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それでも私は屈しない  作者: めるかでぃあ
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第五話 決闘

序盤の山場、アクションシーン。緊迫感が出せない感です。

 闘技場というだけあって、そこは一対一の勝負にふさわしい施設だった。

 土の引かれた平坦な場所を、円形の観客席が囲っている。平地は広く、私が足を踏み入れた時にはすでに準備を終えて反対側で待ち構えていたエミリオの姿が、顔がぼやけるほどに遠い。


「逃げずに、よく来たな」


「逃げる理由がない」


 闘技場の中心で向かい合う。エミリオの格好は先ほどと同じ制服姿だが、腰に長剣を佩いている。細やかな装飾が刃にまで彫り込まれ、柄には宝珠が埋め込まれている。魔術戦闘用の魔剣だ。

 私の左手にも柄に収まった魔剣が握られている。自前ではなく、シーアにいって用意してもらったものだ。

『賭場でイカサマして巻き上げたイワクツキの一品さ。アンタにはお似合いだ』

 そう言って寄越されたわりには、こしらえは古いが一品物の風格を漂わせる業物わざものだった。

 観客席には、平民――そしてごく少数の貴族が、まばらに席についている。最前列に、アサギとシーアに挟まれたサファイアの姿があった。


「決闘の作法は?」


「知っている」


 エミリオが、品定めするように目を細めた。


「この決闘、互いに名誉をかけたものだ。それを示すために、明確に勝者と敗者を分けようじゃないか」


「どういうことだ」


「ありえないことだが、もしもお前が勝ったなら、なんでも望みどおりにしてやろう。あの平民の娘に土下座してやっても構わない。だが、僕が勝った暁には――」


 決意を示すような溜めがあり、青色の双眸が私の顔の中心を見据える。


「お前には僕の従者として、一生甲斐甲斐しく世話をしてもらおう」


「構わん。奴隷だろうと愛妾だろうとなってやろう」


 怖気づくわけにはいかない。はっきりと言い切ると、エミリオは笑みを浮かべて柄に手を伸ばす。

 互いに剣を抜き、顔の前に掲げる。

 身を翻し、三歩進み、再び向かい合う。

 突き出した切っ先が昼の光を浴びて光った。

 刃同士が軽く触れあい、軽い金属音が鳴るのが決闘開始の合図だ。


「いざ、尋常に――『灼熱の槍シリングスピア』!」


 エミリオの剣が振られ、その軌跡から二本の棒状の火焔が放たれる。私はつま先で地面をけり、後退。半身で火焔を躱し、切っ先に魔術陣を展開。


「『闇の旋動スピニング・ダークネス』」


 私の言葉を合図に火焔の軌跡をなぞるように走る、黒い光線。肉体に物理的な痛みを与えずに力を奪う黒の魔術を、エミリオの剣が切り裂く。宝珠が輝き刃に無効化の魔術が伝わり、光線を虚空に消失させた。

 エミリオからの応射がくる。紡がれた術式は『紅蓮破パイロブラスト』。紅い波のような、炎の壁が押し寄せてきた。

 回避は不可と判断し、私は『防壁ブルワーク』の魔術を発動。目の前の大地が盛り上がり、熱波を遮断する。そのまま身をかがめ、切っ先に魔術陣を描き、息を止める。

 直後、轟音と共に壁の半分が吹き飛び、破片と熱波が頭上を通り過ぎた。広範囲に影響する魔術に対し、こちらが回避ではなく防御を選ぶと予想して、エミリオは破砕術式を用意していたのだろう。

 しかし、そこまでが私の予測通りだ。残された壁の半分から上半身をだし、紡いでいた魔術を叩き込む。


「『裂け目の稲妻リフトボルト』」


 私の魔術陣による魔術を察したのだろう、エミリオが跳ねるように身を返して背後に剣を突き出す。魔術陣で指示した場所、エミリオの背後から、突如として視界を白く染めるほどの稲妻が噴き出し、避雷針代わりに突き出された刃に纏わりつく。


「ぐぁっ……!」


 呻くような悲鳴が上がるが、柄から煙を上げながらも、エミリオ自身は全くの無傷だった。宝珠の無効化力が私の魔術を上回ったのだろう。

 完全な奇襲だったはずの攻撃の失敗に舌打ちしつつ、追撃の『闇の旋動』を三連射。半身で正面の投影面積を減らすエミリオだが、太ももに一撃が当たり、崩れるようにして膝をつく。


「この――『燃え殻の壁シンダー・ウォール』!」


 エミリオを庇うようにして現れた揺らめく焔の壁が、私がさらに放った魔術を消失させる。物理的に弾いたのではなく、魔力の塊として顕現した炎に魔術の術式が解体されたのだ。

 『闇の旋動』による攻撃は、脱力による戦闘能力の奪取により無傷で相手を制圧できるが、傷をつけないために単発での効果が少ない。下手に怪我をさせたり、罷り間違って殺人沙汰にならないように考慮した結果だが、それが裏目に出て決定力を失っている。

 魔術の展開や反応の速さを見ると、エミリオはただの高慢な貴族と馬鹿にはできない。全盛期の私ならば反撃できないほどの物量で難なく叩き潰せただろうが、指輪の力がなければそれは叶わない。正面からの撃ち合いでは、実戦経験に勝る私が今のところは有利だが、長引けばその優位性も徐々に失われる。

 かくなる上は、剣技による接近戦で相手を押し倒すしかなさそうだ。柄を握りなおして連射用の術式を組むが、効果時間が切れて薄くなった焔の壁の後ろから現れたエミリオが魔法陣を紡ぐのを見て、瞬時に術式を組み替える。


「『破滅の刃ドゥーム・ブレード』!」


「『電弧の走り手アーク・ランナー』」


 私の振るう刃の軌跡に沿って顕れた黒い波動が、エミリオの目の前で巨大な手のひらに掴まれて消し飛ばされた。手のひらの先には石柱のような腕が続き、岩塊がんかいじみた楕円形の身体と二足が腕を支えている。長身のエミリオよりもさらに頭二つほどの身の丈の、首のない無骨な巨人が私とエミリオを遮っている。

 大地から壁を作り出す応用で、土の巨人を作り出すことは赤の魔術の十八番おはこだ。だが、眼前の巨人は私の知る術式で編み出されてものとは違う。私が使役するのは、かろうじて人に見える程度の造形をした巨人だ。手に指はなく、腕の関節すら曲がらない。それに対して、『電弧の走り手』は、粗雑ながら五指があり、肘と膝がついて可動域が広く、全身が鈍色に包まれている。


「なんだ、その魔術は」


 巨人を構成するのは、純度の高い鉄か何かだろう。しかし、指の先まで揃った巨人を維持して正確に使役できるというのは、赤の魔術らしからぬ器用さだ。


「平民相手にこの魔術を紡ぐことになるとはね。知らないのも無理はないさ。シュタツハルト家で開発された秘蔵の術式の一つだからな」


 指揮棒代わりに、エミリオが剣を突き出した。


「やれ、『走り手』」


 ぐわりと地面が震えるほどの重量の塊が、直進でこちらに向かってくる。ならば、と『破砕デモリッシュ』の魔術を巨躯に叩き込んだ。しかし、硬質なものに触れるとそれを打ち砕くはずの魔術の光は、池に投げた小石のように鈍色の表面に取り込まれる。


「なに……」


 動揺を煽るように風圧が前髪をかき上げる。鉄の巨人の影が覆いかぶさってくる。混乱の中で身体を動かして影から逃れると、一拍を置いて、巨人の拳が私のいた場所に押し付けられて地面を穿つ。その場で身を翻し刃の一閃を巨人の腕に振るうが、表面に傷を付けるのがせいぜいだ。むしろ弾かれた剣に手がしびれたこちらの方が損害が大きい。


「ははっ、無駄さ! お前程度の剣や魔術では『走り手』は止められない!」


 エミリオの刀身が淡く輝いている。『走り手』の制御術式が発動しているため、エミリオ自身は攻撃が出来ないのかもしれない。距離さえ詰めてしまえばどうにかなりそうだが、私を逼迫ひっぱくする巨人の攻勢は大ぶりなれど激しい。かわすだけでは、むしろエミリオから距離が遠のくばかりだ。


「所詮、平民が、女の子が、僕に逆らおうなんて言うのが間違っている」


 嘲笑うようなエミリオの声が耳朶じだをうち、さらに巨大な拳が掠める風切りの音が鼓膜をゆらす。

 金属なら、砕けなくとも溶かすことは出来るはずだが、手持ちの術式でそこまでの熱量を発揮するものはない。牽制程度になればと放った『溶岩の斧ラヴァ・アクス』による灼熱の溶岩は、胴体を赤く染め上げるが溶かすには至らない。身体から蒸気を上げながらも猛進する『走り手』が掌を開いて私を掴もうとするのをかろうじて躱し、隙なく剣を構えはするが、どう攻めるべきかが見当たらない。

 斬撃と炎が通じず、生体ではない相手には黒の攻撃魔術の効果も薄い。残る手段を脳内で検索しようとするが、考えがまとまらない。

 脇腹が痛み、呼吸が荒く、腕が重い。まるで体重の半分はある重装備で山越えをした時のような疲労が全身に纏わりついている。

 この程度の運動で、と信じられない思いで見下ろした両腕は枝のように細く、新雪のように白い。膨らんだ胸の下に、黒いタイツに包まれた長い脚がある。理解はしつつもほとんど意識していなかった、自分のものではない女の身体。足枷として――否、それを超えて、私という存在を閉じ込める牢獄として、今の私が女だという現実を無情に突きつけてくる。


「アンジェラさん! 危ない!」


 飛び込んできたサファイアの声で、愕然として停止した思考が再起動する。掬いあげるような横殴りの拳を紙一重で避けるが、無様に尻を突いた。汗で前髪が額に張り付き、膝が笑う。まだ、限界は来ていない。力を籠めれば立ち上がることが出来た。


「そろそろ限界かな。地面に這いつくばり、非礼を詫びるんだ。そうしたら――僕に仕えても、それなりにいい目をみさせてやらないこともない」


「ぬかせ、小僧が」


 口の中に飛び込んできた土塊つちくれと共に言葉を吐き出して、汗で滲む視界の先にエミリオを捕らえた。笑っている。


「女の子をいためつける趣味はない。適当にあしらうだけで、体力切れで勝てる」


 私の視線を遮るように、『走り手』がそびえ立つ。その足元に魔術で爆発を起こし、煙幕を巻き上げて距離を取るが、煙が晴れた中から現れる装甲には傷一つついていない。

 脳を突き刺すような頭痛が走り、左手で額を抑える。魔術の連射が脳に負担をかけていた。元の身体ならこの程度はどうということはなかったというのに、今や剣を握る指はこわばって固まり、眼は霞み、息も上がっている。

 雲に太陽がさえぎられたように、視界が陰った。頭痛に気を取られていて、目の前に迫った巨人への対処が遅れる。


「しま――」


 魔術の検索をしているうちに、丸く太い五指が私の胴体を挟み込み、掴む。


「終わりだな。そうなってはどうしようもない」


 勝ち誇るエミリオが、ゆっくりと歩を進めてこちらに向かってくる。まるで鉄の輪を着せられたように両腕と上体を掴まれ、逃れようともがいた足が宙に浮く。剣が私の身体に密着しているため、下手な魔術を使えば私が巻き込まれてしまう。


「あっ……くっ」


 拘束が強まり、骨がきしんだ。悲鳴を漏らすまいと奥歯を噛むが、私が身体に力を入れるほど指の力が強まって身体を握りつぶそうとする。


「はは、スカートの中が見えそうだぞ」


 私を持ち上げる巨人の足元までたどり着いたエミリオが、顔を上げて嘲弄ちょうろうする。恥辱に頭が沸騰しかけるが、骨格の痛みが上回って現実に引き戻してくる。

 私が――この私が、抵抗も出来ずにただなぶられている。無力な女の子だと見下されている。それは受け入れがたい屈辱だった。

 身体の芯に熱が灯り、剣を握る手に力が入る。中指が火箸をあてられたように熱い。

 シーアには、指輪の力を使うなと言われていた。私も、使う気などなかった。だが、今、私の本能が、怒りが、その発動を求めている。それを抑えることを思いつく前に、巨人の指の間から洩れるほどに激しい血の色の光が指輪からあふれ出た。

 なんだ、と目を細めつつ、エミリオが『走り手』の背後に下がる。

 指輪の光を浴びると、ぐっと握りしめる形で強張った指先に感覚が戻り、爪の先までしっかりと意識が届くようになる。

 身体に力が戻り、逆に『走り手』の拘束は緩みつつあった。


「なんだ、これは――マナが吸われている!?」


 何らかの魔術が『走り手』の巨体に流れ、操作していたのだろうか。指輪はそれを私の力へと変換し、巨人から力を奪っていた。『走り手』が私を放り投げようとするが、私はその前にゆるんだ指の間から身体を出し、掌を蹴って宙に躍り出る。


「『爆裂ブーム』」


 切っ先を地面に向け、爆破の魔術を発動。爆風に身が押し上げられ、落下の衝撃を緩和する。力の戻った手足で地面を踏み、さらに切っ先に魔術陣を紡ぐ。


「なんの魔術かは知らないが――『走り手』を倒せるものか!」


 接触から離れることでマナの流出が止まったのだろう。力を取り戻した『走り手』が拳を握る。指輪の力だろうが、魔力だけでなく体力もある程度回復していて、思考は冴える。一つだけ、巨人に対抗する手段を思いついた。


「『溶岩の斧』」


 放つのは、紅蓮の手斧。強度を誇示するように『走り手』は躱すことなく正面から溶岩の塊にぶつかっていく。煮えたぎる溶岩は金属の面を灼熱で染め上げるが、そこまでだ。だから、私はすでに走り出して自分から距離を詰めている。

 『走り手』が拳を放った。前のめりになり突き出される右の拳を紙一重でかわし、柄を握る指先に力を込め、凝視するのはただ一点、赤く染まる胸元だ。


「っるぅらあぁぁ!」


 裂帛の気合いと共に放つのは刺突。熱に炙られた金属は柔らかく、飲みこむように切っ先を受け入れた。貫くには刃の長さが足りず、切り裂くことでどれだけのダメージが入るかは分からない。ゆえに、私は切っ先をさらに押し込み、そのまま魔術を発動する。


「『酸の短剣アシディックダガー』」


 剣に強酸を纏わせ、さらに切っ先から噴出することで甲冑や盾を腐食させる黒の魔術だ。白い煙が剣を挟み込む金属から洩れ、ごくわずかな酸の飛沫が私の頬を焼く。『走り手』の胸元を蹴り、追撃を逃れて一気に距離を取って効果を確認する。

 エミリオの舌打ちが聞こえた。胸元から煙を上げた『走り手』は、外見では小さな刃の痕が残るのみだが、今までに比べれば手傷というべきものを負っている。一撃での撃破が敵わずとも、確実に被害を与えれば、無機質な巨人といえども動きは鈍る。その隙に、エミリオを撃破する。たとえ線の細い作戦であっても、行うべきがそれしかないなら実行することに迷いはない。

 決意を剣先に乗せ、正眼に構えた。


「ちまちまと削り取る気か? そんなことをする前に、叩き潰してやる!」


 指示を乗せた魔術陣が宙に紡がれ、『走り手』が身を震わせる。しかし、石柱のような脚部が一歩を踏み出したところで、進撃は止まった。


「何をしている、『走り手』!」


 エミリオが再度魔術を発動するが、鈍色の巨人は膝をつき、ゆっくりと前に傾いていく。目をむいたエミリオの前で、土煙を上げて『走り手』が倒れ、動かなくなった。


「――お前、何をした!?」


 私にも理由などわからない。分かる必要もないことだけは本能が理解していた。ゆえに、大地を蹴り、剣を振りかぶる。

 はっという吐息が、高い金属音に掻き消される。上段の斬撃に反応し、エミリオはかろうじて私の剣を受けている。しかし、完全に間合いに入った。魔術を紡ぐよりも剣を振るう方が早い。

 勢いのついた上段からの一撃は、細腕でも反撃を許さない程度の威力は出る。先手を取り、防御を強制させた。その利を生かすべく、間髪入れずに剣を横に凪ぐ。防がれた。ならば、と弾かれた勢いを殺さずに手首を回し、袈裟懸けを叩き込む。

 攻防の紡ぐ剣戟の連鎖が金属音の連なりとして響き、血を沸かせる曲として奏でられる。演武のように私とエミリオの剣が交わり、軌跡を残し、火花を散らす。互いの荒い吐息すら楽曲に取り込まれ、飛び散る汗ですら演出として輝く。

 元々の腕力や体力はエミリオが上回り、さらにこちらは疲弊している。肺は際限なく空気を求め、こわばった筋肉は休息を求めている。それでも私は全身を鼓舞して剣を振るう。一度でも体勢を立て直させれば、奇襲で奪った優位は失われてしまうからだ。


「――はあぁっ!」


 裂帛れっぱくの気合いで振り下ろした刃が、エミリオの手をしびれさせる。掬いあげるようにして下段からの切り上げを放ち、さらに刃同士を打ち付ける。対応するエミリオは豪雨に打たれたように額に汗を浮かべ、顎先から飛び散らせている。

 あと一撃。それを決めれば、決着はつく。

 確信をもって、剣を横構えにして斬撃を放とうとした、その時だ。



「そこまでです!」



 闘技場に、よくとおる女の声が響き渡った。

次回、6月4日に投稿予定

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