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17.ファントム・ペイン



「〈勇者選定の儀〉は魔王打倒の為に極めて重要な国家事業である。それを王女サフィーネ・フィル・ラーゼリオンは禁忌の魔術師と結託し、犯罪を犯してまで妨害した。これはすなわち、王家には勇者を任ずる資格はないということだ。今後の勇者による魔王対策、および承継魔導図書群の管理権限はすべて女神教へ移譲することを要求する!」


 グランが立ち上がり、リーゲルト王に向かって堂々と宣言した。


「おいオッサン、勝手なことを抜かすな。オレは誰の指揮下にも入らねえ。魔導図書群もオレ一人のもんだ」


 シロウが呆れたように口を挟む。

 グランは場の勢いを削がれて一瞬視線が泳いだが、すぐに持ち直した。


「……もちろんだ、モチヅキ殿。だが王家は宝物庫の封印を解く鍵を持っておる。それを盾に貴殿を管理下に置こうとするだろう。儂は、女神教はそれを案じておるのだ」

「けっ。好きにしろ」


 権力の綱引きに興味無さそうに、シロウは吐き捨てた。

 改めてリーゲルト王に向き直るグラン。


「さあ王よ、この要求を拒むことはできまい!」

「無論拒否する」


 即答するリーゲルト。グランはクワっと目を見開いた。


「女神に弓を引く気か大罪人の一族め! この件を神聖帝国ガーランドに、教皇猊下に報告してもよいのだぞ!」

「くだらん。……ハーミット」

「はっ、父上」


 ハーミットがサフィーネの傍らに歩み寄った。


「サフィーネ、自分で言えるね?」

「お兄様……私は」


 真っ青な顔色で唇を震わせているサフィーネ。

 怯えながら首を横に振る。


「ダメだよ。それでは皆が納得しない。大丈夫、対策はあるから」


 ハーミットに優しく、しかし有無を言わせない口調で促され、サフィーネは立ちあがった。


「わ、私は……エフォート殿に脅され、操られていたのです」


 俯き震える声で、しかしはっきりとサフィーネは断言した。

 会議参加者たちにどよめきが走る。


「何を今更、そのような言い訳が通用するか」


 グランが一笑に伏す。サフィーネは涙を流しながら顔を上げ、叫んだ。


「言い訳ではありません! 私は本当に……あううっ!!」


 突然悲鳴を上げ、サフィーネは右手を抑え倒れ込んだ。

 横にいたハーミットがさっと支える。エリオットが驚いて立ち上がった。


「さ、サフィーネ!?」

「い、痛い……! あああっ! もう言いません! だからやめ……誰かぁ!!」

「サフィーネ!!」

「落ち着けエリオット。……ガイルズ殿」


 動揺して駆け寄ってきた弟を制して、ハーミットはガイルズに声を掛けた。


「事前にお伝えしてました、サフィーネの〈鑑定〉をお願いします」

「ははあ、こーいうワケでござーましたか。時間が掛かりますが?」

「ステータス異常に限定した鑑定で結構です」

「それなら、少しお待ち下さいまし。おい!」


 ガイルズは、隣室に控えさせていたギルド職員を呼びつける。

 大会議室に入ってきた五人の職員たちは、腕を抑えて苦しむサフィーネを囲み、それぞれ水晶を取り出して呪文を詠唱し始めた。


「……なんの茶番だ、これは」


 グランが眉を顰めて吐き捨てる。

 サフィーネの支えをエリオットが代わり、ハーミットはグランの前に立った。


「妹の潔白を証明致します。サフィーネは本当にエフォート殿……罪人レオニングに脅され、操られていたのです。邪悪な魔法によって」

「何をそのような、都合のいい。隷属魔法でも掛けられたというのか」

「違いますが、それに類するモノです。この場で証明する為に放置していました。中立である冒険者ギルドの鑑定ならば信じられるでしょう?」

「ふん、どうだかな」


 グランは吐き捨てるように応えた。しばらくして、ギルド職員の手が止まる。


「マスターガイルズ、王女殿下のステータス異常について、鑑定出ました」

「どうでござーますか」


 ギルド職員がガイルズに羊皮紙を差し出した。〈鑑定〉の魔術構築式が仕込まれた水晶が、結果を術者に自動書記させる仕組みだ。

 専門の水晶と術者。二つが合わさり始めて〈鑑定〉が機能する。冒険者ギルドが独占している技術だった。シルヴィアやエルミーをして児戯と言われてしまう代物ではあったが。


「ふむ……〈ファントム・ペイン〉の魔法が、殿下の右腕に掛けられてござーますね」

「それはどのような魔法ですか?」

「たしか、術者が任意で対象に痛みを与える魔法でござーます。条件付きで自動発動するようにもできたはずですはい」

「隷属魔法の罰則術式のように?」

「そこまで永続的な魔法ではござーません。が、そうですね、アレの簡易版とでも思って頂ければ。解除も容易ですが、相当な痛みに耐え続ける必要がござーましょう。王女様、おかわいそーに」


 口調は独特だが、ガイルズは脂汗を流して痛みに苦しんでいるサフィーネを、心底憐れんだ眼で見ている。


「うう……痛……!」

「兄ちゃん! なんだかわかんねーけど、もういいだろ! 早くサフィーネを助けてやってくれ!」


 エリオットが叫び、ハーミットは頷いた。


「そうだな。今すぐサフィーネを医務室へ。軍の魔術師に魔法陣も用意させているから――」

「その必要はねえよ」


 素早く配下に指示を出そうとした時、シロウが口を挟んだ。


「ウチのがやるぜ。……ミンミン」

「ほーい」


 回復術師の幼女ミンミンがサフィーネにピョコピョコと歩み寄ってきた。

 白いローブをたなびかせて歩く幼女の行く先を、サフィーネを囲んでいたギルド職員は慌てて開ける。


「〈マインドリフレッシュ〉(小)〜」


 小ぶりのワンドを、サフィーネの前で一振りする。

 たったそれだけで、耐え難い痛みに震えていたサフィーネの顔色が変わった。


「えっ……え? ……うそ、もう痛く、ない……」

「もうダイジョーブ、これであのヤな魔術師の魔法は解除したよー……ん?」


 ミンミンはディスペルの手応えに、小首を傾げる。

 一連の出来事を見ていた者たちがざわざわと騒ぎ出した。


「すごい……あの年で」

「魔法解禁の年齢を過ぎて、ほんの二、三年ではないのか?

「ステータス異常からの回復を、ほとんど無詠唱で……」

「なんという……さすが、シロウ・モチヅキ殿のお仲間……!」


 その場に居合わせた回復魔法に心得のある者、特に女神教の関係者は驚愕に目を見開いている。その中でグランはやはり、と目を輝かせていた。

 当のミンミンは周囲の反応など意に介さず、いいのこれ? とでも言いたげな顔でシロウを見ている。シロウは薄く笑っていた。

 そのシロウの元に、魔法から解放されたサフィーネが駆け寄ってきた。


「ありがとう……助かりました、ありがとうございます。……勇者様!」


 サフィーネのその言葉に、騒がしかった大会議室がシン、と静まり返った。

 勇者、と呼んだのだ。王女サフィーネが。


「シロウ様、貴方にとんでもないことをしてしまった私に、このようなお慈悲を……感謝してもしきれません。ありがとうございます!」


 サフィーネはシロウの手を取り、胸元で握った。

 仲間の女性たちがビキっと殺気立つのも構わずに、ハラハラと涙を流しながら感謝の言葉を続ける。


「本当に、本当に……私は苦しかったのです。あの男、エフォートに魔法を植え付けられ、従わなければ痛めつけると脅され……王族である私が研究院の部下に脅迫されるなど、恥ずかしくて誰にも相談できなかったのです。貴方はそれでも、あの男の数々の罠を打ち破り、そのくびきから私を救い出して下さった。貴方こそ、勇者です!」

「……おう。悪い魔法使いの呪いにかかったお姫様を救うのは、勇者の役目だからな」


 おおおお! と周囲の者たちから歓声が上がった。


「……お兄ちゃん。お姫さんの魔法解いたのボクなんだけど」

「今は触れてやるな、ミンミン」

「ま、シロウ様の病気だこれは」


 拗ねるミンミンの頭を、女騎士テレサと戦士ルースがくしゃくしゃと撫でる。


「……調子に乗らニャイで、ご主人様」

「ニャリス、分かってるっつーの」


 王女に迫られ鼻の下を伸ばしているシロウにボソリと呟く獣人ニャリス。シロウはニヤニヤしながらも頷いた。


「シロウ・モチヅキ殿」


 ハーミットが歩み出て、シロウの前に膝をつく。


「我が妹をお救い下さり、改めて感謝申し上げます。……父上!」


 ハーミットは王族の長の席に座るリーゲルトを仰ぎ見る。

 リーゲルトは頷き、立ち上がった。


「シロウ・モチヅキ、そなたを我がラーゼリオン王国公認の勇者と認める! リーゲルト・フィン・ラーゼリオンの名のもとに、そなたに王家承継魔導図書群を明け渡し、魔王討伐の為に国を挙げて協力することを、ここに宣言する!」


 おおおおお! と会議室の一同が賛同の声を上げた。


「ま……待て待て! 待つのだ!!」


 高司祭グランと、一部の女神教関係者を除いて。


「認めぬ! あ、いや、モチヅキ殿が勇者になることではない、リーゲルト王! そなたに勇者を認める権限などないということだ!」


 グランは叫び、周囲の賛同した者たちを睨みつける。


「踊らされるな皆の者! 脅されたとはいえ、小娘は一度は〈選定の儀〉の責任者となり、そして失敗しているのだぞ! 王家は責任を取るべきであろう!」

「失敗ですか。サフィーネが?」


 ハーミットはグランの言葉を笑った。


「そうであろう!」

「確かに我が妹の失態で、儀は混乱しました。ですが結果として、シロウ・モチヅキ殿の優秀さと慈悲深さは証明されました。モチヅキ殿も妹を許して下さっています。そうですね?」

「……お、おう。まあな」


 いまだサフィーネに手を握られ続けているシロウは、雰囲気に流され頷く。

 ハーミットは両手を広げ、声を高らかに続けた。


「女神様もきっとお喜びでしょう。さあグラン高司祭。新たな勇者シロウ殿と、王家、ギルド、教会、王国軍、いずれも手を取り合って、ともに魔王打倒を目指しましょう」


 おおおお!


 またも上がる歓声。


(くっ……このままでは、勇者の主導権が……!)


 グランは、シロウの傍で女たちと戯れているミンミンを見た。

 気配は感じない。だが、確かなはずだ。


(まあよい、まだ好機はあるはずだ)


 グランは今は身を引くことを決める。

 ここに、王前会議の大勢は決した。シロウ・モチヅキはこの瞬間、ラーゼリオン王国公認の勇者と認めらることになる。


「……騙されるな、そいつはこの世界の人間じゃない!」


 私怨に駆られ勇者を害そうとした卑劣な犯罪人、エフォート・フィン・レオニング一人を除いて。

手と魔法を封じられているエフォート。

次回、「18.俺はお前を否定する」

口先だけで転生勇者に会心の一撃!?

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