16.反逆者エフォート
「これはどういうことでしょう。俺はなぜ、このような戒めを受けているのでしょうか?」
王前会議に召喚されたエフォート。リリンに刺された怪我は治癒され、体調の問題はなさそうだった。
だが複雑な紋様が刻まれた石錠に両手首を封じられ、自由を奪われている。
「魔法兵、レオニングの魔術拘束に問題はないか?」
ヴォルフラムが付き添ってきた軍所属の魔術師に問いかけた。
「はっ。この魔封錠は大封魔結界牢と繋がっております。いかに反射の魔術師殿といえど、破ることは不可能です」
「兄ちゃん兄ちゃん。だいふうま……ってなんだっけ?」
「エリオット……大封魔結界牢。この王城の地下にある、あらゆる魔力を封印する牢屋のことだよ」
無知な弟の問いに、ハーミットは溜息をつきながら答えた。
「王城の最上階、承継魔導図書群を収めている宝物庫の封印技術を流用している。外からも中からも、破ることは絶対不可能。そこの拘束具を使っているということだね。少なくとも城内にいる間は、あの錠をつけている限り彼は魔法を使えない」
「な、なんかよく分かんねーけど、エフォート可哀想〜」
子どものようなエリオットの感想に、ハーミットはまた溜息をつく。
グランは拘束されているエフォートを睨めつけた。
「なぜ、などと問うか。愚かな禁忌の魔術師よ。貴様らの悪辣な企みなどすべて明るみに出ておるのだ」
「グ、グラン高司祭……会議進行は、私が務めますので」
「ふん。ならば早くしろ」
執政官の蚊の鳴くような声に吐き捨てると、グランは腕組みをして椅子の背もたれにふんぞり返った。
「で、ではエフォート殿はそちらの席へ」
エフォートは大会議室の末席、その更に離れた質素な石椅子に連行され、繋がれた鎖に手首の魔封錠を固定された。
「サフィーネ、君はこっちだよ」
ハーミットに促され、サフィーネはエフォートとは反対側の王族の末席に座る。すべての関係者の着席を確認した後、執政官が口を開いた。
「ではまず最初の議題、選定の儀の総括から……」
「無様だなぁ、レオニングよぉ」
机に足を投げ出したまま、シロウが笑った。
「状況が飲み込めません。説明して下さい」
エフォートはシロウを無視して、リーゲルト王に視線を向ける。
王は無言で執政官に向かって顎をしゃくり、執政官は慌てて書類をめくった。
「はっ。では……エフォート・フィン・レオニング殿、貴殿には王国反逆罪の嫌疑がかけられております」
「反逆? 俺が?」
「は、はい。勇者候補であるシロウ・モチヅキ殿への私怨を晴らす為、魔術研究院の職権を乱用して、極めて重要な国家事業である勇者選定の儀を妨害した罪です」
「……馬鹿らしい」
罪状を読み上げられ、エフォートは吐き捨てる。
「俺は職務に従っただけです。魔術研究院のトップであるサフィーネ王女殿下の指示に従い、選定の儀で審判を務めました。その後でそこの勇者候補に因縁をつけられ、決闘を申し込まれたのでやむなく受けただけです。決闘は王にも承認を頂いたと思いましたが」
「それは王に責任があると言いたいのかな? エフォート殿」
ハーミットが優しい声色だが容赦のない反問をする。
エフォートは動じない。
「指示に従っただけと申し上げています」
「指示に従って、こんなものを実験場に仕込んだというのかい?」
ハーミットの合図で、執政官が会議参加者達に資料を配る。グランは既に見ているのか、羊皮紙に触れもしなかった。
もちろんシロウも薄笑いを浮かべながら同様だ。
「なんでござーますか……ウロボロスの魔石!? 魔力増幅の秘宝でござーますか!?」
その価値と意味を知るガイルズが驚愕の声を上げる。
「こんな貴重なものを……いや、魔術研究院なら用意できるのでござーますか……」
「それだけではありません」
執政官が補足する。
「ディスターブ鉱、そもそも需要が少ないのでウロボロスの魔石ほど価値はありませんが、特定の魔力認識を阻害する特殊な鉱石の粉末も、実験場の石畳から大量に検出されました」
「特定の、というと?」
参加者の一人から質問が上がり、執政官は資料のページをめくる。
「はい。これはあらかじめ術師の魔力を込めておけば、同種の魔力感知を妨げる性質のものです。例えば、〈鑑定〉などの魔法に対して一定の効果があります。今回、軍の調査でレオニング殿の魔力が込められていることが判明しました」
「そもそもこの鉱石に需要が少ないのは」
ハーミットが説明を引き継ぐ。
「魔法効果を阻害するのではなく、あくまで認識を阻害するだけだからです。また例に挙げられた〈鑑定〉に対しても、技術自体が冒険者ギルドの専売特許で使用意図が限られる。本来なら戦闘で実用性のあるものではありません」
「そ、そうでござーますね。鑑定は時間がかかるものですし、結果が偽装できるならともかく、出ないというのであればすぐバレて、意味はないでござーますね」
ガイルズはうんうんと頷く。
「あんなこと、言ってるけど」
「妾の〈鑑定眼〉やそなたの〈精霊の声〉と一緒にするでない。あやつらのは児戯じゃ」
精霊術士エルミーとシルヴィアが、コソコソと話す。魔力を読み取る能力に長ける者たちに対しては、非常に有用性の高い代物だ。実際にエルミー達は、最初に実験場の仕込みを見逃してしまっている。それはシロウの仲間として痛恨だった。
その会話が聞こえているのかいないのか、ハーミットは続ける。
「今回のケースでは、例の影写魔晶でモチヅキ殿が魔術構築式を目視できるとを知ったエフォート殿が、実験場の地下に隠したウロボロスの魔石の他、遠隔発動魔法などの様々な魔術構築式を隠す為に使用したと、考えていいでしょう」
「え、遠隔発動?」
驚くガイルズにハーミットは頷く。
「資料は次のページです」
「これは……アイアン・プレッシャーの鎧に細工!?」
「ウロボロスの魔石を使った時魔法!?」
「任意の魔力供給!?」
エフォートの罠が詳細に明らかにされていく。
だがそれでも、エフォートは悪びれることはない。堂々とした口調で反論する。
「シロウ・モチヅキが異常な力の持ち主であることは分かっていました。であれば、選定の儀で行うべきは、その力がどこまでかを確かめることです。残念ながら他の勇者候補と競わせるだけでは、その一端も証明できないと判断しました。違いますか? ギルドマスター・ガイルズ。ヴォルフラム軍団長」
「それは……」
「むむ……」
冒険者ギルドや王国軍が推薦した候補者では、シロウの相手にもならなかった。それは事実であり、名指しされた二人は反論できない。
「詭弁だね」
だがハーミットはあっさりと切り捨てた。
「そうであれば、周囲に隠してこんな真似をする必要がない。モチヅキ殿にハンデを負ってもらうなど、もっと効率的なやり方があったはずだ」
「隠していたつもりはありません」
「だが、実験場の石畳を総入れ替えする工事費に、ウロボロスの魔石を用意する莫大な費用。予算には申請されていなかったけど、どうやって集めたんだい? 魔術研究院の裁量だけで賄える規模ではないはずだ」
「それは……」
鋭いハーミットの追及に、エフォートは言葉に詰まる。
「……我が妹を利用して、国庫から流用したね? 兄としても王子としても許しがたい事だ」
「なっ、何!? サフィーネ、それは本当かっ!」
エリオットが気色ばんで、サフィーネの肩を掴んだ。第二王子はほとんど話についていけてなかったが、「エフォートが妹を利用した」という部分だけは分かりやすかった。
当のサフィーネはうつむき、肩を震わせたまま何も答えない。
「何より許せないのは」
ハーミットは落ち着いた口調のまま、淡々と続ける。
「君がモチヅキ殿の大魔法の使用を制限する為に、実験場の防護結界を弱めたことだ。あの場にはサフィーネもいた。一歩間違えば、多くの人命とともにこの国は王女を失っていたんだ」
「なっ……エフォート、お前!」
怒りに震えるエリオットが飛び出す。エフォートに駆け寄って、拳を繰り出した。
「ぐっ……!」
顔面に強烈なパンチを貰う。だがエフォートは鎖に繋がれた封魔錠のせいで吹っ飛ぶこともできず、ガシャンと鎖の音を立てて椅子の横に崩れ落ちた。
「妹を! サフィーネを見殺しにするつもりだったのか!」
「……いざとなれば、反射魔法で守るつもりでした」
激高するエリオットの前で血をペッと吐きながら、エフォートは淡々と答える。
「モチヅキ殿と戦いながらかい?」
「ええ。俺ならできます」
ハーミットの突っ込みにも冷静に応えるが、それを批判したのは。
「嘘よ。その男は五年前にも自分一人を守って、あたしも仲間もあっさり見捨てた」
リリンがシロウの前に出てきて、エフォートに指を突きつけた。
「今回だってあたしを囮にシロウを動揺させた。王女を危険に晒すことも何とも思わない、昔からそいつは保身しか考えない臆病な卑怯者よ」
エフォートは感情を感じさせない表情で、幼馴染を見返す。
「……違う」
「違わないわ!」
「今の俺なら、どんなタイミングでも反射魔法を張れる。シロウ・モチヅキの大魔法から皆を守ることができる」
「はっ、ハハハハッ!」
黙って聞いていたシロウが吹き出し、爆笑する。
「安く見られたもんだなあ、おい。なんなら今から試してみるかよ」
「この魔封錠を外すのなら、いつでも」
「いいかげんにしたまえ、エフォート・フィン・レオニング」
一触即発の空気に、ハーミットが口を挟んだ。
「君の魔封錠を外すことなどありえない。ここが王前だということを忘れるな。……エリオットは席に戻れ」
「でも兄ちゃん」
「戻るんだ」
兄に諌められ、エフォートを睨みながらしぶしぶと席に戻るエリオット。
「さて。リリンさんだったね」
ハーミットがいまだエフォートの前に立っているリリンに声を掛けた。
「ええ」
「エフォート殿の幼馴染で、元ラーゼリオンの剣奴。五年前にモチヅキ殿に命を救われ、彼の仲間になった」
「そうよ」
「エフォート殿は君をモチヅキ殿から取り返す為に、こんな事態を引き起こした。間違いはないね?」
「間違いないわ。選定の儀の前に、あたしたち賭けをしたの。シロウが勇者に選ばれなかったら、あたしはシロウの仲間を抜けることになっていた」
「ありがとう。その言葉で充分だ」
ハーミットは膝をついているエフォートの前に立ち、見下ろす。
「君の目的は勇者選定では無かった。ただ幼馴染を取り戻したいが為、妹もこの国も利用しただけだ。申し開きは、異議はあるかい?」
「……」
エフォートはハーミットの視線を正面から受け止めるが、何も答えない。
「沈黙は肯定と受け取るよ?」
「……」
「では、エフォート・フィン・レオニング。君を国家反逆罪に」
「異議ありだ、若造」
その言葉を発したのは、意外な人物。
「グラン高司祭?」
ラーゼリオンにおける女神教の最高権力者は、腕組みしながら口を開いた。
「先程から黙って聞いておれば。何をすべての罪を魔術師一人に押し付けようとしておる。もう一人いるではないか、反逆の大罪人が」
ざわ、と会議の参加者たちがどよめく。彼らの視線は自然と一ヶ所に集まった。
グランはその視線の先にいる者の名を、躊躇いもなく口にする。
「サフィーネ・フィル・ラーゼリオン。若造が小賢しい口車で被害者に仕立て上げようとしておったが、その小娘も間違いなく共犯だ。……カリン」
「は、はい……」
いつから控えていたのか、グランの影から幼い少女が現れた。
「この者はカリン・マリオン。三ヶ月ほど前に魔術研究院に配属になった者だ。〈選定の儀〉の後、見逃せぬ不正の証拠を発見し、教会へと届け出てくれた」
少女は震える手で羊皮紙の束を握っている。
「……姫様、エフォート様、ごめんなさい……」
「……カリン、ちゃん」
僅かに顔を上げ、泣き出しそうなカリンをサフィーネは蒼白な顔色で見返す。
尊敬するエフォートや敬愛するサフィーネを裏切ってしまった形になり、震えているカリン。その手から、グランは資料を乱暴に奪い取った。
「あっ」
「魔術実験場の不正工事に、ウロボロスの魔石の密輸。魔石の方は足がつく事を怖れてか、なんと都市連合から仕入れておる。これは利敵行為だ!」
ざわざわと参加者達に動揺が走り、グランは満足げに声を張り上げる。
「これらすべて王女の名で決裁されている。一介の魔術師が名を騙ってできる事ではない。間違いなく小娘の意思で進められておる! 王族の一端に連なる者が犯罪を犯したのだ、かつて例の無い王家の不祥事である!!」
会議は踊り続ける。その筋書きは誰の手によるものか。
会議が誰の手のひらの上で踊っているか、分かりますよね!?
大丈夫、待望の展開が待っている!
次回、「17.ファントム・ペイン」