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123.亡霊の最期

 ラーゼリオンの亡霊が捕らえられ、操られていた王国兵たちはその支配から解放された。

 そしてそれは、冒険者ギルドのギルドマスター・ガイルスも同様だった。


「……ニャリスちゃん! 生きてるでござーますか!?」


 意識を取り戻したガイルスは、操られていた自分が四肢を斬り飛ばしてしまった猫の獣人の元へと、駆け寄る。


「!! そうだ、ニャリス大丈夫!?」

「大丈夫じゃ……ニャいよ……」


 遅れて気づいたリリンも、慌てて駆け寄った。

 そんなリリンに、ニャリスは恨み言を漏らす。


「酷いニャ……半死半生のウチを……ほっといて、男とイチャイチャ……」

「してないよ! ニャリスが精霊の声(ケノン)を通じて、自分は呪術で生命活動を低下させて失血死しないから、大丈夫だって」

「それでも放置は中々ひどいニャ。……リリン?」

「え?」

「生命活動とか失血死とか、難しい言葉……本当にリリンニャ?」


 息も絶え絶えながら、リリンの小さな変化に気づくニャリス。

 リリンは咄嗟に返す言葉が出てこなかったが、その反応で聡い猫の獣人はすべてを察した。


「ご主……シロウ・モチヅキと同じに、なったニャンね……異世界勇者に」

「ニャリス、あたしは」

「ウチも、前世は思い出してるけど……猫じゃ、ダメみたいニャ……チート能力とか、出ないニャ」

「いいから、そんな体でこれ以上喋らないで! ガイルスさん、早くニャリスに回復魔法を!」


 リリンが促すが、ガイルスは青い顔をして困惑している。


「そんな、バカな……」


 ガイルスは自身もSランクの冒険者で、専門ではないが回復魔法も使えるはずだった。

 だが。


「……ヴォルフラム!」


 王国の残存兵たちに指示を出している旧知の軍団長に向かって呼びかける。


「王国軍の回復術士を一人、こっちに回して——」

「こちらも同じだ、ガイルス」


 ヴォルフラムは首を横に振る。


「専門の術士を含めて皆、一切の回復魔法を使えなくなっている」

「……!」

「女神の奇跡が、起こらないのだ」

「そんな! それじゃあニャリスは!!」


 軍団長の言葉を聞いて、リリンが悲鳴のような叫びをあげる。

 いくら生命活動を低下させて失血を防いでいるとはいえ、四肢を斬り飛ばされた重体だ。ニャリスの体力がいつまでも持つわけがない。


「……当然だろうな」


 男の低い声が響いた。


「……無事、亡霊と分離したか」

「ああ。世話をかけた」


 声の主は、亡霊をその身体から引き剥がされ十数年ぶりに自我を取り戻した、クレイム・フィン・レオニングだった。


「エフォート。お前が魔幻界ラーゼリオンの魔法技術を得て、そしてまた魔王の力まで手にした。そして、明確に女神への叛逆を企んでいる。この期に及んでは、さすがの女神も治癒の奇跡を自由に扱わせることはしないだろう」


 ラーゼリオンの亡霊に支配されていたエフォートの父、クレイム。だが女神の分体となっていたミンミンと同様に、その間の記憶は残っていた。

 クレイムは、目の前に立つ漆黒の魔王衣を纏った己の息子に、静かに頭を下げる。


「……長い間すまなかった、エフォート」

「俺への詫びはいらない。謝るならリリンに謝ってくれ。昔あなたが助けてくれていたら、そもそもカレリオン家が奴隷になることもなかった」

「……そうだな」


 そっけない態度のエフォートの言葉に頷くと、クレイムは素直にリリンにも頭を垂れた。


「リリンちゃん、どうか不甲斐ない私を許してほしい」

「そんなこと、今どうでもいいから! 回復魔法が使えないって、それじゃニャリスは助けられないの!?」


 焦るリリンの肩に、エフォートが手を置いた。


「リリン、落ち着け」

「でも!」

「まかせてくれ」


 エフォートは手のひらをニャリスに向けて突き出す。

 不可視の魔術構築式スクリプトが展開され、そして魔力が注がれた。


「……ニャ!?」


 淡い光に一瞬包まれた後。ニャリスの手足は何事もなかったかのように復活していた。


「ニャ、ニャ、ニャんでぇ!!??」

「え、エフォート……なんで? 禁忌に触れて、回復魔法はできないはずじゃ」

「何でリリンまで慌ててるんだ? ……そうか。精霊の声(ケノン)の力、俺が反射しなくとも魔王がオートで弾いているのか」


 エフォートが指先で魔法衣を摘まんで呟く。


「……女神の奇跡を使わないで、ニャリスの身体を再建したんだ。水素、炭素、酸素、窒素……生物を構成する物質が存在して、魂と肉体の繋がりが残ってさえいれば。承継魔法と魔王の力でなんとかできるみたいだな」

「みたいだな、って……」


 そんなことができる存在を、人は神と呼ぶのではないのか。

 リリンはエフォートが遥か遠い存在になったかのように感じた。


「……エフォート・フィン・レオニング」


 一連の様子を見ていたヴォルフラムが声をかけてきた。


「こんなこと、頼める筋合いではないのは分かっている。だが……」

「分かっている。俺たちが戦っていたのはラーゼリオンの王国軍そのものじゃない、無為に命を見捨てるようなことはしない」


 黄金の淡い光が、エフォートを中心にして広がった。

 それはほんの一瞬の出来事。たったそれだけで、あちこちで倒れていた王国兵たちが一斉に立ち上がり始めてた。


「……感謝する」


 まさに奇跡としかいいようがないエフォートの魔法を目の当たりにして、ヴォルフラムは膝をついてまた頭を垂れた。


「——ッ!!」


 ニャリスが弾かれるように駆け出した。

 向かった先は、自分を凶弾から庇って斃れた、因縁の獣人。

 その後を追って、ガイルスもまた走る。しかし。


「……やっぱり、何もかもそう都合良くは、いかニャいよね」

「反射の魔術師は、魂と肉体が繋がってさえいればと言っていた……でござーます。死んだ者は生き返らないということ……でござーます」

「無理にござーます付けニャいでいいよ、マスター。……ねえ」


 ニャリスは彼女の亡き骸を抱え上げ、ガイルスの腕の中に渡す。


「ラビとマスターは、好き合っていたニャ?」

「……俺はそのつもりだったよ」

「ムカつくニャん。ラビのくせに、彼氏持ちだったとか」


 そう言ってニャリスは、一人の男が愛する女を喪って泣く姿から視線を逸らした。


 ***


 禍々しいエネルギー体が、エフォートの生み出した蒼光の鎖に捕らえられて宙に浮いていた。クレイムの身体から切り離された、ラーゼリオンの亡霊だ。


「エフォート。どこまでお前が察しているかは分からないが……今回の件、最初からコイツに仕組まれていたんだ」

「ああ。あなたが俺に女神の禁忌を破らせたのは、コイツの仕業だったんだろう」


 まだ五歳に満たないエフォートに魔法を扱わせ、禁忌を破り膨大な魔力を得させた。

 それはラーゼリオンの亡霊の仕組んだことだったのだ。

 クレイムは頷く。


「そうだ。ラーゼリオンの魔法に、未来の歴史をある程度予知する秘術がある。因果を操作して、奴は女神に対抗できる力を育てようとしていた。……まさか望月晴人とエフォート、こんな化け物が二人も誕生するとは想定外だったようだがな」

「実の息子を化け物呼ばわりか」

「勇者と呼んだ方がいいか?」

「止めてくれ、吐き気がする」


 次の行動を起こす前に、最低限の情報を交換しなくてはならない。

 エフォートはミンミンの元へ先にリリンとニャリスを向かわせてから、自分も一刻も早く駆けつけたい気持ちを抑えて、父親と言葉を交わしていた。


「残る敵は、あとはそのモチヅキハルトと女神だけだ。おい、ハルトにハーミットとしての人格はもうないのか?」

「実の父親を、おいとか呼ばないでくれ」

「まさか、父と呼んでもらえるとでも思っていたのか」

「……話を先に進めよう。ハーミットの前世の記憶は、わたしがリリンちゃんから盗んだ精霊術ケノンで呼び起こした」


 若干傷ついた顔を見せながら、クレイムは話を続ける。


「望月晴人。ゲンダイニホンでは、首から下が動かない難病に侵されながら希望を失わず、知識を蓄え自己実現を成し遂げた傑物だったようだな。ハーミット王に劣らぬ意志の強さを秘めていたよ。二人の人格は晴人寄りに統合している。別人と考えた方がいいだろう」

「そうか。亡霊が渡した承継魔法を使ったとはいえ、反物質などという物まで生み出してしまうゲンダイニホンの知識量……やっかいだな」


 考え込むエフォート。

 単純な魔力という意味では、今のエフォートの方が遥かに凌駕しているだろう。

 だがそれだけで勝てる相手ではないことは、晴人が魔王を窮地に追い込んでみせたことが証明していた。

 対してこちらのゲンダニホンの知識は、ライトノベルでしかないのだ。


「……エフォート。お前も前世を思い出すつもりはないか?」


 クレイムの提案に、エフォートは顔を歪めて即座に反論しようとしたが、クレイムは手を上げてそれを制した。


「聞いてくれ。魔王と承継魔法ラーゼリオンの力を手に入れたお前が、更に異世界転生チート勇者の力も手に入れれば。望月晴人や女神にもきっと勝てる」

「それじゃあダメなんだ。俺がエフォートではなく奴らの姉、モチヅキカナエになってしまったら、世界は何も変わらない。異世界から転生した勇者が世界を救う、あのライトノベルと変わらない神の遊び場になってしまう」


 それではここまで戦い続けた、意味がなかった。


「くだらないことを言わないでくれ。……次だ。ラーゼリオンの亡霊は、モチヅキハルトが魔王を倒し新たな神となって、女神を倒すと考えていたんだな」


 エフォートの固い意思は変えられないと悟ったクレイムは、仕方なく頷いた。


「そうだ。そして女神と戦い疲弊した晴人にお前をぶつけて、双方を弱らせようとしていた。最後に自分がすべてを手に入れるつもりでな」

「リリンを人質に、俺を操る計画だったんだな。……ということは、ラーゼリオンに女神を倒す具体策はなかったのか?」

「いや。策はいくつか考えていたが、勇者システムでこの世界を女神から奪う方が確実だと思ったようだ。お前の方はどうなんだ? 魔王の力と承継魔法だけで、女神を倒せそうか?」

「もともと魔王の力が無くとも、倒すつもりだったんだ。罠は仕組んでいる……守るべき子どもを犠牲にした、卑劣な罠をな」


 自分自身を憎むように、エフォートは吐き捨てた。

 そして。


「そうか。ラーゼリオンの亡霊も、女神を倒す策を考えていたか。なら……」


 エフォートは、禍々しいエネルギー体を拘束していた蒼光の鎖を解いた。


「なっ……エフォート、何を!?」

〈キハハッ……キハハハハハハハ!!〉


 聞くものの心胆を凍りつかせるような、おぞましい笑い声が響き渡った。

 周囲で軍の再編をしていた王国兵たちが驚き、身構える。


〈愚かなり、反射の魔術師よ! 我を再び自由にするとは!〉

「ふっ。肉体を持たない亡霊風情が自由になったところで、何もできないだろう」


 魔王衣を翻してニイと笑うエフォート。

 エネルギー体はその輪郭を人型に変化させて、揺らぐ。


〈ぬかせ! 魂だけになったところで、昔の我とは違うのだ! かつて魔王にしてやられた時と同じ轍を踏まぬよう、我は魂のみとなりし時に人の身を奪う術を、強化していたのだ!〉


 そして人型のエネルギー体は、エフォートに向かって襲い掛かった。


〈我を封じるほどの力を得た、反射の魔術師よ! そなたの力、我が貰い受けてやろう! キハハハハハハハハハ!!〉

「その言葉……そのまま反射かえしてやろう」


 エフォートの呟きとともに、魔王の衣が翻る。

 その内側から、また別の影が飛び出した。


 ***


 魔幻界ラーゼリオンとは、機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナたちにより完全支配された、絶対の管理社会であった。


〈大っ……嫌いだった〉


 そこで生きていた彼は、持てる魔術の才能を全て搾取され、社会維持の為の歯車でしかなかった。


〈復讐だ……この箱庭世界を利用して我は神となり、ヤツらと同じ力を得て、魔幻界に復讐してやるのだ! 我を! 道具と同じに扱い! 見下し侮っていたデウスどもに!〉


 だが、その欲望は叶うことはない。


〈だから……こんな終わりは、認めない……〉

「認めろよ。それで新しい生を、楽しんでいこうぜ」


 それがライト・ハイド、光を隠し続けてきた亡霊の最期だった。

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