14.王国の魔術師VS転生勇者・ずっと君のことを考えてきた
実験場を囲んでいた防護結界が、役割を終えたと判断され消失する。
「治癒をっ! シロウ・モチヅキを死なせるな、早くっ!」
観測所の上階で血相を変えて叫んでいる者がいた。
「……高司祭殿?」
ガイルズが訝しげな視線を向けた先には、らしくない高司祭グランの姿。
「バカな……ありえぬ……」
「いったいどうされ」
「どうされましたグラン殿。シロウ・モチヅキには勇者の器がなかったと証明された、それだけのことかと」
ハーミットがしれっと話かけるが、グランは無視して階下を見つめている。
下では指示を受けた女神教司祭たちが実験場に駆け上り、シロウを取り囲んでいた。
「うそ……うそでしょ、シロウ……」
その場にへたり込み、現実を受け入れられずにいるリリン。
「どうしたのじゃリリン。そのように呆けて」
「どうしたのって、シロウが! シロウが殺されたのよシルヴィア!! ……え? シルヴィア!?」
豊かな胸を強調した、露出の多い黒衣に身を包んだ絶世の美女。吸血鬼シルヴィアがリリンの肩を優しく抱き、そこにいた。
「な……今まで、どこに」
「どこにと言われると、妾にも分からぬのじゃ。……道に迷ってしまっての」
「……!! それよりシロウが! シロウがぁっ!!」
「落ち着くのじゃ」
「これが落ち着いていられる!? そうだミンミンを……早くミンミンに治癒魔法を!!」
「だから、大丈夫なのじゃ」
「え?」
実験場の石畳の上では司祭たちが回復魔法をかけ続け、エフォートがそれを見つめていた。
(……無駄だ。これだけの致命傷に治癒魔法は意味がない。氷槍が破壊した内臓が治癒されるより早く、失血死する)
「俺の勝ちだ、異世界勇者」
「……駄目だぜぇ、その勝利宣言もフラグだ」
エフォートの呟きに応える声が響いた。その場にいるシルヴィア以外、誰も声の主を一瞬理解できない。
「な……に……?」
大量の血を吐いたシロウの口が、ニイと歪んだ。
次の瞬間、けたたましい音とともにシロウの体を貫いていた氷槍が全て砕け散った。
「……シロウ!!」
「ばか、な……!」
「そんな!」
リリンが喜びの、エフォートとサフィーネが驚愕の声を上げる。
シロウは血塗れの体で重力が存在しないかのように軽やかに、地面に降り立った。
シルヴィアは笑う。
「まったく。悪戯にリリンを心配させるでない」
「わりーわりー。死ぬのとか久しぶりだったからさ。一瞬どうやるんだったか忘れちってよ」
シロウは血に汚れた上着を脱ぎ捨てる。現れたのは、鍛えられ引き締まった肉体。
「ったく。結局服をボロボロにしちまった。まーたエルミーにどやされるぜ」
エフォートが放った氷槍に貫かれていた部分には穿孔状の傷跡が残っていたが、それはみるみる内に治癒され、消えていく。
「まさか……」
「奇蹟だ……」
「女神の奇蹟……!」
囲んでいた司祭たちが感嘆の声を漏らす。シロウはふふんと鼻で笑った。
「今回ばかりはご名答だぜ、モブども。これが女神の祝福の力。オレが得た『チート能力』のひとつ、『勇者は死んでも甦る』。甦る場所が教会じゃねえのはご愛嬌だな」
意趣返しとばかりに言葉を選んで、エフォートを睨めつけた。
エフォートは信じられないと、顔面蒼白になっている。
「ハッ……そのツラだ! テメエのドヤ顏が壊れっとこが見たかったんだよ、オレは!」
観測所の上階では、グラン高司祭が高笑いしていた。
「はははははは! 見たか、聞いたか諸兄よ! 治癒の力は女神の奇蹟! まして絶命必至の重傷からの回復など、女神様の祝福を受けし者でしかありえぬ! 本人も言っておる、シロウ・モチヅキは教会の勇者じゃ!」
自分が当のシロウ達を脅していたことなどきれいに忘れ、グランは自分が栄達の道を掴んだと確信する。これで、魔王復活に怯えるラーゼリオン王国で絶対の立場を得た、と。
(さてどうするね、サフィーネ。これで終わりかい?)
ハーミットは復活したシロウを見ながら固まってしまっている妹を見下ろしていた。
「……ほれ、散れ散れ無能司祭ども。決闘の続きだ、ジャマだジャマ」
シロウは奇蹟の力を目の当たりにして身動きできずにいる司祭たちを、しっしっと掌を振って実験場の外に追いやる。
「……決闘の続き? 待って下さいシロウ殿!」
叫んだのはサフィーネだ。
「もう決着はつきました。貴方が戦闘不能となり、エフォート殿の勝利です! これ以上は」
「お姫さんよ、そりゃあ無理筋ってもんだ」
シロウに実験場の上から見下ろされ、サフィーネは言葉に詰まる。
「オレのどこが戦闘不能だ? この通りピンピンしてるぜ」
「……それは、貴方が司祭たちの治癒魔法を受けたからです。一対一の決闘とは認められません」
「ケッ、苦しい言い訳なだなあ、おい」
シロウはケタケタと笑う。
「おいこらクソ司祭ども、テメエらの治癒魔法が、このオレに効いたのか?」
実験場から降りた司祭たちは、全員揃って壊れた玩具のように首を横に振った。
「つーわけだ。お姫様が何をどう言おうと、決闘は続行――」
「……より解放し、進捗を遅滞せしめん! <タイム・アンカー>!」
エフォートが詠唱を終え、魔法を解き放った。シロウの時間だけが周囲と切り離され、遅らされる。
「おっ……と……本……人……は、や、る、気、みたいだぜぇっ!」
一瞬で周囲との時間のズレを把握したシロウは、歯を剥いて豪快に笑った。
(フォートっ!! 無茶しないで!!)
「……刻の理、地の自明。速きを糧に疾く我を誘え! <タイム・アクセル>!!」
「おっ!?」
サフィーネの声にならない叫びを無視して、エフォートは既に臨戦態勢。
シロウにかけたものと並行して、新たな時魔法を自身にかける。
それはタイム・アンカーとは逆の、時間の流れを加速させる魔法。
「オレに遅延魔法、テメエには加速魔法か! 低レベルの努力は涙ぐましいなおい!」
シロウが地面を蹴った。
次の呪文を放とうとしていたエフォートとの間合いを一瞬で詰める。
「っ!!」
「それでも遅え」
シロウが掌底打を放つ。先の選定の儀でも使用していた、魔力を物理的な衝撃波に転じる技。エフォートは魔法をキャンセルし、首を横に振って辛うじて一撃を躱した。
「おっ? 避けやがるか」
笑いながらシロウは二撃目、三撃目を繰り出す。加速魔法で反応を上げているエフォートは、なんとかギリギリで回避を続ける。
「おおう、やるやる♪ けっこう加速してんなテメエ」
「坊や、下じゃ! そやつは実験場の真下にウロボロスの魔石と構築式を仕込んで、僅かな魔力で時魔法を使っておる!」
<鑑定眼>で仕込みを見破ったシルヴィアが、シロウに向かって声を掛けた。
サフィーネは慌ててそれを制止しようとする。
「待って下さい。これは決闘、外からのアドバイスは認めません」
「なにを言ってるの?」
色めきだったのはリリンだ。
「戦いの場にあらかじめ仕込みなんて、こんなの罠じゃない! さっきの選定の儀でもエフォートが使ってたんでしょう!? 卑怯なことをしているのはどっちよ!」
怒鳴りながらサフィーネに剣を向けようとしたリリンの腕を、シルヴィアが抑える。
「気にするでない、リリン」
「でも……!」
「坊や!」
シルヴィアはリリンを抑えたままで、またシロウに声を掛けた。
「石畳には魔力認識を阻害する魔鉱も散らばっておる! じゃから、そなたの目にも構築式は見えぬであろう、時魔法のレジストは――」
「必要ねえよシルヴィア!」
「……はあ。で、あろうな」
愉快そうに返されたシロウの返事にため息をつき、吸血鬼の美女は視線をリリンに戻した。
「何一つ案ずることはないのじゃリリン。金髪坊やにはこの程度、ハンデにもなりはせぬよ」
「う、うん……」
リリンは納得しかねたが、シロウへの信頼が勝り、剣を収めて二人の闘いに視線を戻した。
「はっ! 加速してるとはいえ、職業魔術師がなかなかどうして、いい動きじゃねえか」
遅延魔法がかかっているとは思えないスピードで、シロウは連続攻撃を続ける。
衝撃波を纏った打撃を、エフォートも危なっかしい体術でなんとか回避していた。
接近戦の専門職には及ばないとはいえ、訓練はしてきたのだ。
「ところでよ、なんで反射しねえんだ?」
「く……!」
ニヤニヤ笑いで話しかけてくるシロウ。エフォートには応える余裕などない。
「必死だなぁオイ。じゃあ……もっと回転を上げるぜ」
「なっ!?」
掌底打の鋭さが跳ね上がった。
時間の楔に囚われながら、シロウはまだまだ余力を残していたのだ。
バキィィン!!
金属が割れるような、異様な音が響き渡った。
エフォートは大きく跳ね飛ばされる。だが場外に落ちることはなく、実験場の地面に転がっていた。
「フォ……エフォート殿! い、いったい何が……」
「反射に失敗したようじゃの」
動揺しているサフィーネに、シルヴィアが答えた。
「金髪坊やの<魔旋>を避けきれずに、レオニングは反射魔法を使ったようじゃ。じゃが物理も魔法も跳ね返すご自慢の反射も、坊やが生み出した奥義には通じなかったようじゃの」
「ちょっとシルヴィア? なんで敵に教えるの!」
リリンはシルヴィアに非難の目を向ける。
「よいではないか、シルヴィア。王女殿下は我らの敵ではない。ともに魔王を打倒する為に協力することになるお方じゃ」
「今はエフォートに味方してる女よ」
「これから先は分からぬじゃろ?」
(そう、分からぬ。反射の魔術師に手を貸しているこの王女、いや王家がエフォート・フィン・レオニングと同様に魔王に糸を引かれておるのか)
エフォートはともかく、王族とまで敵対するのは得策ではない。少なくとも承継魔導図書群を手にするまでは、とシルヴィアは考えていた。
「どうした反射のエフォートさんよ。まともには喰らってねえだろ? さっさと立てよ」
「っ……」
シロウに挑発され、エフォートは立ち上がる。
吸血鬼が<魔旋>と呼んだ、シロウの特殊攻撃。
反射はできないまでも、威力は減じることができたようだ。直接的なダメージは小さい。
「じゃあ、まだまだいくぜぇっ!」
またシロウが地面を蹴り、エフォートに迫る。
繰り出される掌底、回避は間に合わない。
バキィィン!
反射は再び破られた。
だが今度は直接打撃は喰らわない。僅かにスピードを遅らせた分、掌底の軌道から身を避けることができたのだ。
「はい残念」
「!!」
バリィン!
避けたところに狙いすましたシロウの一撃。
咄嗟に張った反射も破られ、くの字に曲がったエフォートの腹に攻撃が食い込んでいる。シロウの蹴りが。
「ぐ……、掌、だけじゃないのか……!?」
「<魔旋>はどこからでも打てるぜ。おら、休んでる暇あんのか?」
ぐいとエフォートの身体は蹴り飛ばされ、次の攻撃が放たれる。
バキィン! ギィン! ギャリィン!
シロウの連続<魔旋>攻撃を、エフォートは反射魔法で減じながら躱す。
だが当然すべてを避け切ることは適わず、半数ほどは喰らってしまっている。
「……相変わらず反射魔法のスクリプトは視えねえな。時魔法みてえに地下に隠してる様子もねえ。別の方法で隠してやがるか」
余裕の表情で攻撃を続けてくるシロウ。
明らかに手加減されていた。やろうと思えばもういつでもエフォートにトドメを撃てるはずだ。だがエフォートを痛めつけながら、こちらの魔法を分析しているのだ。
「それでも砕けた魔法の余波で分かってきたぜ、レオニングよ。魔法と物理の反射は違うスクリプトだな? それに反射魔法にリリンの言ってた永続効果はねえ。一発ごとに発動を繰り返してんな」
「えっ?」
大広間で、リリンが放った最初の斬撃をエフォートは弾いた。リリンはそれをエフォートが反射魔法を自分にかけ続けていたと考え、シロウにそう伝えていたのだ。
「この速さで構築式を展開するとは、咬ませの割に大したヤロウだ。だが魔法と物理をミックスした<魔旋>には対応しきれねえってとこだろ」
図星だった。だからエフォートは初めてこの技を見たとき怖れたのだ。恐らく反射はできない攻撃だと。
バギィン、ドゴン!
ギャリン、ドン!
ダメージが蓄積し回避が遅れ、エフォートはもはや攻撃のほとんどを喰らってしまっている。
「おらあっ!!」
「がっ……!」
とうとう反射も間に合わず、<魔旋>の一撃をまともに喰らった。
派手に吹っ飛ばされたが、それでも場外に落ちるまでには至らない。シロウの絶妙な手加減だ。
「も、もう終わりです!! シロウ殿の勝利――」
サフィーネが叫ぶが、倒れたままエフォートは手のひらをその声に向かって突き出した。
まだだ、と。
「しぶてえ野郎だ。だがテメエにもう勝ちの目はねえ」
シロウはツカツカと歩み寄り、エフォートの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
とっくに時魔法の効果は切れていた。
「おとなしく構築式を見せて、反射の魔法を寄越しやがれ」
「……わかって……いたよ……」
「なに?」
ボソボソと呟くエフォート。
頭を切ってポタポタと血を流しながら、笑ってみせる。
「お前が……俺の反射魔法に執着して、トドメをささないことを」
キン……!
「シロウッ!?」
リリンが叫んだ。
無数の黒い壁が、シロウとエフォートの二人を囲むように突如現れ、外側から姿を見えなくしてしまったのだ。
「……なんだこりゃあ。鏡?」
中からシロウは呟く。
内側から見て、鏡になっている壁に上下左右を囲まれてしまっていた。
自分とエフォートが無限に映し出されている奇妙な閉鎖空間となっている。
「ミラーハウスかっての。なんのつもりだレオニング。こりゃあ……反射魔法で囲んでんのか」
それは反射魔法の膜だった。
反射作用が閉鎖空間の内側に向いている為、光まですべて内側に跳ね返り、鏡のようになっている。
光が外に一切漏れ出ない為、リリンやサフィーネたち外側から見ると、黒い壁に見えるのだ。
「その通り……だ……お前は、閉じ込められた……んだよ……」
「くだんねえ。<魔旋>は反射できねえって忘れたのかよ」
左腕でエフォートの胸ぐらを掴んだまま、シロウは右拳を振りかぶる。
「テメエごとこの空間を砕くなんざ、わけねえんだよ」
「……撃てれば、な」
ボロボロのエフォートの手から、ささやかな魔法が放たれた。
無詠唱で威力も低い、初級魔法<ファイアー・ボール>。
「何……うおっ!?」
火球は反射魔法の閉鎖空間で乱反射して飛び回った。だが所詮は低級魔法。炎の威力自体は問題ではない。
「また酸欠狙いか? 馬鹿の一つ覚えみてえに……」
酸素を喰われる前に、早々に<魔旋>を放とうとするシロウ。
だがその拳に、<魔旋>の力が形成されることはない。
「な、<魔旋>が!?」
「能力の分析をしていたのは、お前だけじゃない……」
ボロボロの身体に乱反射する火球で火傷を負いながら、エフォートは呟く。
「<魔旋>は、魔力自体を破壊力を持つまで高速回転させ……打突する技……。構築式を経ずに魔法として形成されないから……反射できない……単純な物理でもない……けど」
挑発的に笑ってみせる。
「別の魔法で、魔力の回転を破壊力を持つ前に乱してしまえば、<魔旋>は成立しない。……弱い魔法でも、充分だ」
「ぬかせ!」
シロウは脅威の動体視力で、乱反射するファイアー・ボールを掴み消滅させる。
そして改めて<魔旋>を形成しようとするが。
「<ファイアー・ボール>」
エフォートの低級魔法で再びその魔力を乱された。
「うっぜえええ!!」
苛立ったシロウは、魔力を纏わない拳でそのままエフォートを殴りつけようとする。
ガンッ!
「痛ってえ!」
反射魔法で殴る力と同等の衝撃を拳に受け、シロウは悶絶する。
「無駄だ……単純な物理攻撃は俺に通じない。もちろん魔法もだ。それともこの閉鎖空間で大魔法を使ったらどうなるか、試してみるか?」
「っ……! この、反射しか能の無えクソ野郎が!」
「ありがとう。最高の褒め言葉だ」
「オレが攻撃しなきゃ、テメエにだって打つ手はねえだろうが!」
「そうだな……膠着状態だ。だから」
胸ぐらを掴まれていた手が離され、自由になったエフォートが僅かに立ち位置を変える。
「こうなった時にどういう行動を取るか……俺には分かる」
「は?」
「俺はずっと、考えてきたからな。……君のことを」
シロウとエフォートを囲んでいた反射の壁が突然、砕け散った。
閉鎖空間を外側から斬り破って、飛び込んできた者は。
「――もうシロウはやらせない、エフォートッ!! ……え!?」
反射魔法の手応えの無さに驚きながら、リリンによって突き出されたブロードソードの剣先。
それはまるでスローモーションのように。
「……フォートぉぉ!!!」
王女の叫び声が響く中で。
リリンの剣は魔術師エフォートの背中に、深く突き刺さる。
――選定の儀は誰も予期せぬ事態を迎え、終結した。
『選定の儀』編、終了です。
次回、「15.その後の顛末」。
混乱を極めた『選定の儀』のその後、そして新展開となります。