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127.切り札

「放てッ!! 〈千兆重魔法原子崩壊呪グラウンド・クワッドリオン〉!!」


 十五の魔法塔から放たれた、戦略級を超えた究極の魔法。

 それぞれが複数の戦略級を束ね威力を倍加させた、物質の存在を一切許さない煉獄だ。


〈愚かなり。我は分体とは違う、全てを見ていたのだ。一時魔王をたじろがせた程度の魔法が、いくつ束になったところで我に通じるものか〉


 精神に直接響く厳かな声とともに、光輝く壁が異形の存在の前に無数に出現する。


〈それが我に一切の痛痒なくとも、汝らを自滅させるには十分以上であろう? 反射かえしてあげるかしら。最後は己の技で滅びるがよい〉


 それは絶対の反射壁。

 女神はこの世界に反射の構築式スクリプトを用意していなかったが、なんのことはない。自分自身は呼吸と同じように、その程度の術は使えるのだ。


「この俺に、反射で勝負を挑むつもりか」


 だが、魔術師は笑う。

 たとえ神であっても、それは傲慢なのだと。


「ラーゼリオンの亡霊も、女神も。反射で俺に優れると……思うな!」


 天に掲げられた掌に、それは咲いた(・・・)


「〈万華鏡反射陣カレイド・リフレクション〉!」


 それはマナの粒子一つ分のズレもなく、微細に計算されつくした反射壁による万華鏡。

 女神により反射された究極魔法を、再びエフォートは反射壁により反射を繰り返し、収束し、また撃ち返した。

 ライト・ハイドと〈魂魄快癒ソウル・リフレッシュ〉を反射し合った戦いの再現だ。

 しかし今度は、飛び交うエネルギー総量の桁が果てしなく違う。

 ましてその破壊エネルギーは、万華鏡反射陣カレイド・リフレクションにより加速度的に収束と増幅が繰り返されているのだ。

 女神は愉しげな気配をまき散らす。


〈くふふ……宇宙創生に匹敵する力の弾き合いかしら。そなた、勝つ自信があるかしら?〉

「魔法戦はエネルギー量がすべてでじゃない。俺の反射陣はどれだけ破壊力が膨大になろうとも——」

〈永久に跳ね返し続けられるということかしら。そして〉


 エフォートの台詞を遮って、女神はニイと笑う。


千兆重魔法原子崩壊呪グラウンド・クワッドリオンの力が十二分に増幅・収束されたところで……園原理子ソノハラリコが我の反射壁を無効化する、という算段ねえ?〉

「——ッ!!」

〈言ったでしょう、我は見ていたと。ラーゼリオンの片割れに用いた策を、そのまま我にも使うとは。いささか手抜きが過ぎるかしらぁ?〉

「リリン、逃げろッ!!」


 エフォートは叫んだ。その声はマナの振動に変換され、魔晶を介さずとも離れた場所へ届く。

 

「えっ?」


 十五の魔法塔のひとつ、その最上階で〈平穏の精霊(エント)〉を放つタイミングを計っていたリリンは、虚を突かれた。

 次の瞬間、すぐ横で男の悲鳴が上がる。


「ひうああっ!!」

「え、なにっ?」


 エフォートが組んだ極大魔法の構築式スクリプトをコントロールしていた帝国魔法師団の一人が、突如のけ反って髪の色を真っ白に変化させた。そして。


「くく……翻意したとはいえ我が敬虔な信徒は、体を借りるのも楽かしらぁ」

「!! 女神ッ!」


 味方が女神の分体と化したことを察したリリンは、神殺しの剣(レーヴァテイン)を光の如き速さで抜き放った。


「裂空斬ッ! 雷破鷲そ——!?」

「バカなのね」


 白髪となった魔術師団員は歪んだ笑みを浮かべると、リリンの剣撃を容易く指先で摘まんで止める。


「そんな、神殺しの剣が!?」

「まったく反射の坊やといい、理子、お前といい。ちょっと神を舐めすぎかしらぁ?」


 バキィイイン!


 不快な音を響き渡らせて、魔幻界ラーゼリオンの技術の粋をこらして作られた神殺しの剣はあっけなく破壊された。


「くぅっ!」

「リリン! もういい、逃げろ!!」


 離れた魔法塔の上で、状況を理解しているエフォートは叫ぶ。

 

「分体でその力ッ……! リリンじゃ無理だ!!」


 すぐにでもリリンを守りに駆けつけたいエフォートだったが、女神の本体との極大魔法のは反射合戦は続いている。

 わずかでも計算ミスをすれば即、大陸はまるごと消滅してしまう。


〈くくく……そこで何もできず、ただ感じているといいかしら。せっかく異世界転生勇者から奪い返した幼馴染が、我によってありとあらゆる苦痛を受けて滅んでいく様を!〉

「くっ!」

「心配しないで、エフォート!」


 リリンは手刀を構えて、女神の分体を睨みつける。


「あらあら、なんのつもりかしらぁ? レーヴァテインを失った汝に、何ができると?」


 ギィン!


 白髪の魔法師は、指でつまんだままの剣の破片を軽く指で弾いた。

 それだけで刃は音速を超え、衝撃波を放ちながらリリンを襲う。


(できる! 今のあたしならッ……)


「魔旋ェンッ!!」


 リリンは手刀に纏わせた己の魔力を高速旋回させ、分体の撃ったレーヴァテインの刃を弾き飛ばした。


「あらぁ、それは史郎の技だったかしら。なんで理子が?」

「あたしだって転生勇者だ! あの男の作った武器を使って、さんざんこの技は使ってきた。これくらい簡単だッ!」

「ふぅん。でも、まさかそれだけで神に勝てると思って——」

「——るほどリリンはもう、バカじゃニャいよ」


 白髪の男の背後に、影から湧き出るように現れたのは一人の猫の獣人。


「見てたんニャら、ウチが呪術版の〈魂魄快癒これ〉を使えるって知ってたはずニャ!」


 白髪の魔法師を、蒼い呪いの波動が包む。


「……小賢しいかしらぁ。反射の魔術師ならいざ知らず、そなたのような猫一匹の力で、分体といえど我の——」

「ニャめるなッ!」


 ニャリスが手にしていたものは、ひとつの魔石。

 だがそれは通常の魔石と異なり、極めて高密度に精錬された魔宝石と呼ばれるものだ。


「それはウロボロスの」

「帝国の秘宝といわれる、通常の万倍の密度を魔宝石ニャ! これひとつで一万人のウチを相手にしてると思うニャァッ!!」


 増幅されたニャリスの呪いを受けて、分体の髪が元の色に戻り始める。


「あらあ? これは中々やるかしら……とでも、言うと思ったかしらぁ!」

「ニャ!?」


 魔法師の男は無造作に手を伸ばし、ニャリスの喉を掴んで締め上げる。


「ぐぅぅっ……!」


 苦悶の顔を浮かべるニャリス。

 男の髪は、また女神の分体であることを示す白に戻っている。


「ニャリスッ!? この、離せぇッ!」

「黙ってるかしら小娘」


 飛びかかってきたリリンに向かって、女神の分体は無造作に息を吹いた。

 神の威吹(ゴッド・ブレス)


「うああっ!」


 ただそれだけでリリンは、壁を突き破り魔法塔の外にまで吹き飛ばされた。

 一瞬伸ばした手で、宙を掴んで。


「邪魔かしら貴女。しばらく寝てなさいな」


 飛ばされていったリリンに向かって、分体の男は鼻で笑う。


「リ……リン……!」

「人の心配をしている暇はないかしらぁ、子猫ちゃぁん?」


 そして喉を締め上げるその手から、おぞましい力がニャリスに注ぎ込まれていく。


「畜生とはいえ、異世界由来の魂を乗っ取るのは少し手間かしら。でも、こうして直接触れていればぁぁ!」

「く……あっ……やめる、ニャ……!」


 ニャリスの髪が、白く、変わっていく。


「ウチの中に、入って……くるニャ……! ……にゃーんて。もう手遅れかしらァ! あはははは!」

「あははははッ!」


 白髪と化したニャリスは、手を離した同じ分体である魔法師と共に、けたたましく笑い合った。

 そして。


「コレもう邪魔ニャから。なーんて」


 バリィィィン……!


 分体ニャリスが抜き放った曲刀を叩きつけると、エフォートが設置した魔法塔の魔晶は粉々に砕け散った。


「くっ……ニャリス!? リリン!」

〈うふふふふ。その焦った顔も、また演技なのかしらぁ? 反射の坊や?〉


 複雑極まりない計算を繰り返しながら、万華鏡反射陣カレイド・リフレクションを必死で維持しているエフォートを女神は挑発する。


〈もう子猫ちゃんも我の手足。理子も役立たず。さあ、次はどうするかしらぁ?〉

「黙れッ! 魔法塔をひとつ落とされた程度で……」

〈ならこれはどうかしら?〉


 次の瞬間、残り十四のうち六つの魔法塔が、次々と爆散した。


「なっ——!?」

〈帝国の魔法師団兵はみな、もともとは敬虔なる我が信徒。手足にするのに秒もかからないかしら〉


 最上階に設置された魔晶を管理していた魔法師たちが次々と女神の分体と化し、爆破させたのだ。

 魔法塔は次々と、雪崩を打って崩壊していく。


「お、おのれ……」

〈あらあらぁ? 反射陣の計算が乱れているかしら坊やぁ?〉


 ガォン!!


 僅かに反射壁に隙間が発生し、そこから未曾有の破壊エネルギーの極一部が、地表に到達してしまう。

 地表は一瞬で蒸発し、巨大なクレーターと化した。


「くううぅ……!」

〈あはははは! あははははははははは!!〉


 異形の女神のけたたましい嗤い声が、精神波となって大陸中に響き渡る。


〈反射の坊や、分かってるかしらぁ。そなたは魔王の力を経て、その魔力は世界の常識からすれば尋常ではない量なのでしょう。けれど、愚か愚か。その計算能力は無限ではない! 千兆重魔法原子崩壊呪グラウンド・クワッドリオンを放った後、魔法塔の魔晶のリソースは万華鏡反射陣カレイド・リフレクションの計算に回していたのでしょう? さあ、あと幾つ塔を壊していけば、そなたの計算は崩壊するかしらぁ?〉


 ズズン……!


またひとつ、女神に乗っ取られた帝国魔法師の自爆によって、魔法塔が崩壊していく。

 残りの魔晶は、七つ。


「く……!」

〈もう答える余裕もないかしら。くはははッ……こんな世界のたかが人族としては、まあ良く頑張ったかしら。エフォート・フィン・レオニングぅ?〉


 またひとつ、魔法塔が崩壊する。

 エフォートの計算に乱れが生じ、また反射陣の一部が破綻してしまう。

 薙ぎ払われるように漏れてしまうエネルギー派は、周辺の山脈を削り取った。


「ふっ……! く……!」

〈あははは、あは、あははははは! 反射の坊や! そこから逆転する手が一つだけあるかしら。それは、そなたが転生勇者として覚醒すること! この世界の住人としての存在を放棄し、望月叶モチヅキカナエとなることかしらァ!! さすればチートの力で、僅かでも我に勝てる可能性があるかもしれないかしらぁ! あははははっはは!〉


 愉悦をこらえ切れない女神の嘲笑を受けながら、エフォートは冷や汗を流す。

 そして。


「……お断り、だ」


 呟いて、笑った。


〈あらあ? そなた……この世界の存亡よりも、己のちっぽけなプライドを優先するということかしら。まあそれも、卑小な人族らしいといえば、らしいかしらぁ? あはははははっははははは! あははははは〉

「ああ……貴様の娘になる、くらいなら……この世界ごと……滅んだ方がマシだ」

〈はっ——〉


 女神の嘲笑が、止まる。


〈……今、なんと言ったかしら?〉

「聞こえな……かったか。モチヅキ・ミワ……貴様の娘になるつもりなど……ないと言ったんだッ!!」


 異形の女神。

 その黄金に燃える髪の下の美貌が、醜く歪んだ。


〈……そなたの下らぬ妄想に、付き合う気はないかしら。……もうこんな世界オモチャは要らぬ。今すぐ全ての魔法塔を爆破して、自らの生んだ破滅魔法で滅びるがよい!〉


 女神がまた、世界の創造主としての力を行使した。

 それはすべての生命が神の造物であるということ。

 生命の魂にまでその不可視の手を伸ばし、いつでも自由に操ることが——


〈——ッ!?〉

「どうした? クソ女神。分体を増やさないのか?」


 ニイと笑う、エフォート。


〈いったい何が……!!〉

「分体といえど、貴様の魂の一部。どうだ? 自分の魂が内側から侵されていく気分は」

〈な……まさか!〉


 自立行動に任せていた分体に、女神は意識を飛ばす。

 そこでは、神の想像を超える出来事が起きていた。


「……ニャハッ……猫、ニャめんなよ……!」

「オイラ達のこともなっ!」

「ちょっとガラフ! いいからボクとのシンクロに集中してッ!!」


 女神の分体となっていたニャリスを中心に、ガラフとミンミンが魔術構築式スクリプトを展開していた。


「二度も……あんたに自由を奪われて! こんな醜い魂の波動、ボクには目を瞑ってたって辿ることができる!」


ニャリスを入口として、己もまた分体となっていた経験のあるミンミンが、ガラフの力を借りて女神本体の魂へと侵入ハッキングしているのだ。


〈バカな!? たかが小娘と雑種モングレルに、こんな真似が!?〉

「たとえ……貴様が生み出した、その他大勢であっても……!」


 今度は逆に、異形の女神を守っていた反射壁が僅かずつ、ひび割れ、破れ、綻びていく。


「この世界で、自由意志で生きる人々には……誰にも負けない、意地がある!!」

〈ぐぐっ……そ、そんな〉

「切り札が、この地に生きる者達だと気づけなかったのが、貴様の敗因だっ!!」


 エフォートは万華鏡反射陣カレイド・リフレクションで跳ね返すエネルギー波を、その綻びへと集中させていく。

 そして。


「今だ! リリン!!」

平穏の精霊(エント)ォォォォォォ!!」


 飛び出してきたリリンが天に向かって、精霊術を発動させた。

 その手には、魔法塔から吹き飛ばされる前にニャリスから投げ渡されていた、帝国の秘宝であるウロボロスの魔法石が握られている。

 つまり転生勇者一万人分の魔力による、無効化魔法だ。


〈ば、バカなっ!? こんな——〉


 女神を守る反射壁が、消滅していく。


「消えろッ! 神を気取った狂ったニンゲン!!」


 エフォートの叫びとともに。

 宇宙創生に匹敵する破壊エネルギーがついに、女神の本体を捉えた。

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