22.それでも兄であり
「なっ……エリオット王子!?」
たった一閃でヴォルフラムを含む四人の剣を弾き返した者に、軍団長は驚愕する。
「ヴォルおじさん! どんな理由があっても、女の子を寄ってたかって斬るなんて駄目だと思うよ!」
「な……そういう次元の話では!」
「エリオット兄様!?」
背中で響いた声に誰よりも驚いていたのはサフィーネ。
意外過ぎる援護に言葉を失う。
いや、それ以前に。
「そこをどかれよ!」
「どかない!」
「くっ……ならば!」
ヴォルフラムの剣が唸る。ギィンと剣戟の音が響き弾かれる。
「王子の相手は私がする! お前らは王女殿下を!」
「はっ!」
「行かせないってば!」
エリオットはヴォルフラムの剣をいなしながら、巧みに位置取りして近衛兵四人の行く手を阻む。
背後で響き続ける剣の打ち合う音。自分に届くことのない刃。サフィーネには己の背中で何が起こっているのか見ることができない。
だが、愚鈍と侮っていた二番目の兄が自分を守っていることだけは明らかだった。
「王子……! その強さ、いつの間に」
「ヴォルおじさん、どう? 僕もなかなかやるようになっただろ!?」
実際のところ、「やるようになった」レベルではなかった。
王国軍の大ベテランであるヴォルフラムにエリートぞろいの近衛兵三名を、たった一人で完全に抑え込んでいるのだ。
幼い頃に王子二人に剣を教えたこともあるヴォルフラムには、俄かに信じられられない技量。しかも、どうやらこちらを斬ってしまわないよう手加減をしている節まであるのだ。
「エリオット、お前どうして」
驚いているのはハーミットも同じだった。今の今まで、弟がここまでの使い手だと気付けなかったのだ。
「兄ちゃん! おかしいよ、なんでグランなんかに従うのさ!」
「何?」
「いくらサフィーネが間違ってたって、殺されるのを黙って見てるなんておかしいよ!」
「……そういう話じゃないんだエリオット、このままじゃお前まで王国の敵になってしまう。ヴォルフラムの邪魔をするんじゃない」
「いくら兄ちゃんでも、こればっかりは従えないっ! 妹を守るのに理屈なんかいらないだろっ!? 兄ちゃんはまた……サフィーネを見捨てるの!?」
エリオットはヴォルフラム達を抑え続ける。
エリオットが自分自身の意志で王女を守っているのは明らかだったが、それより先に許可を与えるが如く、第二王子の名を呼んだのは。
(お父様……?)
予想し得なかった事態に、サフィーネの視線が泳ぐ。
次の瞬間、サフィーネの両手はシロウによって掴まれ、捩じ上げられた。
「しまっ……あうっ!」
「サフィーネ!」
「もういいよお前ら。お涙頂戴の兄妹ドラマなんざリクエストしてねーっつの」
ほとんど宙吊りになる形で腕を掴まれ、サフィーネが苦痛に顔を歪める。
「ほれみろ。銃なんざ持ってねえじゃねーか、このハッタリ女」
「やめろっ……サフィーネを放せ!」
エリオットが王兵たちを蹴り飛ばして、サフィーネを助けに駆け出す。
「ごめんねお兄さん、そういうの嫌いじゃないけどっ」
その行く手を遮るように、ルースのバトル・アックスが振るわれた。
冒険者ギルド一の戦士を上回る膂力を持つ、女戦士による一撃。
エリオットは剣を絶妙な角度で構え、まともに受ければ剣を折られていた威力の斧を受け流した。
「コイツ!?」
「邪魔すんなっ!」
「こっちの台詞!」
リリンが、隙のできたエリオットに追撃を放つ。
今度は冥竜すらたじろがせた剣士の斬撃。人族の常識を超えるその剣を、体勢を崩していたエリオットは水の流れを変えるような柔らかさでまたも捌いた。
「っとぉ!」
「なっ……ならこれでっ! 裂空斬!」
「それ何度も見たっ!」
影写魔晶を繰り返し見て、研究していたのはエフォートだけではなかった。
同じ剣を扱う者として、優れた技を見たエリオットもまた、リリンの剣を研究していたのだ。
「どうだぁ!!」
あらゆる防御を空間ごと斬り裂くリリンの剣技。エリオットはドラゴンのブレスすらカウンターを取ったリリン自身の技で、迎え撃つ。
「ウソ!? あたしの〈闘竜返し〉をっ!?」
辛うじてカウンター攻撃を避けたリリンは体勢を大きく崩して、二撃目を狙っていたルースの方へと倒れ込んでしまう。
エリオットはその横を駆け抜ける。
「シロウ! サフィーネを放――」
「すまぬ。騎士としてはそなたを認める」
テレサのランスが突き出された。
すんでのところでエリオットは体を沈めて躱すが、その隙に回転を効かせた柄による追撃を喰らう。
「ぐっ……!」
横に構えた剣で受け直撃は避けたが、さすがに重い衝撃を受け流すことはできず、突進は止まった。
「シルフお願い。〈ウインド・ブロウ〉」
エルミーの願いに応えた風の精霊が、エリオットに向けて突風を巻き起こす。
対魔法の技術を持っていないエリオットは、まともに吹き飛ばされた。
「うわあっ!」
派手に飛ばされたエリオットは壁に激突し、崩れ落ちる。
「痛って……がはっ」
「エリオット兄様! ……この、放せ!」
「放してやるさ。お姫さんが俺に隷属すりゃあな」
「誰が貴方なんかに」
「もうお前を助ける奴はいねえ。覚悟を決めな」
「……まだよ、まだ」
「へへっ……言っとくが、反射の魔術師は来ねえぞ。仕掛けは破った」
「……えっ?」
サフィーネはビクッとして抵抗が止まる。シロウは舌舐めずりしてニヤリと笑った。
「おい、エルミー」
「モチヅキ様、本当に只の悪役。鏡で見せたい、その悪い顔」
エルミーはブツブツ言いながら、懐から小袋を取り出す。そして中からサラサラと砂状の物を取り出して見せた。
「それはっ!?」
「はい、そのとーり。ディスターブ鉱の粉末だ。地下の結界牢と宝物庫の封印を繋ぐ魔力回路に仕込まれてた、な」
驚愕に目を見開いているサフィーネに、この上ないドヤ顔で答えるシロウ。
「あの陰険根暗姑息ヤロウの考えてたことはこうだろ? 宝物庫の封印と繋がっている大封魔結界牢、お得意の魔法を使って脱出しようにも魔力を感知された瞬間に分解されちまう。だったらディスターブ鉱を使って魔力を隠そうってな」
サフィーネのどんどん青くなっていく顔色に、シロウは笑いが止まらない。
「宝物庫の封印本体をぶっ壊すならいざ知らず、牢屋から出るくらいならそこまで威力は必要ねえ。結界牢とここの封印を繋ぐ魔力回路にこの粉末をぶち込んどけば、テメエの魔力感知は防げるってな」
「でもこの粉、量が少なかった」
実際にディスターブ鉱の粉末を回収したエルミーがぼそりと呟く。
「ま、城ン中に大々的に仕掛けたらさすがに王国軍の魔術師も気づくだろうからな」
「うん、だからこの程度の攪乱で、魔力感知を避けながら魔法使うの、針の穴を通すみたいに、大変だと思う」
「今頃ヤロウは無駄な努力の真っ最中ってわけだ。笑えるぜ、どうやったって結界牢で封印の魔力感知は逃れられねえってのにな!」
ゲラゲラと笑うシロウ。
掴んでいたサフィーネの腕から力が抜けるのを感じて、その手を放した。
王女はその場にへたり込む。
「そんな……じゃあ、フォートは」
「永久に牢屋の中ってわけだ。ご愁傷様~」
ひとしきり爆笑したところで、シロウはサフィーネの胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。
「絶望したか? じゃあ契約だ、お姫さんはオレの奴隷になる。安心しろ、すぐに仲間になって良かったって思うことになるぜ」
シロウが再び手のひらをサフィーネの胸元に押し当てようとした、その時。
「〈シールズ・チェイン〉」
「何っ!?」
半透明の蒼く輝く鎖が、シロウを縛りつけた。
「シロウ様っ!?」
「坊や!」
「モチヅキ様!?」
鎖が伸びてきた先は、台座に刺されたままの王杖。
その杖を掴んで魔法を発動した者は。
「……テメエ、なんのつもりだ」
「知れたこと。貴様に娘はやらん、シロウ・モチヅキ」
リーゲルト・フィル・ラーゼリオンはそう宣言した。
お父さん、シロウのような義理の息子(?)はお断りのようです。
次回、「23.コンテニュー」。
……コンテニューって、誰がするの?




