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それでも私は屈しない  作者: めるかでぃあ
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第一話 再起

ここから本編、以降一人称で書いていきます。

 私の二度目の目覚めは、初めとは比べ物にならないほどに心地よかった。瞼はいともたやすく開き、上体を起こすためについた片手は白いシーツの上にあった。羽根が生えたように身体が軽い。泥と埃にまみれていたはずの身体は清められ、素肌の上から白いローブに包まれている。

 ベッドから足を降ろして、辺りを見回した。狭くもなく広くもない、そんな部屋だ。床と天井は板張りで、壁は白い漆喰が塗りこまれている。積年の汚れが隅々に見えるが、そこから推測される経年のわりには床も壁もきれいにされているようだった。壁の木枠の中で板が外向きに開かれ、日の光が差し込んでいる。

 素足で床を踏み、私はまぶしげに光を浴びる。顔の前に掲げた手は、血管が透けるほどに白く、小さい。節のない長い指と綺麗な流線型をした爪に、私は自らの身体がいまだに少女のものであることを知る。

 騎士団の追跡を避けるため、専ら夜を好み、闇の中で生きてきた。普通の人間とは昼夜の行動が真逆だったため、高くから注ぐ陽光の温かみは長く触れておらず、懐かしい。掌で熱を確かめるようになんども開閉する。左の中指には、細くなった指に合わせるように径を縮めた指輪が嵌っている。


「ここは……どこだ」


 声帯を震わせて、声が出た。喉に手を当てると、詰まることも掠れることもなく、喉の機能は回復している。回復自体は指輪の力としても、それを成し遂げるにはそれなりの時間を要したはずだ。

 窓から見えるのは緑の芝生と石壁。どこか大きな屋敷や城の一室のようだったが、見覚えのない場所だ。誰かに拾われて、ここまで連れてこられたのだろうが、そこまでしてくれる心当たりはない。身体を清めてベッドで寝かせてくれるというのは、単なるお人よしの仕業とも思えない。

 休息をとったせいか、体力は少女の身体なりに回復している。魔力はどれほど回復しているだろうかと思い、意識を体内に向ける。こちらは一筋縄ではいかないようだ。万全にはまったく足りない。

 小さな拳に決意を込めて握る。あの、おいぼれを片付けるまでは死ぬことなどできない。奴を倒し、以前よりもさらに力を得る――暗い願望は、私の心の底をゆっくりと焦がしている。

 その時、控えめなノックの音が背後から響いた。とっさに腰に手をやるが、そこに使い慣れた剣はない。いざとなれば窓から逃れようと枠を強く掴んだまま、私はドアを見つめる。控えめにドアが開き、小さな頭がひょいと部屋を覗く。


「あっ――」


 ドングリのような丸く大きな瞳が私を見つけると、ドアが開いて一人の少女が現れる。琥珀色の髪をおさげに結った、かなり小柄な少女で、今の私よりも頭一つ以上背が低い。白いシャツと紺のブレザーにヒダの多いスカートという格好は、個性がないためになにかの制服なのだろうと推測する。

「よかった……目、覚めたんですね」

 深海色の目を弓の形にして安堵の息を漏らす少女から、敵意は感じられない。スカートから覘く太ももや首周りの筋肉のつき方から、腕力的な脅威はなさそうだ。


「あ、あの……」


 じっと観察を続ける私に、少女は遠慮がちに声を掛けてくるが、無視。視認出来る限りで武器はなし。ゆっくりと放散されるマナから推察して、魔力量は平凡。技量までは分からないが、よほどのものでなければ敵対しても軽く御せるだろう。そこまで分析してから、私は窓枠を離し、少女に歩み寄った。


「ここは――お前の部屋か?」


 二人称に迷ったが、小柄な少女にへつらう気はないし警戒心も解いてはいないため、『お前』とした。私の傲慢にも聞こえる物言いにも関わらず、少女は笑みを深めて首肯する。


「はい、そうです。正確に言うと、学園の寮ですけれど」


「寮――学園?」


「はい。ここはレイアトリ魔術学園の一般寮です。道に倒れていた貴女をシーア先生が見つけて運んできてくれたんです」


 レイアトリ魔術学園。聞き覚えはある。その名の通り魔術を学習・研究する機関で、高名な魔導師をそれなりに輩出している名門だ。シーア先生というのは聞き覚えがないが、おそらくは学園の教師だろう。


「……なぜ、この部屋に?」


「さあ――私は先生に頼まれただけなので」


 リスのように首をかしげる少女は、そういえば、と今更疑問を浮かべたようだ。純粋で素直なのか、それとも先生とやらに盲目的に従順なのかは知らないが、この少女はやはり脅威足り得ない。

 むしろ問題はシーア先生とやらだ。学園の教諭職に就いているのであれば、私の正体や指輪の魔力について勘付いているかもしれない。もしかしたら、こうしている間にもどこかの騎士団に連絡を取られて、討滅するための部隊が派遣されているかもしれない。反射的に窓の外を見るが、天馬やグリフの影はなく、ただ白い雲の浮かぶ青空があるだけだ。


「なぜ私を助けた」


「道に倒れてたからじゃないですか?」


 当然というように言われ、私は目を瞬かせた。


「行き倒れなど、ありふれている。そのシーア先生とやらは慈善事業家かなにかか」


「違うと思いますけど……でも、私だって、道に女の人が倒れてたら無視できませんし……」


 憶測と警戒から詰問するような口調になったせいか、少女は自信なさげに眉を下げる。私も一瞬罪悪感を覚え――むしろ、そんなことよりも遥かに罪深いことを繰り返してきた身で今更罪悪感を覚えたことに対して驚いた。


「とりあえず、そのシーア先生とやらに会うことはできるだろうか」


「勿論です! 先生も、貴女が起きたら連れてきてくれと言っていました」


「そうか。なら、案内を頼みたい」


「はいっ」


 軽く頭を下げると、少女は影を吹き飛ばして花のように笑う。感情豊かな娘だ。


「とりあえず、そこに着換えがありますから使ってください」


 指さした方を向くと、小さな木製の机の上に畳まれた布地が置いてある。そこで自分がローブ一枚しか纏っていないことを自覚した。すっとローブの帯を緩めると、少女は小さな悲鳴のようなものを上げ、背を向けてドアに手をかける。


「す、すみません。私、外で待ってるので、終わったら言ってください!」


 言葉を言い終わらないうちにドアの陰に消える少女を、私は唖然として見送るしかなかった。

 布を手に取ると、少女の纏っていたものと同じ制服のようだった。ブレザーの胸元には宝球の乗った天秤のエンブレム。見覚えのないものだが、学園の校章か何かだろう。

 着替えには下着も用意されている。女性ものをつぶさに観察したことはなかったが、ズボンのように両足を通すものではなく、白の三角形を前後に当てて横で縛って着用するものらしい。慣れない作業に手間取りつつも、股間が隠れたことで久々に服を着ているという実感がわき、少しだけ心が落ち着く。白いワイヤーを仕込んだ胸当てのようなものもあるが、そちらは無視した。白地のシャツを着こんでボタンを留め、スカートを巻く。服を着ているのに太ももの内側が擦れることに違和感と自分がスカートを履いているという羞恥心を煽られつつ、靴下、木靴に足を通してブレザーを着込む。


「終わったぞ」


 声を掛けると、律義にドアの向こうで待っていたのだろう、すぐに少女が姿を現した。


「お似合いです。とっても素敵」


「世事はいい。――しかしこの、スカートは違和感があるな。なにかズボンのようなものはないか」


「別に珍しい形でもないと思いますけれど……」


 不思議そうに頭を傾けられる。女性にとっては履き慣れた形状だろうが、こんな短い布一枚で下半身を隠しているのは付けていないのとほぼ同義だ。


「せめて太もも辺りを隠せるようなものを……」


「ああ、じゃあ、タイツならありますよ」


 壁をくりぬいたようなクローゼットを開き、少女が両手でつかんで見せたのは黒い下穿きだ。多少暑苦しいのと締め付けられる感触が気に食わないが、スカート一枚よりは遥かにマシといえるだろう。


「悪くないようだ。借りるぞ」


「お似合いですよ。じゃあ、行きましょうか」


 服飾店の店員のような笑顔を浮かべ、少女は私が通るまでドアを開けていてくれた。その先は板張りの廊下が左右に広がっている。窓の外からは、部屋から見えた芝生の庭がさらに広く視認出来た。長い廊下には延々と一定間隔で扉が並んでいるが、出る者にも入る者にも出くわさなかった。


「寮という割に人気がないな」


「今はちょうどお昼ですから。広いので、はぐれないように気を付けてください」


 一本道で何を、と思うが、その先で廊下は途切れ、屋外に出る。芝生の上に一本の線のように敷かれた石畳の道があり、その先に、小山のような石造りの城がある。首が痛くなるまで顔を上げても上の方は霞んで見えず、突き出した尖塔の数は数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどだ。城の外壁は切り出した石のようだが、城全体が石造りだとしたら、立てるときに小さな山がいくつか消えているだろう。


「これがレイアトリ魔術学園の校舎です。中には教室とか、研究室とか、図書室とか、食堂とか――とりあえず、必要なものはなんでも揃ってます」


 指を折りながら説明してくれる少女には悪いが、そうか、と気のない返事でやり過ごす。身の安全が確保できないならば長居をする気はない。いざというときのために武器庫や隠し通路のようなものがあれば教えてほしいが、端からそれを求めては不審過ぎる。


「とりあえず、先生の研究室に――っ」


 急に少女が足を止め、私の腕を引いて芝生に入る。何事かと身を固くした私に、耳打ちしてきた。


「頭を下げないと」


 とりあえずは、言われたままにした。誰かが石畳を歩いてくる音がする。視線の先を、皮を合わせて作った立派な靴が横切り、立ち止まることなく歩き去っていく。足音が去ってしばらくしてから、少女は顔を上げた。


「……何事だ」


 足音の方に視線を向けると、誰かが石畳の先に消えていく。私や少女の制服とは違う、鮮烈な赤色の服を身にまとっていたのが印象的だ。


「貴族出身の方は、私たちとは制服が違うんです。見かけたら道を譲らないといけないんです」


「そういうことか」


 石畳に近い芝生の部分だけ土が踏みしめられているのを見て、合点がいった。王室などという古めかしい遺物がいまだに幅を利かせている以上、貴族という特権階級もどの組織にも存在する。特に騎士や魔導師のような直接的な力は、貴族階級の特権といっても良いだろう。むしろ少女が貴族ではない平民出身であり、それでいて魔術学園で学んでいることに対し、私は驚きを得る。


「貴族の方々の寄付のおかげで、私たちも学費なしで学ぶことが出来るんです」


 そういえば実家のマギーリ家も、魔術の研究などに多額の出資を行っていた。それは必ずしも魔術の隆盛のためではなく、自らの権力を維持するための餌でもあったわけだが。

 実家といえば、私も元々は貴族としてはそれなりの家名を背負っていたわけではある。ただ、公的にはアンジェロ・マギーリは正方十字騎士団によって討滅させられているはずだ。つまり私は何者でもない『私』でしかない。

 それを悲しむことはなく、むしろそうでありたいというのが本音だった。堅苦しく黴臭い制度に縛られるなど御免だった。復讐を果たした後は貴族制や王制までを破壊し混乱させてやるのも面白いかもしれない。

 そんな暗い考えなど知らず、少女は朗らかな笑顔で腕を引いて歩き出す。

次回、5月29日に投稿予定です。

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