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それでも私は屈しない  作者: めるかでぃあ
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第二話 共犯者

 シーア先生とやらの研究室は、針山のようにそびえる尖塔の一つにあった。延々と続く螺旋階段を見た時は辟易へきえきしたが、靴で踏みしめるとゆっくりと階段が進んで身体を上に運び、一歩たりとも進む必要はなかった。便利なものだ。

 尖塔の中らしい丸い部屋には、壁を隠すようにして隙間なく本棚が配置されている。重苦しい羊皮紙の本や巻物状になった紙、挙句の果てには石板まで転がっていて、持ち主の研究熱心ぶりをうかがわせた。

 部屋の中央に古い木の色をした巨大な机が鎮座している。やはり資料が山積し、剣や玉、ボトル、箱といった様々な雑貨が積み上げられてその後ろにいるらしい誰かを隠していた。


「ご苦労、下がっていいぞ」


「はい、シーア先生」


 資料の背後から声が飛び、少女は退室する。しっかりと扉が閉まると、音もなく掛け金が下りた。

 閉じ込められたかと焦りを浮かべると、猫なで声と共に人影が机の裏側から姿を現した。


「そう怯えることもないさ。むしろ怯えたいのはこっちの方」


「……シーア先生とやらか」


「シーア・ブラィンド。以後、お見知りおきを――魔性の契約者殿」


 煙管を手にした、褐色の肌の女だ。片眼鏡をかけ、染めているのか地毛なのか、髪は銀に近い白。裾の短い白のローブからはちみつ色の艶めかしい太ももが覗き、高いヒールを履いている。

 洒落者ぶった見た目よりも、セリフの方が気になった。


「私の正体を知っているのか」


「さぁて、確信は半分。半分は鎌かけだったけど――八割くらい、いまので確信になったかな」


 火の入っていない煙管を指先で弄びながら、シーアは机の端、僅かに空いているところに腰を落とす。片眼鏡の奥の瞳が細まり、泣きぼくろがあるのが見えた。


「……残りの二割、確信に変えてやろう。ついでにお前も灰に変えてやる」


「つまらない虚仮脅しはやめとくれ。あんたの指輪がほとんど魔力を残していないのは分かってるんだ。だからこそこんなところまで呼び出したんだからさ」

 ぐいと突きつけられるのは、煙管。その先に細い光がともり、線となって魔術陣を描く。技量を見せつける様な繊細さと速度で、それこそ尖塔ごと軽く吹き飛ぶような魔術が準備されていた。

 かつての私なら、苦も無くシーアを消し飛ばしていただろう。だが、今となっては主導権は相手にある。


「そう睨まなくてもいいじゃないか。別に騎士団に突きだそうってことも考えちゃいない。むしろあんたを保護したいってのが本音さ」


「保護だと? 拘束の言い回しを変えただけだろう」


「別に束縛だろうと監禁だろうといいんだけどさ。アタシとしちゃあ、両者合意の上で協力関係を結びたいわけよ」


 魔術陣が一瞬のうちに切り替わり、小さな火の塊が宙に浮く。煙を上げた煙管をゆっくりと吸い、白煙と共にシーアはつづけた。


「あんたのやったことはよく知ってる。正直恐ろしいし、許せない面もある。だけど、そんな些事さじはアタシの好奇心には到底及ばないのよね」


「些事、だと」


 異端審問の名において犯罪者を討つことに特化した神聖騎士団の中でも、特に精強と言われた正方十字騎士団の一角の壊滅を、女は些事と言い切った。自分の行いをその一言で切り捨てられたことに怒りを覚えるが、それを察したシーアの動きの方が速い。再び煙管を突きつけられて、動きを牽制される。


「騎士団のお偉いさんにとっちゃあ、悪魔の力で騎士団潰されましたなんてこれ以上ない醜聞だろうけど。アタシとしては、それだけの魔力を破壊だの虐殺だのとみみっちいことに使いやがってって感じなわけ」


 それ、と煙管で指輪を示し。


「膨大なマナがあれば、こんなショボい研究室では再現できないような、古の大魔術を再現できる。新しい物質を生み出したり、湖を干上がらせるような熱量を出したり、空間移動、時間移動すら可能かもしれない。それを無駄に浪費しやがってさぁ。金塊で石切りするようなもんじゃないか」


「お前、この指輪のことをどこまで知っている」


 悪魔から奪っただけで、私は碌に指輪のことを知らないことに気付いた。魔力を引き出したり魔術を行使することは出来ても、その出自に興味を持ったことなどなかったのだ。


「強力な指輪っていうと、遠い昔、それこそ神話の時代、魔王とやらが自分の力の一部を封印したって伝承があるよ。まあ、あんた程度が使っただけで魔力が枯渇するんだから、神話にあるような大層なものではないかもしれないけど。せいぜい魔王の眷属、魔族あたりが作り出した贋作のアーティファクトってとこかしらね」


「魔王だと?」


 騎士時代に勉強したことがある神話だ。かつて世界のマナは聖なるものと邪なるものに分かれ、邪なるマナの根源が魔王であり、邪なマナを行使する魔族たちが世界を脅かしていた。それを撃退したのが、聖なるマナを掲げた聖天使の一団であり、両者が長い間争った結果、それぞれのマナは混ざり合って拡散した。戦う力を失った魔族は姿を消し、使命を終えた天使たちも眠りについた。混ざり合ったマナは再び分かれ、白・青・黒・赤・緑の五つのマナとして世界を満たした。そんな、どこにでもある世田話だ。


「この指輪には、邪なマナが充填されているとでもいうのか」


「心当たりはあるんじゃない」


 指摘され、私は頷く。

 親和のうち、マナが五色に分かたれているという部分だけは事実だ。魔術の種類によって適した色のマナがあり、同じ魔術でも個人間の巧拙があるのはそのためとされている。人それぞれに、得意なマナの色というのがあるのだ。

 火を操るのは赤のマナ、水を操るのは青のマナ、傷を癒すのは白のマナという風に、ほとんどの魔術には指定するマナの色がある。

 だが、例外もある。たとえば私が盗賊を殺すときに使った、強制的にマナを絞り上げる魔術。あれは指輪によってもたらされたマナによる魔術で、五色のマナのいずれにも存在しない魔術だ。


「どの色でもないマナ。指輪について、そこまで疑問に思ったことはなかったな」


「神話に出てくる邪なマナが指輪に充填されているとすれば、それはとてつもない発見になる。研究者の魂ってやつがゾクゾクくるねぇ」


「私を実験体にでもする気か。なら、指輪を奪ったらどうだ」


「察しはついてるでしょ? 出来るならやってるよ。その指輪、あんたの指から離れないんだわ」


 指ごと切り取るとこまではやってないけどさ、と煙を浮かしながらとんでもないことを言う。


「これは完全な推測だけど、あんたの身体はもう指輪の一部と化してる。噂に聞く討滅された悪魔は金髪の男性騎士だっていうけど、どう見てもあんたの姿は違う。傷を負って修復する過程で、指輪の魔力を浴び過ぎたんだろうね」


「この姿は――あのおいぼれの魔術のせいだ」


 吐き捨てると、シーアは鼻で笑った。


「あんたに掛けられた魔術は、再生の方向を弄って無力化する騎士団お得意の魔術だろうよ。女になったのはそのせいだろうが、髪の色は違う。再生するなら元の金髪になるはずだからね」


 すらすらと持論を並べる女に、私は半ば感心した。それなり程度に知識はあるという自負があったが、先生というだけあって、まるでその場にいたように、シーアは淀みなく解説しているのだ。


「ってことでさ。あんたのことや指輪のことを、もっと色々と知りたいわけ。協力とまでは言わない。少なくとも、魅力的な研究材料を他人に奪われたくない。だからとりあえずは保護ってことで手を打ちたいんだけど、どう?」


「具体的には?」


「私の権限で、学園への途中編入を認めてあげる。ここなら外からの監視や介入はかなり少ないから派手に暴れない限りは正体がバレることもないし、卒業後もレイアトリの出身なら経歴に多少不明なところがあっても不自由しなくて済む」


「私に求めることは?」


「他の人間に指輪の研究を許さないことと、出来れば私の研究への積極的参加。当然だけど、どんな事態になっても私の研究成果を他人に明かさないこと」


 提示された条件は、悪いものではない。名前も魔力も失った私は、すでに普通の暮らしをすることすらままならない。復讐を果たすにしても、騎士団の本部がある王都に入ることすら難しい。その点、ほとぼりを冷ましつつ公的な身分を保証されるというのは非常に大きい。

 指輪の研究に関しても、より強い力を得るためには、むしろ行うべきだろう。研究成果を明かすということは自分の弱点を明かすことにつながるため、シーアだけでなく私にも利益はない。


「いいだろう。その話、乗った」

 乗ったとはいえど、具体的にいつから、どんな学園生活を送るかまでは聞いていない。それを尋ねると、シーアの解は簡潔だった。


「そうね、もしよければ今日からでも登録は済ませられるわ。どんな学園生活を送るかは、あんたの自由」


「それなりに権威のある公的な機関だろう。そんな軽々しく編入できるものなのか」


「それなりに権威があるからこそ、いろんなところから、いろんな人材が集まるのよ。時期や事務処理なんてつまらないものに捕らわれたりしないわ。私の推薦一つで編入自体は通せるさ」


「一研究者にそれだけの権力があるのか」


 いぶかしがる俺の前で、シーアはちっちと煙管を振る。


「これでもデザイア寮の寮長やっててね。ウチの寮で面倒見るなら、それなりに融通は効くってもんよ」


「デザイア?」


「五色のマナになぞらえて、学園の生徒は五つの寮に分けられてる。デザイア、スライ、エルヴス、ゲィト、イクイップ。それぞれ神話時代の勢力名らしいよ」


「さっきの女子生徒も、デザイアの生徒か?」


「そ。サファイア・エリクスドッター。通称サッフィーちゃん。いい子でしょ?」


 いい子と言うか、飼い犬並に従順ではあるように見えた。


「そだ。面識もできたことだし、サッフィーの同室になってもらおうかな。ちょうど一人部屋だからね」


「別に誰とでも構わないが、あの娘が私の寝首を掻くことはないだろうな」


 冗談のつもりはなかった。騎士団員だけで、三桁に近い人間を殺戮しているのだ。その身内などどこにでもいるだろう。もしもどこかから情報が漏れた時、敵になる人間はなるべく近くに置きたくはない。


「ないと思うね。あの子、教会の孤児院出身だし。私も一時期厄介になってた教会で、魔術の才能がありそうだから去年引っこ抜いてきたの。それにあの子にそんな胆力ないわよ。むしろ、あんたも正体バレないようにしなさいよ」


「当然だ」


「分かってるならいいけど。とにかく大人しくしてなさい。あんたとアタシは運命共同体、どっちかがしくじったら連鎖的に摘発されるのは目に見えてるんだからね」


 念を押され、肩をすくめた。私だって状況は理解しているつもりだ。


「そう言えば、この城にはどれくらいの人間がいる?」


「そうねぇ、大体七百ってとこかな。生徒だけなら五百、それに加えて教師だの用務員だの食堂のおばちゃんだのを加えてそんなもん。警備体制とかも教えてあげてもいいけど、抜け出すときは事前に相談しな。……しっかし、ハリネズミのような警戒心だね」


 シーアは煙管の煙をたゆらせながら、呆れたように目を細めた。だが、それは珍しく的外れだ。いざというときのためではなく、生活のために訊いておきたいことがあった。


「いざ逃げ出すというときのためというわけではなく、だな。貴族がどうも幅を利かせているようだが、どの程度いるんだ」


「ああ、そーゆー。生徒の比率で言うなら、半分以上は貴族の子弟だよ。むしろ平民出身の方が少数派で、さらに少ないのが国外からの留学組」


「国全体の比率で言えば一分に過ぎない貴族が、それだけいるのか」


「もともとは貴族でないと入学できない学園だったからね。研究者の質を維持するために門戸を開いたけど、経営は寄付で成り立ってるところが大きいから、貴族様の顔がでかいのは仕方ないさ」


「正直、貴族と平民の差を自覚したことはない。サファイアはえらく卑屈な様子だったが、あれが普通なのか」


 騎士団にいた時は周囲との差は階級によるものだったし、それ以前には平民と会うことすら稀だった。逆に殺戮者となってからは、身分で区別することなくただ力のままに暴れていた。


「天と地、とは言わないが、主人と奴隷のようだと思っておきな。目を付けられると面倒だよ。正体を隠してる以上、あんたもどこの木の股から生まれたかもわからない平民出身として生活してもらわなきゃいけないんだし」


「自信はない、な」


 そうやって卑屈に生きることが出来なかったからこそ、今、ここにいるのだから。


「堂々と言われてもね……教師としてある程度は公平性を守ってやるが、アタシだって研究費は惜しいから、そこまで頑張りはしないよ。出自は適当に作っておくから、あとで目を通しておきな」


 あぁ、と思いついたように手を打ち、シーアは悪戯を思いついたように唇を上げる。


「出自といえば、名前はどうする? アンジェロだっけ? 元の名前。流石にそれは使えないし、なにか可愛い名前でも付けてあげようか。ミョロニモとか、アヴァドウブルとかどうよ。昔飼ってたホムンクルスの名前なんだけどさ」


「……アンジェラでいい」


次回、5月30日に投稿予定です。

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