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19.「私は悪い人間だから」

 大封魔結界牢。

 ラーゼリオン王城最深部に位置するそれは、あらゆる魔力を無効化する対魔術師用の牢獄である。都市連合と間断的に続く戦争の中で、捕えた敵魔法兵の脱走を度々許してしまってきた屈辱の歴史から生まれたものだ。

 都市連合には魔術師ギルドの本部があり、ラーゼリオンの魔術研究院を上回る規模でスクリプト研究が莫大な国家予算を投じられ、行われている。

 本来ならギルドは国家の枠に囚われない組織だが、ラーゼリオンの冒険者ギルド本部がそうであるように、都市連合の魔術師ギルドもまた、連合評議会との関係が深かった。

 その為、都市連合お抱えの魔法兵団は総じてレベルが高く、捕えた者からの情報収集は重要課題だったのだ。


 ラーゼリオン王城の最上階にある宝物庫。

 こちらの方はラーゼリオン建国時より存在し、喪われた古代魔術により中に収められている王家承継魔導図書群を封印していた。あらゆる魔法による開封を受け付けないこの古代の封印技術を、王国はなんとか一部分の流用に成功した。宝物庫の直下に結界牢を置き、そこでの魔術構築式スクリプトを無効化させているのだ。


 そんな厳重な結界牢の中心に、エフォート・フィン・レオニングは魔封錠に両手を拘束されたまま、閉じ込められていた。

 如何に王国随一の魔術師とはいえ、絶対に脱出不可能な牢獄。彼はそこで絶望に打ちひしがれ、来る処刑の日を待つばかり。

 そのはずであった。


「計画が順調のようで、何よりじゃっ」


 光も届かぬその牢獄に、唐突に響く声。

 闇から沸きだすように、その幼女は現れた。


「……」

「おや無視か? 寂しいのじゃ。つまらんから王女でもからかいに行くのじゃっ」

「やめろクソ魔王」

「クソは余計じゃ。ラブリープリチー大魔王ちゃんと呼んでほしいのじゃっ」

「ラノベ言葉もやめろ。反吐が出る」


 エフォートは目を開くこともしないまま、吐き捨てる。

 それでも幼女がニンマリと愉快気に笑うイメージが、脳内に流れ込んできた。


「ち……ふざけたヤツだ。魔法技術の粋を凝らしたこの牢獄に、当たり前のように侵入してくるんじゃない」

「その牢獄に閉じ込められてる態度とは思えんのじゃ。頼もしい限りじゃの」

「……なんの用だ」

「用がなければ来てはいかんのか? 吾とそなたの仲ではないか」

「そんな仲になった覚えはない、殺すぞ。というか殺すが」

「では早くするのじゃっ。このままでは吾は、承継魔導図書を手に入れた転生勇者に倒されてしまう。世界はゲームの勝者であるヤツの物になってしまうのじゃぞっ」

「だったら今のうちに、貴様がヤツを殺ればいい」

「この姿の吾にそんな力はないと知ってその言いよう……そなたは酷い奴じゃ、悪魔じゃ!」

「本当なのかどうか」


 シクシクと泣き真似を披露する幼女に、エフォートは忌々しげに吐き捨てる。

 幼女はまたニンマリと笑った。


「おやおやぁ? 吾の言葉を疑うのじゃな? ならば最初からすべて疑わなくてはのう。幼馴染を奪った憎い男を勇者にしてはならぬという、そなたにとって実に都合のいいストーリーをの?」


 たっぷりと皮肉の利いた幼女の言葉。エフォートはビクッと身体を震わせる。


「そなたはもはやシロウへの憎しみで、意地で、対抗心で動いておる。リリンを奴隷から解放する? この世界を異世界人の好きにさせない?  言い訳、かこつけ、自己弁護っ! よくもしたり顔でシロウを罵ったものじゃ。似た者同士、気持ちは分かるといったところかの?」


 容赦のない責め句に、エフォートは顔を歪めた。


「それよそれ、いい顔するのじゃそなた本当にっ! まったく、そなたを虐めて喜ぶ王女と吾は似ている、趣味が合うと思うのじゃ」


 幼女の笑い声が結界牢に響く。

 もっとも、それが本当の『声』なのかははなはだ疑わしいが。


「……黙れ。貴様がサフィと似てなどいるものか」

「くくく、意地悪はここまでにしておいてやるかの。……安心せい、吾の言った話は本当じゃ。証明もしてみせたじゃろ? 女神直々の言葉を聞けた者など、女神教徒でもそうはおらぬのじゃから」

「おかげで世界のクソな真理を知れて、恐悦至極だ。……おい」

「なんじゃ」


 エフォートは揺さぶられた心を立て直す。ここまできて、自分の行動に迷う余地などないのだから。


「女神の干渉は、本当にもうないのか」

「ないはずとしか言えぬ。なぜじゃ」

「ミンミンとかいうシロウの仲間。回復術師のあの子どものことだ」


 異常にハイレベルな治癒魔法の力を持っていた人族の幼女。

 女神の支配するこの世界では、五歳未満の魔力を使用は禁忌に触れ、治癒魔法の適正がなくなる。あの幼女はどう見ても十歳に満たない。五歳を過ぎてからの魔術の研鑚であそこまでの能力を得るとは考え難かった。


「ああ、あのガキか。確かに怪しさ大爆発じゃの」

「あれは今の貴様と同じじゃないのか?」

「女神の分体という意味か? ふむ。ありえるのじゃっ」

「貴様の方で抑えておけないのか」

「無理じゃな。アレがもし本当に女神の分体なら、完全に受肉しておる。吾のような精神体ではない。手を出そうものなら一瞬で消し飛ばされるのじゃ」

「使えないやつだ。もういい消えろ、俺は忙しい」

「ひどっ、酷いのじゃ。使えないなどと魔王となって初めて言われたのじゃっ」

「ならなんとかしろ。余計な邪魔が入った場合は貴様のミスだ。無能魔王の烙印を押してやる」

「ぐぬぬ、覚えておれよ……そなたの方こそ、せいぜい頑張るのじゃな。かなり工程が遅れておるぞ?」


 黒の幼女の気配が消える。

 エフォートはまた、針の穴を通すような繊細な作業を再開した。

 残された時間はあと僅か。上で宝物庫開封の儀が始まるまでには、こちらの準備を終えなければならない。


(遅れていると知っていて、ちょっかいを出しに来たかクソ魔王め。……いや、懸案事項がないか確認しにきたのか)


 そういえば、とエフォートは吸血鬼の女を誘拐したのが魔王だったか確認しそびれたことを思い出す。

 おそらくシルヴィアというあの吸血鬼が選定の儀の際にいては、エフォートにとって不都合なことがあったのだろう。あの場では教会の関与をシロウに向かって匂わせたが、あの吸血鬼の恐らく真祖である女を、教会程度にどうにかできるとは思えなかった。


 現時点においてのみ、利害が一致しているエフォートと魔王。

 共闘などと呼べるものでは決してないが、失敗しては困るのはお互いさまであった。


  ***


「サフィーネ様っ!」


 魔術研究院の私室で荷物の整理をしていたサフィーネのもとに、カリン・マリオンがやってきた。


「あら、カリンちゃん。駄目ですわ、ノックもなしに」

「も、申し訳ございまぜっ……!」


 激しく舌を噛んで、また悶絶する少女。だがそんな暇はないと痛みを堪え、すぐに立ち直る。


「サフィーネ様、ああ、申し訳ありません、わたしは、わたしは……」

「何を謝ることがあるの? 貴女はエフォート殿に脅されてしていた私の悪事を、告発してくれた。私を彼の戒めから解放する手助けをしてくれたのよ」

「違うんです、わたしは、あの……始めから」

「ん?」


 カリンは土下座の勢いで王女に頭を下げる。


「お父様に言われて、始めから王女殿下を探っていたんです! わたしにはそんなつもり無かった! でも結果的に、わたしは最初からお父様のスパイ――」

「カリンちゃん」


 サフィーネは人様指を立てて、カリンの唇に当てた。


「殿下……?」

「お父様、なんて口にしてはダメよ? 貴女のお父様が誰かなんて他の人に知れたら大変なことになるわ」

「そんな……殿下は知っていらして」


 カリンがグラン高司祭の妾の子であること。政敵と言って差し支えない立場の血縁であると知って、サフィーネは自分を身近においてくれたのだ。カリンは震える。


「でも、どうして」

「それはね、私は悪い人間だから」

「えっ?」

「ねえカリンちゃん、お願いがあるの」


 サフィーネは、手のひら大の宝石をひとつ、カリンに手渡す。


「これは……?」

「私はこれから長い旅に出ることになるわ。だから、魔術研究院に所属している貴女への、院長としての最後の仕事の依頼です」

「魔石ですか? でもこんなの……見たこともありません」

「詳しくは、私の師匠に聞いてね」


 それは選定の儀で勇者候補の一人としてシロウと戦った、老魔術師のことだ。


「これを『繋げて』おいてほしいの。そうね……可能な限り、早く」

「わたしをまだ、信用して下さるんですか……?」


 怯えたように、上目遣いでサフィーネに問うカリン。サフィーネは笑った。


「ねえカリンちゃん。貴女が尊敬していたエフォート。みんなが言っていたように、犯罪者だと思う?」

「……わかりません。でも、殿下にあんな酷い魔法をかけていたのですから」

「そうね。でもたった三ヶ月だったけど、貴女の目で直接見てきた彼は、どうだった?」

「……いい人、でした。無愛想で取っつきにくかったけど。殿下を見てるとき、時々すごく優しい目をされてたんです」

「ちょっと待って、え、なにそれホント? 詳しく聞かせて、いついつ? どのとき?」

「でで、殿下!?」


 急に目の色が変わり食いついてきた王女に、カリンは慄く。我に返ったサフィーネは慌てて咳払いした。


「コ、コホン……ならカリンちゃん。貴女は他の誰でもない、お父様でもない、貴女自身の目を信じてね。私は信じてますわ。貴女がその石を教会に渡すことなんてしないって」

「……それ、強迫ですよ、殿下ぁ……」


 カリンは王女に抱きつき、泣き出した。


「そうよ、私は悪い人間ですからね」


 サフィーネは優しくカリンの頭を撫でた。

 多くは語れられない。カリンもこれ以上は聞かなかった。

 もう充分以上に聞けたから。

 少女が尊敬する救国の英雄は、お姫様に邪悪な魔法をかける悪い魔法使いなどではなかったと確信できたから。


  ***


「ありがとう、精霊たち」


 仄暗い王城の一角。精霊術士エルミーは人の目には見えない何者かに礼を言い、別れを告げていた。


「……理不尽。ワタシだけ、モチヅキ様の料理、食べられない、とか」


 エルミーは、ついと床と壁に指を這わせる。そして指先に付着した『それ』を、手にした袋へと移していった。地道な作業だ。


「シルヴィアだって、同じこと、できるのに。なんでワタシだけ。ずるい」


 同僚への憎まれ口を叩きながら、エルミーは今度絶対にシロウ独占の夜を確保してやろうと決意していた。

魔王を倒す力を持つ魔導図書群を納めた宝物庫が、いよいよ封印を解かれます。

サフィーネは転生勇者の奴隷になってしまうのか!?

そしてエフォートはどうする!?

次回、「20.王女の誇り」。

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