頭がいかれてるのじゃっ!」

「知るか。だったら連れてこい」

「分かったのじゃ」

「は?」


 黒の幼女は再び搔き消えた。

 今度はしばらく、戻ってこない。


「……ねえ、フォート」

「エフォートです。エ・フォート。勝手に名前を縮めないで下さい」

「むう……。そ、そんなことよりさ」

「何が起こってるのかとか、あのガキの言ってることが本当かとか、聞かないで下さいよ。俺にも塵ひとつ分だって分かりはしません」

「だよね……」


 沈黙が流れる。

 どれくらい待ったのか。もう何年も待ったかのような錯覚すら覚え、サフィーネは不安になる。


「ねえフォート」

「エフォートです」

「これ、置き去りにされた? 私たち、この変な場所に閉じ込められた?」

「……その可能性は」


 エフォートが答えかけた時、空間に名状し難い激しい音が響き渡り、闇の中に亀裂が走った。


「きゃああっ!」

「サフィ下がれ!」


 それは白く輝く亀裂。

 闇の空間を打ち壊すように、どんどん広がっていく。


「なんなのかしら、なんで我がこのような忌まわしい処に来なければならないのかしら、我はいろいろ忙しいかしら!」

「ええい、どこぞを彷徨いておるだけじゃろう!? ゲームを盛り上げる為じゃ、吾にも協力せい!」


 亀裂の向こうから黒の幼女に連れられて、白の幼女が現れた。


次回、「30.白の幼女」


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