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それでも私は屈しない  作者: めるかでぃあ
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第六話 調停者

 声の出元をさぐると、闘技場の観客席の出入り口に立った一人の少女が見えた。

 深紅のブレザーと皺のないスカート。貴族だ。その高貴な出自を表すように、陽の光を透かして輝く金髪をバレッタか何かで纏めて止めている。紫水晶のような曇りのない視線が私とエミリオの間をめぐる。


「両者、剣を収めなさい。これ以上の戦闘は無意味です」


「ローリエ、なぜ止める!」


 エミリオが少女に向かって声を投げた。


「決闘中に介入するなど、貴族の流儀に反するぞ!」


「決闘? これは私闘です、エミリオ・シュタツハルト」


 抑揚のない声音がエミリオの声を押し返し、ローリエと呼ばれた少女はゆっくりとこちらへ歩いてくる。それだけで、抗しえない威圧感が押し迫ってきた。戦場に舞い降りた神の使い――そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


「決闘とは、貴族同士でのものを指すのです、エミリオ卿。断じて平民を叩きのめす口実に使うべきものではなく――さらにはその場で窮追きゅうついされるなど言語道断」


「追い詰められてなどいない……っ」


「無様を見せるなと言っているのです、エミリオ卿。貴族としての立場と役割を自覚しなさい」


 ローリエの声は淡々としているが、槍衾やりぶすまを向けられたようにエミリオがひるんでいる。観客席と闘技場の間に立つと、声と同じように人形のように薄い表情がこちらを向いた。


「そちらの方。お名前は」


「アンジェラ」


 刃のように冷たい声音で問われ、思わず大人しく答えてしまう。短い返答にローリエは軽くうなづき、観客席と戦場を隔てる柵に手をかけると軽々とそれを飛び越える。唖然として雰囲気にのまれる私とエミリオの間に立ち、まずは私に寄る。


「アンジェラ嬢。如何いかなる無礼がエミリオ卿にあったとしても、平民がそれをとがめることは許されません」


 近づいてくる相手に反射的に剣を掲げ掛けるが、柄を握る手を、低温の五指が押しとどめる。磁器のような白皙の顔が、諭すような表情を作る。


「それがこの国の掟です。貴女の不満は理解しますが、貴族に剣を向ける大逆を犯せば、その咎は厳しいものとなります。ご自愛を」


 静かだが、有無を言わせぬ口調だった。反論を探すうちに、すっとローリエから手がのばされ、柔らかいものが肌を拭う。わずかにローリエの視線が和らいだ。


「汗を拭いて、水をお飲みなさい。そのままでは倒れてしまいますよ。――それに、女性なのだから、顔は大切に」


 香水の香りが染みたハンカチで拭われた頬に冷たい指が触れ、小さく光がともる。はっと抑えると、強酸で焼けた箇所の引きつるような痛みが消えている。発動の予兆を感じ取ることすらできないほどに素早く編まれた治癒魔術だ。

 女として気遣われたことへの感情が噴出するよりも、ローリエの立ち振る舞いに心が圧倒されていた。その時の私は、ただ彼女のするままに顔を拭われ、渡されたハンカチを握りしめることしかできなかった。


「さて、エミリオ・シュタツハルト」


「さきに無礼を働いたのは、アンジェラだぞ、ローリエ・イツァナギ」


 母親に叱られるのを恐れる子供のように、たじろぎながらも反論するエミリオ。しかしローリエが正面から見つめると、うっと息を漏らして押し黙った。


「すなわち、平民の無礼一つに対して私闘に及んだことは事実だと」


「そ、そうしなければ、貴族の面が立たないだろう」


「『たかが』平民の言動に一々不快を漏らすなど、なんと狭量なことだとは思いませんか。所詮、住む世界が違うのです」


「くっ」


 ぎり、と歯を噛んだエミリオだが、渋々と歯の間から言葉を漏らす。不満を顔に浮かべながらも、すでに主張をぶつけるには圧倒されすぎていた。


「……そ、う、だな。僕が、大人げなかった」


 手首を回し、握りしめた剣を鞘に戻す。それを見て、私も刃を収めた。互いに戦闘続行の意思が消えうせたことを確認したローリエは、視線を観客席に流す。


「ブラィンド教諭。この場の処理、お任せ出来ましょうか?」


 唐突に話を振られたシーアだが、驚きを見せることなく大儀そうに立ち上がって、煙管を咥えた。


「いいだろう。シュタツハルトは自分の寮に戻れ。アンジェラはあとで私の研究室に来い。今回の件に関して両者の一切の申し立てを受け付けることを拒否する。以上だ」


 まるで台本でも読み上げるように流暢に垂れ流された文句に、私は疑念を抱いた。エミリオはシーアに無言で頭を下げ、背を向けて出口に消えていく。ハンカチを残したまま、颯爽とローリエも観客席に消えた。半端な結末となった決闘の終了に、見物人も席を立ち始めている。残された私は、とりあえずサファイアの元に向かった。


「アンジェラさん――よかったです、お怪我がなくて」


 柵を超えると、目の端に涙を浮かべたサファイアが、抱き付くかと思う勢いで寄ってくる。胸の前で手を合わせて緊張に頬を染めていた。言葉を探すように柔らかそうな唇が数度開閉し、わっと堰を切ったように声にならない呼気が吐き出される。


「よかったですっ」


 感情の制御が出来なくなっているのか、ついに抱き付かれた。少女の柔らかい頬を押し付けられ、甘い匂いと体温でこちらまで赤くなりそうだ。体重を掛けられて倒れそうになるのを堪え、サファイアを抱く形になりながら、視線でシーアを刺す。


「あれは、お前の仕込みか」


「なんのことだい」


 正面から疑問を投げつけても、あげた口の端から煙を吐き出して、シーアは誤魔化しを隠そうともしない。わざわざ言ってやるのは癪だが、言わなければこの女はそのままはぐらかすだろう。


「どちらが勝っても、面倒事が残る。一応は貴族に対抗して見せたという事実を残しながら、勝敗を有耶無耶にするのが一番丸い納め方だ。あの抑止のタイミングは、偶然にしては出来過ぎだ」


「出来過ぎた偶然というのはあるものさ。アタシはただ、普段から貴族の風紀の取り締まりに熱心なイツァナギにこの決闘のことを伝えただけだよ」


「わざわざ始まってから伝えたんだろう。決闘開始を待たせて時間を稼ぐ方法もあったはずだ」


「どうも通信魔術の調子が悪くてね。学園内にいる相手に意思を伝えるくらい面と向かって話すように出来るんだけど、なんの具合かちょいと時間がかかったのさ」


 通信魔術は青の専売特許だ。シーアの腕前で手間取るはずもない。わかりやすい嘘に追及の拒絶を感じ取り、私は不快気に鼻を鳴らすにとどめた。いいかげん、私の存在を確かめるように頬ずりしてくるサファイアが暑苦しくなってきた。


「おい、いい加減離れてくれないか」


「ふぇっ!? あ、す、すみませんごめんなさい申し訳ありません!」


 抱き付くことすら無意識の行動だったのか、耳元でささやくと電気に打たれた猫のように背中を跳ねてサファイアが離れる。


「心配されるのは有難いが、気持ちだけで十分だ」


 他人に心配されるのも、無事を喜ばれるのも久しぶりだ。慣れないスキンシップにこそばゆさと恥ずかしさがある。片手で服の乱れを直す私の言葉を叱責と受け取ったのか、サファイアは肩を落とした。


「ま、大目に見てあげてよ。貴族に一対一で立ち向かうなんて自殺行為だし、その原因が自分にあるって思ったら、居ても立っても居られないよ」


 サファイアの乱れた琥珀色の髪をさらに撫でて乱しつつ、アサギの擁護がはいった。まじまじと私の顔を見つめ、そのまま全身をゆっくりと見回す。釣られてみれば、我ながらに酷い格好だ。ブレザーもスカートも土埃にまみれ、借り物のタイツは擦れて穴が空いている。爪の先まで真っ黒だ。今更ながら、限界を超えた運動で全身が痛み始めていた。


「驚いたよ。アンジェラ、魔法も剣も使いこなせるなんて。なんか貴族のことにも詳しそうだし、一体何者?」


「過去の私が何者でもいいだろう。今の私は、ただの一平民に過ぎない」


 アサギへの回答というより、自分に言い聞かせるための言葉だった。結局、指輪の力を頼ってもなお、エミリオを倒すには至らなかった。今の私は、私をこんな目に合わせた原因のおいぼれどころか、そこらにいる地方の警備隊にすら引けを取ってしまう。もしかすると、シーアはそれを自覚させるために決闘を容認したのかもしれない。

 互いに利用しあうだけの関係で、信頼するには至らない。再度心に刻みつつ、握った鞘をシーアに突き出した。


「これは返す。役に立った」


「そんなモノはくれてやるよ。売ったところで晩の酒代にもならんし、研究室の倉庫は飽和状態だ」


「そうか。では、頂いておく」


 魔法を使うのに、指向性を示すものは重要だ。だがそれは杖や剣でなくとも、たとえばシーアのように煙管や、最悪指先でも代用に足りる。それでも、剣という媒体が、一番手になじんでいる。

 よろしく頼むと心の中で呟きつつ柄を撫でた私に、さて、と声を掛けるシーア。瞳を城の尖塔、自分の研究室の方に向けながら言った。


「あんた、これだけ派手にやらかして、しかも貴族に逆らって、ただで済むとおもってんのかい。転入の手続きもあるし、ちょっと研究室まできな。――説教だ」

次回、6月6日に投稿予定です。第一節の最終話になる予定。

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