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20.王女の誇り

 翌未明。

 ラーゼリオン王城の最上階、宝物庫封印の扉の前に人々は集まっていた。

 王家からはリーゲルト王、ハーミット王子、エリオット王子、そしてサフィーネ王女。

 王国軍からはヴォルフラム軍団長と、手練れの近衛兵三名。

 教会からはグラン高司祭と、側近の司祭三名。

 冒険者ギルドからはギルドマスター・ガイルズと、秘書官一名。

 そして。


「ぞろぞろ集まりやがって、うっぜーなぁ。封印解くのに必要なのは王族だけだろ? 他のヤツぁ帰れ、帰れ」

「ご主人様、態度悪いニャ。あと少しニャんだから我慢するニャ。それとも眠いニャンか?」

「いっ……いきなりガキ扱いすんなニャリス!」


 シロウと仲間たちが八名。

 合計で二十二名の大人数となっていた。

 だが宝物庫封印の扉の前はスペースが広く取られ、ちょっとした広間のようになっている。シロウが喚くほど人で煩雑な状態ではなかった。


「モチヅキ殿、我らは見届け役だ。王家が姑息な真似をしないとも限らんのでな」


 グランがリーゲルトを睨みながら吐き捨てる。

 ハーミットは笑った。


「高司祭殿、姑息な真似とは? この期に及んで我らが何をするというのですか」

「ふん。魔導図書群のすべては勇者に渡さず、横流しでもするのではないか? 何しろ他国と繋がっていた王女がいる一族だからな」


 最大級の嫌味とともに、グランはサフィーネに視線を向ける。


「あ……あのな、高司祭様。いいかげんにしてくれないかなぁ!?」


 エリオットが間に入り、声を荒げた。

 サフィーネはしおらしく目を伏せかけたところで、驚いて一つ上の兄を見る。

 エリオットは少し頭の足りない自由奔放な男だが、それでも教会などの権威に対して強い態度に出れるほど、胆力のある性格ではない。そう思っていたからだ。


「サフィーネはあの根暗魔術師に魔法で脅されてたんだ! それはさっき分かっただろ、 いいがかりは止めろ!」

「エリオット……」


 ハーミットも意外そうに、弟の態度を見ている。

 グランは鼻で笑った。


「ハッ。脅迫されていようがいまいが、王族に連なる者が都市連合から物資の供給を受けたのは事実。しかも貴重な魔石、いったいどれだけの見返りを渡したのか現在も調査中だ。本来なら早急に王女殿下に事情聴収すべきところ、勇者の奴隷になるという事で有耶無耶になっておる。明確な利敵行為を働いた上で放免されているなど、どれだけ疑われても仕方あるまい」


「り、りてき……? ほうめん? 訳の分からない言葉で、サフィーネを苛めるんじゃない!」

「子どもか貴様!?」


 なんとかしろと、グランは呆れ果てた顔でハーミットを見る。

 ハーミットがため息を吐いたところで、サフィーネが先に口を開いた。


「エリオット兄様、ありがとうございます。よいのです」

「サフィーネ、でも」

「すべて弱い私が悪いのです。脅されたなど言い訳にもなりません。けれど、誓って」


 サフィーネはそこで顔を上げる。

 エリオットだけではなくハーミットを、そしてリーゲルト王を見つめた。


「誓ってこれから、私はこの国の為にならないことは致しません」


 その瞳と言葉を、リーゲルトは正面から受け止める。

 真剣な面持ちで宣言したサフィーネは、それからふっと力を抜いて笑った。


「シロウ様に隷属し、この世界から魔王の脅威を取り除く為、精一杯お手伝いを致しますわ」

「さ、サフィーネ……ザブィーネ゛~~っ!」


 エリオットは涙声になって妹を抱きしめた。

 感情表現が豊かとは思っていたが、ここまで愛情深かったとは思っていなかったサフィーネは面食らう。


「いくら勇者のでも、奴隷になんかなるなよ~!」

「お兄様……私べつに、お嫁に行くわけじゃありませんわ」

「もっと悪いだろ! ガーランドの王子と結婚する方がまだマシだった! 今回は奴隷だぞ!?」

「私も望んだことですわ」


 見た目の幼い妹に、縋りつくように泣く兄。

 その様子に、近衛兵の何人かは釣られて鼻をすする。


「おーい。いつまで続くんだ、これ」


 シロウの冷めた一言を受けて、ハーミットは未練がましい弟を、妹から引き剥がした。


「申し訳ないシロウ殿、お待たせしました。……父上」

「うむ。では開封の儀を始めよう」


 リーゲルトは頷く。かつての戦争で呪術攻撃により右脚を失っているリーゲルトは、ハーミットに支えられながら、封印の扉の前へと進んだ。


「あそうだった。ちょい待ち、王様」


 シロウが離れた場所から、指を鳴らした。

 次の瞬間、空間から沸きだすように巨大な岩塊が空中に出現する。


「うおっ!?」

「モチヅキ殿、なにを!?」


 突然の魔法発動に周囲がどよめく。


「何ってみりゃ分かんだろ。〈ストーン・バレット〉だよ」

「これが……でございますか……?」


 これまで数多くの戦闘用の魔法を見てきたギルドマスター・ガイルズは冷や汗を流す。

 それば弾丸バレットと称するには無理のある大きさだ。


「ほりゃ」


 ドオォン!


 岩塊は同じ程度の大きさである封印の扉に直撃する。

 次の瞬間、淡い光に包まれてその岩は跡形もなく消失した。


「……あ、あ」


 唐突な出来事に、シロウのパーティ以外の一同は言葉も出ない。


「おお、すげえ封印っつーか、結界だな。魔術構築式スクリプトもトンデモねえ量だ」


 それなりに感嘆したように、シロウは呟く。


「ご主人様でも破れニャイ?」

「ああ、こりゃ戦略級を何発ぶち込んでも無駄だな。魔力が感知された瞬間に結界自体が反魔法の構築式を描いて分解させてやがる。例えんなら、パソコンにウイルスぶち込んだと同時にワクチン作られて、分解される感じだ」

「相変わらず坊やの例えはよく分からんが、やっかいな封印じゃの」


 ニャリスの疑問に素直に答えるシロウ。自らも魔法に長けた吸血鬼のシルヴィアは、その言に頷く。


「魔力自体を感知させなければいい話なのじゃが……」

「ああ。大魔法ほど魔力は隠せねえからな。並みの魔法じゃこの扉は破れそうにねーし。承継魔導図書群、正攻法で取りに来て良かったぜ。絶対に破れねえとは言わねえが、年単位で時間が掛かりそうだ」

「……簡単に破られては困るな。収められている魔導図書の魔法技術で封印されている宝物庫だ。これを破れる力があるなら、それだけで魔王を倒すに充分だろう」


 リーゲルトは淡々と述べると、扉の前に作られている台座の前に立った。


「気が済んだかね、勇者殿」

「ああいいぜ。始めてくれ」


 リーゲルトは手にした王杖を、台座の穴へと差し込んだ。

 ガゴン! と音を立てて台座の形が変形する。

 中央に差し込まれた王杖の周りに四つの溝が螺旋を描くように生まれ、台座の四隅にある凹みへと繋がった。


「ではハーミット。エリオット。サフィーネ。これより宝物庫開封の儀を行う。王家の血を示せ」

「はっ」

「……はい……」

「わかりました」


 王に促され、兄妹たちは台座を囲むように立った。

 王族の証である「封印のナイフ」を懐から取り出し、それぞれ凹みの上に差し出した自らの腕を切りつけた。


「痛っ……」

「大丈夫かい、サフィーネ」

「サフィーネっ」


 心配して問いかける兄たちに、王女は笑う。


「大丈夫ですわ。このくらい、エフォート殿の魔術の痛みに比べれば、なんてことありませんわ」


 窪みに滴り落ちた血が、溝に沿って王杖へと流れる。

 ごく僅かな血の量なのに、石でできている台座の溝を、まるで水のように滑らかに流れていく。

 やがて王杖は、薄い魔力の光に包まれ輝き出した。


「……いよいよだな、シロウ様」


 オーガ混じりの女戦士の呟きに、シロウは頷く。


「ああ。これで俺は更なる力を手にする。ルース、お前の村みたいな悲劇はもう起こさせねえ」

「……うん」

「だがシロウ殿、力を得たとしてもくれぐれも無茶をせぬよう。これでガーランドはますます我らを警戒する」


 白銀の女騎士が口にした不安を、シロウは笑った。


「心配すんなテレサ。帝国の連中に何ができる、もうお前に手出しはさせねえよ」

「……シロウ殿」

「そう。これでモチヅキ様は、最強。何も心配、いらない」

「相変わらずだなあ、エルミー」


 シロウはエルフの精霊術士の髪をくしゃっと撫でる。


「エルフの谷ん時みてえに、またオレに力を貸してくれよ」

「任せて、おいて」

「ボクもー! ボクもこれからも、力を貸すよっ! お兄ちゃんといると楽しいもんっ」


 回復術師の幼女がぴょんぴょん飛び跳ね、はいはいという風にシロウはその頭を抑えた。


「シロウ……今回は迷惑かけてゴメン。あたしも、もっとちゃんとするから」


 リリンは剣の柄を握りしめて、絞り出すように呟いた。


「おう。頼りにしてるぜリリン」


 シロウは優しく微笑む。

 金髪の青年と彼を囲む女たち。その様子を見て、ニャリスとシルヴィアは顔を見合わせて笑った。

 ニャリスはすぐにシロウに視線を戻したが、シルヴィアは考え込むように目線を落とす。


「……どうした、シルヴィア」

「いや、なんでもない。さあ坊や、もうすぐ扉が開くのじゃ」


 見れば、王杖と同じ輝きが封印の扉を包んでいた。

 扉に刻まれている複雑な紋様に、七色の光が走る。


「ご主人様」

「わかってるニャリス。ここまできて下手は打たねえさ」


 ゴウン……と重い音が広間に響く。

 おお、と周囲の者たちから歓声があがった。

 魔王を倒す力を持つというラーゼリオン王家に承継されてきた魔導図書群が収められた宝物庫。五百年の時を経て、その扉が開かれたのだ。


「おし! 封印は解けたな。じゃあお姫さんよ、さっそく隷属契約だ!」

「なっ……シロウ様!?」

「ニャっ……ニャにを!?」


 シロウが慌てる仲間たちを振り切ってサフィーネに駆け寄り、その手を取った、


「えっ? い、今ですか!?」

「善は急げって言うだろ? お前もオレのパーティの一員だ。みんなと同じ立場で、宝を手にしようぜ」

「シロウ様……はい!!」


 一瞬慌てたサフィーネだが、すぐに喜びに顔を綻ばせた。

 ドレスの胸元をはだけさせ、シロウに向かって差し出す。

 シロウは掌をその胸に押し当てた。


「さ、サフィーネぇ……」

「む……」


 情けない声を出すエリオット。

 その後ろでリーゲルトもまた、眉をしかめた。

 

「さすがのオレも、こればっかりは無詠唱とはいかねえからな。……汝と汝の血、肉、骨、依代にまつろいし数多の魂、其はこれより、戒めの縛とともに我が隷のもと……」


 隷属魔法の呪文を詠唱し、魔術構築式を描いていくシロウ。

 本来ならば一晩はかかる術式を、シロウは編み上げていく。


「ん……んんっ……」


 サフィーネは喘ぐように、切ない吐息を漏らす。


「ああ……シロウ様、嬉しいですわ。これで身も心も、魂までも、貴方のものに……」


 シロウに身体を支えられながら、力が抜けた腕がだらんと垂れ下がる。

 宝物庫の封印を解く為のナイフを持っていた、王女の手。

 力の抜けたその手からナイフが落ちる、


「貴方のものに」


 その前に。


「……なるわけがないでしょう!!」

「シロウ!!」


 逆手に持ち替えられるナイフ。

 至近距離でシロウに繰り出された。

 止める間もない、はずのその一瞬。

 リリンの剣閃が走った。


 ――あんな思いは二度とごめんだ。

 復活できたとはいえ、自分が傍にいながら一度は目の前でシロウに死なれた。

 今度こそ、いやこれからずっと、シロウはあたしが守るんだ。

 その思いがリリンを風より速く走らせ、王女の身体に向かって剣を振り抜かせた。


「……落ち着けって、リリン」

「シロウ!?」


 リリンのブロードソードは、シロウの指先に挟まれ止められていた。

 そしてシロウの反対の手は、ナイフを持ったサフィーネの腕を掴んでいる。

 王女渾身の一撃は届かず。

 ナイフの切っ先はシロウのすぐ目の前で止められていた。


「なっ……!?」

「残念だったなぁ、お姫さんよ。せっかくの屈辱に耐えてのお芝居が、無駄になっちまってよ」


 目を瞠っているサフィーネに向かい笑いながら、シロウはわざとらしくナイフのすぐ前に顔を突き出す。


「あとちょっとだった! 惜しい惜しい」

「く……! 放せ!!」

「お姫様、言葉使い! 地が出てるぜぇ。オレの仲間になるんだったらもっと可愛くなんなくっちゃな。見た目はいいんだからよ」


 必死でナイフを押し込もうとするサフィーネを、刃の前でシロウは嘲笑う。


「ちょ……シロウ、どういうこと?」


 ぼやくリリン。剣を引いて鞘に納めたが、状況が理解できない。


「どういうことも何も、お姫さんの三文芝居なんざ始めっからお見通しだったんだよ」

「えっ?」

「知らなかったのはお前くらいだ」

「ええっ!?」


 振り返ると、シロウの仲間たちは皆落ち着いて、リリンとシロウを見ていた。


「うん、シロウ様に言われてた」

「ボクは自分で気づいたよ! お姫様の腕の魔法、ハリボテだったもん!」

「まあ、罠と分かって奴隷にしようとするご主人様には、呆れたけどニャ……」

「ちょ……あたしにも言っといてよ! 焦っちゃったじゃない!」


 ルース、ミンミン、ニャリスに口々に言われて、リリンは頬を膨らませる。


「リリンは顔に出るから、言わないでって、モチヅキ様が」

「ちょっとシロウ!」

「あははははっ」

「くそっ……! 放せ! 放せ!」


 サフィーネは叫びナイフを両手で押し込もうとするが、僅かも動かない。

 その様を見て、エリオットは声を震わせる。


「さ、サフィーネ……?」

「ほらみろ! さあ、これはどういうことかな、王よ! 若造よ!」


 リーゲルトとハーミットに向かって、グランが嬉しそうに喚いた。


「今度は勇者を殺そうとした! もはや王族の罪、免れぬ!!」

「黙れぇぇぇ!」


 叫んだのはサフィーネ・フィル・ラーゼリオン。


「罪を免れる気なんてない! 父も兄も関係ない! これは私の意志だ!!」

「気合いは立派だけどな、お姫さんよ」


 シロウが歯を剥き出しにして、笑う。


「もうお姫さんの負けだ。あんたも牢屋行き。でもオレなら助けられるぜ」

「モチヅキ殿? まさか王女を許すつもりか!?」

「オッサンは黙ってな」


 グランを一喝し、シロウはナイフの前でサフィーネを挑発する。


「ごめんなさいってオレに謝んな。そして今度こそ隷属魔法を受け入れろ。……地下のエフォート・フィン・レオニングを助けたかったらな」

「なっ……!」

「ヤロウの命は、勇者となったオレの胸先ひとつだ。オレなら処刑を止められるぜ」

「……この、下種」

「その下種の奴隷に、あんたはなるんだよ」


 沈黙が流れる。刃の前でニタニタと笑うシロウ。


「……な……い……」


 俯き、ボソボソと呟くサフィーネ。


「ああん? 聞こえねーなぁ。 私を貴方の奴隷にして下さいって言ってみろよ!」

「シロウ様、完全に悪役だあ」

「ああいうところは、いずれ治して差し上げねばな」


 ルースとテレサがぼやく。

 だがシロウを殺そうとした王女を、積極的に庇う気にはなれなかった。


「……に……い……」

「ほらほら、もっと大きな声でぇ!」


 サフィーネは顔を上げて、キッとシロウを睨む。

……そして、ニッと笑った。


「あんたの思い通りにはならないって、言ってんのよ!!」


 パンッ!!


 空気が破裂するような音が響いた。


「がぁぁっ!!」

「シロウ!?」

「ご主人様っ!?」


 柄から弾丸のように撃ちだされたナイフの刃。

 ゼロ距離で顔面に突き刺さり、シロウは仰け反って倒れる。

 その隙にサフィーネは大きく飛び下がった。


「やった! ……柄に風魔法で圧縮空気を押し込んで、加速魔法タイム・アクセルまで組み込んだフォート特製の改造ナイフよ! 貴方の世界じゃ『スペツナズ・ナイフ』って言うんでしょう!? 異世界の叡智を自分が喰らう気分はどう!?」


 倒れたシロウに向かって、サフィーネはこれまでの鬱憤を晴らすように叫んだ。


「ラノベみたいな、勇者大好き可愛い王女じゃなくてごめんあそばせ! 本当の王女はこんなもんよ、嫌いな男の顔面にナイフだってブッ刺すわ!」


 後に目撃していた者は語る。

 転生勇者の返り血を浴びて叫ぶサフィーネのその姿は、誰より誇り高く美しいラーゼリオンの王女だったと。

顔面ナイフぶっ刺し系ヒロイン。

次回、「21.孤独な戦い」。

えっ? 孤独な戦いって……エフォートは!?

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