21.孤独な戦い
射出されたナイフによりシロウがダメージを負うという、予想外の事態に硬直する勇者の仲間たち。
だが次の瞬間に弾かれるように動いた。
 
ミンミン、シルヴィアは回復の為に倒れたシロウの元へ。
テレサ、エルミーは追撃を警戒しシロウの前へ。
ニャリスだけはその場で全体を警戒。
そしてルースとリリンはアックスとソードを振りかぶり、サフィーネに斬りかかった。
 
「動くなぁっ!」
 
サフィーネは刃の無くなったナイフの柄をルースとリリンに向けて叫ぶ。
 
「止まるんニャ、ルース! リリン!」
 
ニャリスの声に二人は直前で制止した。
 
「ご主人様も避けられなかった飛び道具ニャ! 警戒して」
「その必要はねえよ」
「ちょ、お兄ちゃ」
 
シロウが、治癒魔法を施そうとしていたミンミンを押しのけて立ち上がった。
脳にまで達していたナイフの刃をずるりと抜き、カランと床に投げ捨てる。手で押さえた顔面の傷口からは、血の代わりに蒸気のような煙が噴き出していた。
自らかけ続けている治癒魔法に加え、女神の祝福の力により猛烈な速度で自己治癒しているのだ。
 
「スペツナズ・ナイフの刃は一本きりだ、もう撃てねえ」
「坊や……すまぬ。あのナイフに複雑な魔術構築式は視えておったのじゃが、王家の封印のナイフじゃから、そういう物かとよく視ておらなんだ」
「しかたねえシルヴィア。あの陰険魔術師、そこまで織り込んであのナイフに擬装しやがったんだ」
 
シロウの言葉に、リリンは改めてサフィーネを斬り捨てようと剣を構える。
 
「一度だけじゃなく、二度までも……よくも!」
「あら。異世界の叡智を使った武器がこれだけと、そう思っておられるのですか?」
 
柄だけになったナイフを投げ捨てたサフィーネは、両手を下ろし堂々と立って笑う。
得体の知れないその迫力に、リリンはビクッとして再び止まった。ルースがアックスを横にして盾のように構え、リリンの前に立つ。
 
「どういう意味だ?」
 
ルースの問いに、王女は挑発的な笑みを浮かべたまま応える。
 
「それはそちらの、異世界転生勇者様にお聞きした方がよいのでは?」
 
シロウはまさか、と小さく呟く。
 
「……銃でも持ってやがるってのか」
「銃、そうですわね。火薬の爆発力を利用して鉛弾を高速で撃ち出す兵器。よく存じておりますわ」
「モチヅキ様。下らない、ブラフ」
 
サフィーネの言葉にエルミーが口を挟む。
 
「精霊たちが、言ってる。この女、魔導具なんか、もう持ってない」
「違うエルミー。銃は魔力を使わねえ、〈精霊の声〉には反応しねえだろう」
「えっ」
「……いや、やっぱありえねえ。銃は俺も造ろうとしたんだ」
 
シロウは自問自答する。
 
「弾丸に使う高性能な火薬配合はどうしてもできなかったし、銃身もここの鍛冶技術じゃ再現できねえ。不可能だ」
「それは貴方には不可能だったという事ですわね?」
「なに?」
「貴方とフォートでは、モノが違いますわ」
「っ……このガキ!!」
「ご主人様っ!!」
 
激昂しかけるシロウをニャリスが抑える。シロウは舌打ちした。
 
(わかってる! ……こいつらがオレを挑発してくる時は、必ずその先に罠がある。何度もハマッてたまるかよ!……まあ、どのみち)
 
シロウは昂ぶる感情を逃がすように、ハッと息を吐いた。
 
「……まあいいや。お姫さんが銃を持ってても関係ねえ。素人が抜いて引き金を引くより速く、ルースとリリンがあんたを倒す」
 
シロウの言葉にルースとリリンは頷いたが、サフィーネはまたふふっと笑った。
 
「貴方の世界のように、指で引き金を引くとは限りませんわ。こちらには魔法仕掛けという物があります」
「……だったらエルミーが気づく。オレにもスクリプトが見えんだよ」
「フォートの反射スクリプトは見えないくせに、大層なご自信ですわね」
 
「……テメエ」
 
膠着状態に陥っていた。
サフィーネが銃を仕込んでいるというのがハッタリであると、シロウはほぼ確信していた。
だが万に一つ、本当だった場合。
流れ弾が仲間の頭部にでも当たれば、即死だ。女神の祝福はシロウ自身にしか効果がなく、即死では治癒魔法にも意味がない。
魔法で結界を張ることも考えたが、もしエフォートが弾丸自体に反射スクリプトを仕込んでいたら。「結界が弾丸から反射される」、つまり結界を砕かれる可能性がある。
 
「ねえねえシルヴィア、なんで〈魔眼〉使わないのー?」
 
ミンミンが小声でシルヴィアに問いかけた。
 
「……む、反射されてはマズイからの。迂闊には使えんのじゃ」
「だって反射の魔術師は、閉じ込められてるでしょ?」
「先の『スペツナズ・ナイフ』のように、あのお姫さんがどんな仕掛けを持たされるか分からの。本人がいなくても反射できる可能性は捨てきれぬ」
「えー、なんかシルヴィアらしくない。そんなとこまで心配するかなあ……」
 
納得のいかない様子のミンミンだったが、それ以上の追及はしなかった。
 
「……おい。さっきからずっと黙ってっけどよ、王様よお」
 
シロウは事態の推移を見守っているリーゲルトに声をかけた。
 
「どうすんだ、あんたの娘の落とし前。こんな真似されちゃ、俺は魔王討伐なんかしねえぞ。この国が滅ぼされる様を高見の見物させてもらう。それでいいのか?」
「……よくはないな」
「だったら」
「リーゲルト王! モチヅキ殿の言うことはもっともだ、いますぐ小娘を止めろ!」
 
グランがまたも喚くが、シロウが苛立って怒鳴り返す。
 
「うっせえ、だからオッサンは口を挟むなっつったろ!」
「いや挟ませてもらうモチヅキ殿。これは国として許されざる問題だ、ヴォルフラム!」
 
だが今度はグランも引き下がらない。ここで喰い込めなけれ、彼の野望は果たされない。グランは近衛兵達を従えている軍団長の名を呼んだ。
 
「はっ」
「サフィーネ・フィル・ラーゼリオンを誅せよ! 小娘は国家叛逆の大罪人である!」
「……!」
 
ヴォルフラムは反射的にリーゲルトを見た。王の厳しい表情に変化はない。変化はないが、軍団長は王と長きに渡る戦友でもあった。リーゲルトが回復不能な怪我で戦場を離れ、ラーゼリオンの女神教会の高司祭にグランが就き権勢を増し、その影響でヴォルフラムの立場が変わってしまったとしても、互いの想いを察するには余りある。
 
「……王よ。いや、昔のようにリーゲルトと呼ばせてもらう」
 
ヴォルフラムは重い口を開く。
リーゲルトは頷きもしない。
 
「これはサフィーネ王女のクーデターだ。シロウ・モチヅキを勇者と認めこれを支援するという王国の方針に、実力を以って反旗を翻した。リーゲルト、これを許しては国は立ち行かぬ」
「……」
「父上、軍団長の仰る通りです」
 
ハーミットも言を重ねた。
妹は父を頼むと、この国の舵取りを誤らぬようにと言った。ならば自分なりの正しさを貫くしかないと、第一王子は決意する。妹がそうしているように。
 
「父上、いや国王陛下。せめて陛下から命令して下さい。高司祭の進言でヴォルフラム殿がサフィーネを誅せば、それはクーデター制圧が教会の手柄になります」
「……」
 
息子に促され、それでもリーゲルトは黙して語らない。
 
「何をしておるヴォルフラム! 早くサフィーネを殺せ!」
「リーゲルト、決断しろ!」
「父上! これはヴォルフラム殿の最後の恩情です!」
 
それでもリーゲルト王は命じず、ただ黙って娘を見る。
サフィーネの方はシロウ達を牽制する為、父に視線を向けることができない。だが兄達の声は聞こえていた。
 
「……お父様?」
「ヴォルフラム、早くせんか!」
 
痺れを切らしたグランがなおも叫ぶ。
 
「貴様も王国軍も、女神に弓引く者と教皇猊下に報告されたいか!」
「……残念だよリーゲルト。近衛兵、抜剣」
 
静かに呟き、部下に命じて自らも剣を抜くヴォルフラム。
 
「し、しかし、軍団長……」
「抜剣! これは命令だ!」
「は、ははっ!」
 
王族を討てという命令に躊躇する近衛兵たちだったが、ヴォルフラムの気勢に圧倒され剣を抜いた。
確かに理はグランやヴォルフラムにあり、王女にはないように思えた。兵士たちは悲愴な覚悟を決める。
 
「おおう、なかなか面白え展開だなぁ」
 
自分でけしかけておいて、シロウは愉快そうに笑った。
 
「どうするつもりだ、お姫さんよぉ。このままじゃあんた、国に殺されるぜぇ」
 
余裕が戻ったシロウはまたニヤニヤと王女に問いかける。
サフィーネは冷や汗をかきながらも、シロウ達を睨み続け動じない。
だがほんの一瞬、僅かに視線が下に動いてしまった。
 
(まだ……? どうしたの、何があったの!?)
 
そのサフィーネの動揺を、シロウは嘲笑う。
 
「……へへっ」
「モチヅキ様、楽しそう。ちょっと悪趣味」
「なんだよエルミー。オレは顔面刺されてんだぞ? これくらい許せよ。……それに」
 
サフィーネの内心の焦りを想像しながら、ほくそ笑む。
 
「ここで完全に心折っとけば、後々やりやすいからな」
「呆れるなシロウ殿は。まだ王女を我らの仲間にするつもりか」
「ここを生き残れればな」
 
テレサの呟きに、シロウはあっさりと答えた。
ヴォルフラムと近衛兵三人が、サフィーネの背中に立つ。
 
「殿下、背中から討つ非礼をお許し下さい。何か不思議な武器をお持ちのようですので」
「……王兵が、私を斬るのですか」
 
振り向くことができないまま、サフィーネは軍団長に問う。
ヴォルフラムは冷酷に頷いた。
 
「はい。我らが守るべきは王族ではなく、国です。王女殿下がこの国に害を為すのであれば、我らはそれを斬ります」
「立派な志です。ですがラーゼリオンを、世界を害するのはこの者たちの方です! この者たちに魔王を討たせてはならないのです!」
「異世界の者だからですか? それは理由になりません。どんな力に頼ろうと魔王は倒さなくてはならない。殿下、貴女はあの魔術師に誑かされているのです。それは許されざる罪だ」
「違います! フォートはっ……!」
「もはやここまで、お覚悟を!」
 
ヴォルフラムがサフィーネに向けて斬りかかった。
後に近衛兵たちも続く。その咎を自分達の長一人に背負わせまいと。
 
(――ごめんフォート、ここまでみたい……!!)
 
サフィーネが思わず目を瞑った次の瞬間。
王の声が響いた。
 
「……エリオットよ!!」
「言われなくたってぇ!!」
 
ギィン!!
 
「なっ!?」
 
ヴォルフラムと近衛兵たちの剣は、弾かれた。
第二王子エリオットの閃光のごとき剣撃によって。
次回、「22.それでも兄であり」
この小説の主軸はもちろんエフォートとサフィーネですが、同時に異世界人たちが転生勇者にリベンジする物語でもあります。意地を見せてやれ、エリオット!
 




