EX.1 とある引きこもりと猫の物語
お久しぶりです!
後日譚その1です。
子ども部屋おじさん?
ムカつく言葉だ。
誰にも迷惑をかけてないだろう、ほっといてくれよ。
「頼む吾郎、これで家を出て行ってくれないか」
父親に二十万円を手渡され、俺は高校中退後に十年間、引き籠った家を追い出された。
二十万はネットカフェに泊まり、一人焼肉や回転寿司で豪遊し、欲しかったアニメDVDセットと限定フィギュアを衝動買いしたところで尽きた。
そして、なんだかんだで帰ったら入れてくれるだろうと戻った家は、既にもぬけの殻で「売家」の看板がかかっていた。
(クソが。クソが、クソが!)
親が悪かったんだ。
貧乏に耐え切れず離婚して、オレを捨てた母親が!
世間体ばかり気にして、オレとまともに向き合って来なかった父親が!
環境が悪かったんだ!
国の政策が悪かったから、格差社会が解消されないこの世の中が悪かったから!
だから俺が、何にも悪くないこの俺が、こんな目に合うんだ!
元オレの家の前で呆然としていた時。細い路地を異常なスピードで飛ばしているトラックが近づいてくることに、気がついた。
(そうだ……異世界転生、しよう)
そうだ。こんなクソな世界から逃げ出そう。
そしてチート能力を得て、俺のことを好きな女の子に囲まれて暮らすんだ。
ふらふらと、車道に体が吸い寄せられる。
その時だった。
「ニャア」
……猫ッ?
車道の真ん中に、先客がいた。
汚らしいノラ猫だ。
このままじゃ、あの猫も轢かれる。
そうだ、助けよう!
猫を助けて死ぬんだ!
そうすれば、オレの優しさに感動した女神が憐れんで、チート能力を授けて転生させてくれるんだ!
そういう筋書きなんだ!
「う、うおおっ!!」
オレは車道に飛び出す。
トラックのけたたましいブレーキ音。
あのスピードで止まれるはずもない。
けどオレの差し出した手は猫の身体を掴んで、そのまま歩道側に——
「ニャアッ!」
猫はオレの手を弾き飛ばし、クルン! と回転する!
そして薄汚いノラ猫は……猫耳美少女に変身した!
えええ!?
「——まったく! にゃあッ!!」
猫耳美少女はオレの襟首を掴んで、一緒に跳躍! トラックを飛び越えた!
嘘ぉ!? オレ体重85キロあるんだよ!?
なんと空中で小デブの俺をお姫様抱っこにして一回転。
猫耳美少女かスタッと華麗に着地を決めた。
いや、どういう脚力してんの……
「ば、ばかやろ、き、気をつけろ~~?」
トラックは、運転手が轢き殺し損ねた時の定番台詞を疑問符付き叫びながら、走り去っていった。
「まったく、ご主人様……二度目の転生でも、まったく成長してニャいのニャ」
「え? ……は?」
オレはまったく、状況が理解できない。
どういうこと?
え、これあれか、お前、ユーチューバーか。
どっきり仕掛けてどっかで撮影してんだろ。
「ニャに、キョロキョロしてるニャ」
撮影者、どこにもいねえ……
あ、お前、この猫耳に小型カメラでも仕込んでんのか?
「ニャに、ジロジロ見てるニャ」
いや、これどう見たって造りモンじゃねえ……それに、尻尾とか、目が、ホントに猫の目で、それに……で、でかい
「ご主人様、不能は直ったのかニャ。あんまり女性の胸を凝視するのは良くニャいよ」
どんな胸だこれ、どんだけナイスバディだよ!
こんなヤツ、マジで異世界ラノベに出てくる猫の獣人じゃねーか!
それもヒロイン級!
「そろそろ何か言うニャ! シロウ・モチヅキ!!」
ゴンッ!
あ痛ァ!
殴られた!?
「何しやがんだ! ニャリス!」
「やっと思い出したニャ?」
え?
……
……
ああ、そうだ。
オレはシロウ・モチヅキ。
むかつく反射魔術師に負けて、強制的に現代日本にまた転生させられて……って。
「な、な、なんだよこの設定ぇぇぇぇ!!」
またニートかよ!?
また引き籠り?
どんだけ陰険だ、あのクソ野郎がぁぁぁぁ!
「あ、誤解してそうなので先に言っとくニャ。エフォート・フィン・レオニングはご主人様の転生先、特に操作とかはしてニャいからね」
「んだとぉ!?」
素で不運だってのかよ、オレの魂は!!
マジで〇にたくなってきた……
***
近くの公園に移動して、オレとニャリスはベンチに座った。
猫の獣人は現代日本じゃ目立って仕方ないだろうが、今は真夜中で人目もない。
「なんだよ……異世界帰りの勇者は、チート能力で現代でも最強じゃねーのかよ……」
前世の記憶を思い出したオレは、頭を抱えていた。
「デブで親に見捨てられた子ども部屋おじさんに転生って……悪夢かよ」
「まあまあ。まだ、おじさんって年でもニャいんじゃない?」
「確かに二十七だけどよ。でも俺、望月史郎の時からカウントしたら、もう六十過ぎだぜ……」
「そういう計算すると、確かに死にたくなっても仕方ニャいね」
「ニャリスだって、似たようなもんだろ?」
「ウチは三年前に転生したばっかりニャ。前々生は生まれてから割とすぐ死んだから、ご主人様の奴隷だった前の世界をカウントしても、まだ二十代前半ニャ」
「若え。え? 時間軸どうなってんだよ」
「あのクソ女神の時から、転生のタイミングはバラバラにゃ。今のご主人様……ええと新島吾郎だったかニャ? 前世の記憶が甦る前は、まだ望月史郎が生きてる時代と被ってたんじゃニャいかな?」
「おお、そうだ。確かに一昨年くらいに、テレビで兄貴が俺が死んだことについて取材を受けてんの、見たことあるわ。あれオレの事件だった……変な感じだ」
「同じ魂が同時期に二つ存在してるニャんて、不思議ニャ」
「あれ……おい待て。ってことは今はまだ、兄貴と……叶姉さんが生きてるってことか?」
「……そうニャるね」
ふっと脳裏に、我ながらエグい考えが浮かぶ。
「復讐するニャ?」
「……ニャリス」
「母親はもう死んでるから。望月晴人と、反射の魔術師の二人にだったら、今、復讐できるニャ」
「……」
「そう考えたんでしょ。違うかニャ?」
「お前、リリンみてーに心を読む力でもあんのかよ」
「それは秘密ニャ」
「呪術でも使ってんのか? ……っておい、そうだよ、お前だよ!」
「ニャ?」
「なんだよ、その姿! 猫から獣人に変身して……」
「変かにゃ?」
「当たり前だろ! この世界じゃ獣人なんていないし、猫は喋んねえし変身もしねえよ! どうなってんだ!」
「それはウチが知りたいニャ。実は、前世での力。呪術とかも全部、今も使えるニャ」
「マジかよ! ……いや、そんなこたありえねえ!」
そんなバカな話があるか。
あの女神の箱庭世界と、この現代日本は似ているようで違う。
魔法を使用可能にするマナが、この世界には一切ない。
ニャリスの呪術だって使えるはずがないんだ。
「試してみるかニャ?」
「え」
***
マジか。
ニャリスは目の前で、一通りの前世で使えていた能力を披露してみせた。
「というわけで、どうするニャ」
そろそろ、空も白んできた。
まもなく夜が明ける。
いつまでも、この姿のニャリスと喋ってはいられないだろう。
「どうするって、どういう意味だ」
「ご主人様は、いや吾郎君は、これからどう生きるニャ」
「吾郎君はやめろ。いや、今更ご主人様って呼ばれ続けるのもなんだけど」
「そんなことはいいから。で、どうするニャ」
「どうもこうも、ねえよ。結局生まれ変わっても、オレはまた何も変わらなかった。でもまあ、今度は誰かに迷惑かける気はねえよ。静かにどっかで野垂れ死ぬさ」
「情けニャい」
「なんだよ。まさか、前世の力を使って現世で最強でもしろってのか?」
「復讐、しニャよ」
「はっ? まさかレオニングを……叶姉さんを殺せとでもいうのか?」
「まさか。そんニャことしても、ただ向こうの世界に転生するのが早くニャるだけ。反射の魔術師は前世を思い出してニャいんだから、無駄なことニャ」
「だったら兄貴か?」
「別に殺せニャんて言うつもりはニャいよ。復讐って、そういうことだけじゃニャい」
「なら、どういう」
ニャリスは不意に、姿を消した。
「えっ?」
(こっちニャ、ご主人様)
頭の中に直接声が!
え、こっち? ああ、下か。
見れば、変身前のノラ猫が、足元でニャーニャー鳴いていた。
ザッザッザッと、遠くから足音が聞こえてくる。
公園の木陰の向こうから、ジョギングをしてくる青年が姿を現した。
いち早く気配に気づいて、ニャリスは猫の姿に戻ったんだ。
(ご主人様。幸せになるニャ)
「は?」
(望月晴人は、ご主人様を利用するだけ利用して、捨てた。エフォート・フィン・レオニングはご主人様の全てを否定した。だったら、ご主人様は……ご主人様のままで、幸せになって見せるニャ)
「幸せに……?」
(それが、この現代日本に生まれ変わって彼らに復讐する、一番の方法ニャ)
「この状況から、かよ。オレは高校中退で十年以上引き籠り、今や持ち金はおろか、住む家もないんだぜ」
(でもご主人様には、ウチがいるニャ。異世界転生チート猫の、ウチが)
「……マジかよ」
ジョギング青年が、ブツブツと一人で猫と喋っているオレを、気味悪そうな目で見ながら通り過ぎていった。
***
とりあえず、住所は手に入れた。
携帯だけはギリで使うことができたから、それで調べて、ホームレスを援助してくれるNPO団体に協力してもらったんだ。
下手な団体に助けを求めてしまうと、逆に生活保護詐欺みたいなことに巻き込まれて、搾取されるだけになってしまう。
それを防げたのが、ニャリスの力だった。
人のウソや、思考をある程度を見抜くことができる。
そんな呪術あったか……?
いや、あったところで現世でなんで使える?
オレがあのクソ母親の箱庭世界でチート能力が使えたのは、転生させたクソ女神……まあこれも母親だったわけだが、ああメンドクセエ! とにかくヤツの仕業だった。
今回の転生は、反射のクソ魔術師の仕業だ。
あのヤロウが、チート能力の転生特典なんぞを与えるわけがねえ。
特にニャリスにだけ、なんて……
(小難しいこと考えニャいで、ご主人様。とにかく今は、使える物はなんでも使って、就職することだけ考えるニャ)
「就職……」
オレ、確かに前世で異世界転生勇者だったんだよな。
一応、主人公のつもりだった。
その成れの果てが、奴隷だったヒロインの能力を使って就職活動か。
(不思議だな)
悔しくねえ。
なんでだ。
「それでは、弊社を志望した動機を教えてください」
NPO団体が支給してくれたいっぱしのスーツを着て、オレはとある企業の面談を受けていた。
NPO団体……前々世では引き籠り部屋から無理やり追い出されて、ひでえ目にあったな。今生で世話してくれたとこは、ニャリスの目利きに適ったとこで、親身になってくれてホント助かった。
「ええと、御社の、しょ、将来性? に、惹かれまして……」
(ご主人様! 駄目ニャ、そんな棒読み!)
うおあ!?
ニャリス、お前ビルの外に置いてきたのに!
そっからでも頭の中に話しかけられんのかよ!
(そんなこと、どうでもいいニャ。その面接官、結構熱い人ニャ。正直に話すニャ!)
「正直ったって……」
「ん? どうしましたか?」
「い、いや、すんません」
しまった声に出しちまった。
面接官は、ニコニコと笑ってオレを見ている。
年は四十代後半くらいか?
こういうのを柔和な感じって言うんだろうな。今の新島吾郎の記憶にある、なんどか受けた圧迫面接の時とは全然違う感じだ。
「ええと、オレは、いや私は、ですね」
「オレでいいですよ。自分の言葉でしゃべってみて下さい」
「……オレが、この求人に応募したのは、ぶっちゃけ、介護職って人手不足って聞いたから、誰でも受かんだろって思ったのが、正直なとこです」
面接官がクスリと笑った。
お前が正直に言えっつたんだろ。
まあいいや。ここまできたら落ちてもしょうがねえ、オレは続ける。
「オレは、今まで自分は、母親や、きょうだ……他人のせいで不幸だって思ってて、だから、ちょっと力を手に入れた時には、たとえ他のヤツを不幸にしてでも、自分が楽しもうって思ってた」
そうだ。
今度はオレの番だって。
「でも結局、オレが力を得て踏み躙ったヤツらが、最後に調子に乗ったオレを叩き潰した。……アイツらは、オレが、できなかったことをやった。咬ませ犬にも意地があるって、証明してみせた」
面接官はじっとオレを見て、話を聞いている。
何を突然自分語りをしやがって、しかも中二病じみてるって、内心で笑ってるだろう。
それでもいい。
オレは誰かに、聞いてもらいたかったのかもしれない。
「オレも昔、逃げ出さないで……アイツと同じように、不幸や理不尽に抗って戦ってたら、違ったのかもしれない」
「だから、今からでも戦おうと思った?」
「そう……かもしれない」
「それでどうして、老人ホームの介護スタッフなんかを選んだんだい?」
「さっきも言っただろ、いや、言いました。誰でも受かるだろって思ったから」
「本当のことを言っていいんだよ」
不思議だ。
この面接官、どこかで会ったことが?
いや、こんな優男の中年おっさん、オレは知らない。
でも、何もかもを話してしまいたくなる。
「……前世って信じますか」
「そうだね、あるかもしれないね」
「オレの場合は前々世だけど、人生の大半を、半身不随の兄の介護で費やした」
「うん」
「だから、介護の経験はあるっちゃあるんです。せっかくだから……前世の記憶を生かして、現世で無双してやろうかと」
「できるかな? お兄さんは知能の方にも障碍が?」
「いや、それは」
「だとしたら、だいぶ勝手が違うよ。老人ホームは認知症の方がほとんどだからね」
「でも、汚物処理とかは慣れてる……慣れてた」
「……それは頼もしいね」
面接官はそう言って、笑った。
やっぱりこの人、どこかで……?
面接はこの後、いくつかの事務的な質問を受けて、終わった。
***
「お疲れ様ニャ、ご主人様! かんぱ~い!」
「おう。ま、今回のとこは駄目だろうけどな」
オレは安アパートの一室で、ニャリスと缶ビールを開けた。
やべえ、美味い。
「そんなこと、分からニャいよ」
「分かるって。就職の面接でいきなり前世がどうとか語り出すヤツ、誰が採用すんだよ」
なんでだ。
オレは今、最高にみっともない。
親の道具として生まれて、そこから逃げて転生して主人公になったつもりがまた負けて、今度も引きこもりに転生して、キツい仕事の就職面接に行って、たぶん落ちる。
みっともないし、情けない、マジで。
女どもを侍らせて、魔術構築式をコピーして戦略級魔法を無詠唱で炸裂させてドラゴンをぶっ倒してた前世と比べたら、ほんとマジで死にたくなるくらいだ。
なのに。
「ご主人様……美味そうにビール飲むニャ」
なんで泣けるくらいに、酒が美味いんだ。
ニャリスが目を細めて、オレを見ている。
「ニャリス、そろそろ教えろよ」
「ん? ニャにを?」
「どうして、前世の呪術を使えてる?」
くぴり、とビールを飲む猫の獣人。
そしてゆっくり、口を開いた。
「……反射の魔術師、エフォート・フィン・レオニングの所にいた時。王家承継魔導図書群のうちの一冊を、読んだニャ」
「その力ってことか。アレは、読むだけでリスクがあったんだろ」
「まあ、うん、そうニャ」
「……オレの為に、か」
ニャリスはまた、目を細めてオレを見る。
「うん。そうニャ」
「ニャリス。どうしてお前だけは、オレを見捨てなかった?」
「ウチだけじゃニャいよ。シルヴィアも」
「おばあちゃんは……うん。嬉しかったけど、まあ分かるんだ。望月史郎の時から、オレに優しかった」
「きっと今生でもどこかで出会って、ご主人様を助けてくれるニャ。シルヴィアは過保護だから」
「うん。……でもニャリス、お前はオレの肉親ってわけじゃない。ただ、オレがあのビルから身を投げる前に気まぐれに優しくしただけの、ただそれだけの、猫だった」
「気まぐれの優しさでも」
ニャリスはグイッと、残ったビールを一気にあおった。
「たったそれだけのことが、死んでも憶えているくらい嬉しい。そんなこともあるニャ」
「答えになってねえよ」
「なってるニャ。ウチの中では」
「そうかよ」
猫の気持ちは分からねえ。
ニャリスを追及するのを諦め、次の缶ビールに手を伸ばした時。
スマホの着信音が鳴った。
「きっと昼間の面接の、採用通知ニャ! おめでとうニャ!」
「んなわけあるか」
オレは能天気なニャリスの言葉に笑って、スマホに手を伸ばした。
この物語で一番ヘイトを集めまくった嫌われ者、クソ勇者の後日譚です。
いかがでしたでしょうか……
不定期で、他のキャラクターの後日譚も描いていきたいと思います。
新作の連載、開始しました!
「イセユリ!〜最強魔王、JKに転生する。けどまた女勇者と異世界に出戻り召喚されたので、百合なエンジョイ勢になることにした〜」
著者名を少し変えて、「きたやこう」にしました。
意味はあまりありません。
一人称で、読みやすさと展開の早さを重視して書いてます。
本作品では、ヘイトの解消が遅すぎるとのご指摘が多かったので……(笑)
何故、百合かというと。
百合が好きだからです。
こっちも楽しんで頂けると、嬉しいです!
それでは、また!