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それでも私は屈しない  作者: めるかでぃあ
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プロローグ2 変貌

 それはまるで、溺れる寸前で水面から顔を出すような感覚に似ていた。もっと直接的に言うならば、寝汗を飛ばして眠りから覚醒したときに近い。

 そう、それは唐突だった。アンジェロ・マギーリはあまりにも唐突な意識の覚醒を得た。

 生きているのか、という声は、掠れた呼吸音として放たれる。目の前には黒い土が広がっている。どうやらうつ伏せになっているようだが、体を起こすことはおろか、指先の一つも満足に動かせない状態だった。

 気力も体力もない。否、焼き尽くされた自分の身体が、どれほど『残っているか』すら怪しいところだ。

 不思議と痛みはなかった。神経すら焼き切られたのかもしれない。

 音も聞こえず、鼻もきかない。自分はただ生きているだけだ。

 あれだけの火炎に巻かれれば、普通の人間は死ぬ。人ならざる者の生命力が、かろうじて意識だけを現世に繋ぎ止めているだけだ。


 アンジェロの心には、空虚な穴が開いていた。もともとそこには、黒々とした憎悪が渦巻いていたはずの場所だ。


 魔術の一族として隆盛したマギーリ家の三男だった彼は、しかしその血筋に反し、劣等とあざけられていた。長兄、次兄はともに最上の魔術師として宮廷につかえる身となっていたのにたいし、アンジェロには彼らの半分に満たぬ魔力しか備わっていなかった。魔術一辺倒で生きていくことは、彼の兄と比べられるということにほかならず、彼の身に余る自尊心はその視線を受けることを良しとはしなかった。

 ゆえに彼は、魔術師ではなく貴族の子弟として聖騎士団に入営した。決して格別の才能があるわけではなかったが、人並の努力と訓練は、彼を一端の騎士としては上出来に仕立て上げた。師にも恵まれた。彼は、高名なる騎士団長の秘書として彼の技と術を間近に見る機会を得た。

 それ以上を望まないならば、彼の心は平穏でいることが出来ただろう。しかし、彼の尊大な心は、一兵士として生を終えることを望まなかった。さらなる高名を望み、師の魔術を真似、剣の訓練以上に魔術の修練に心血を注いだ。

 しかし、彼の魔力は彼自身をあざ笑うように、壁のような限界を見せつけるだけだった。魔術師としての基礎を学ばぬまま大きな術を学ぼうとした彼には、それを補うだけの力もなく、成功はなかった。彼がそうやって時間を浪費する間にも、同僚は出世していく。彼は徐々に周囲に取り残され、精神的な孤独の檻に自ら引きこもり始めた。


 そして、転機が訪れる。


 あまたの警備兵を蹴散らし、王国の繁栄を叩き潰さんと顕現した悪魔の討伐。そこに、アンジェロも参加した。彼の功名心に火をつけるには絶好の機会だったが、彼に命じられたのは本陣の警備だった。歯がゆい気持ちで前線に視線を注ぐ彼の眼が、二度の昼夜を確認したとき、本陣に伝令が走りこみ、一個大隊の精兵の壊滅と悪魔の討伐を告げた。

 本陣の騎士たちと共に悪魔の死を確認しに出向いたアンジェロが眼にしたのは、巨大な戦場の傷痕だった。大地は乾き、裂け、血塗られていた。目に見える様な濃い血の臭いの中心に、小山のような悪魔の死骸があった。幾多の矢と剣、そして魔術を受けながら、その身は原型を保っていた。巨大な山羊の角を持った頭は切り落とされ、蝙蝠のような翼には無数の傷が穿たれていた。皆がその周囲に群がり、剣を片手に悪魔が生きていないかを慎重に探る中、アンジェロは悪魔の指に、あの赤い指輪が嵌っているのを見た。

 気づいたとき、彼の手のひらには切り取られた太い指に嵌る指輪が転がっていた。彼は指を引き抜いて指輪を服に隠し、それを持ち帰り、その後騎士団を脱した。


 指輪をはめた彼は、生まれて初めて、自分の自尊心が満たされるのを感じた。驚異的な万能感を従えた強大な魔力が彼の身を包み、精神を支配した。もはや彼は、アンジェロではなく、指輪の僕たる悪魔へと変幻しようとしていた。始めのうちは見つからないようにと行っていた魔術の修練はすぐに巨大な破壊と殺戮を伴うものになり、騎士団の招集がかかるころには、彼の意識は増大した悪意と周囲への怒りを詰め込まれた自尊心に暴走を始めていた。


 あの、おいぼれさえいなければ。


 自分は魔術などに眼を向けず、騎士でいられた。力を手に入れ、誰からも畏れられる存在へと昇華できた。

 どれほどの時間が経っただろうか。互換を失い昼も夜も分からない中で、いつしかアンジェロは、自分の身体に熱が灯るのを感じた。熱は、痛みを伴っている。それはどうしようもなく彼の生存を自覚させた。生きているだけではなく、身体中にすこしずつ力が戻り始めている。

 指輪の力だ。あふれ出る魔力が、普通では死んでいるようなやけどを負ったアンジェロの身体を修復している。

 それが、再生でないことをアンジェロの魔術の知識は悟っていた。指輪は、より使用者を強大な姿へと、『悪魔』にふさわしい姿へと変えていくのだ。今も、彼の金色だった髪は夜の闇の色に染まり、長く伸びて鎧の吹き飛んだ背中を隠している。討伐された悪魔が頭の後ろをよぎる。あの醜くも力強い姿を、騎士たちは愚か者の末路とあざけっていた。

 自分もああなってしまうのだろうか。

 それでもいい、とアンジェロは吐き捨てた。

 あのおいぼれに復讐をできる機会があるのなら、どのような姿になろうと構いはしない。

 彼の身体が修復されるのに合わせて、歪みひねくれた憎悪もまた形を取り戻しつつあった。それどころか、彼の心は以前にもましてかつての師を憎んでいた。

 やがて、自分の荒い呼吸の音が聞こえ始めた。湿った土のにおいが鼻に届き始めた。力を籠めると、指先が拳を作った。

 土を掴んで、肘を杖にして上半身をあげた。夕暮れが彼の顔を照らし出した。


 生きている。


 言葉は掠れていた。喉が渇いている。魔術師として最低限の素質が、風に混じる魔力を読み、彼に近くに水があることを教えていた。重しをくくりつけられたような身体を両肘で引きずりながら、彼は泥土にまみれながら小さな池にたどり着く。

 鏡面のような池に指先を付けると、その冷たさに身が凍るが、喉はそのひやりと包み込む液体を求めていた。透明な滴を掬って唇を付ける。喉を通る冷水が背骨を伝って全身に行き渡っていく。

 さらに数杯を飲み下したアンジェロは、ようやく人心地を得た気になり、池のほとりに身を転がせた。黒い髪の一部が池に浮き、頭の重みが減る。

 生き残ってやったぞ、おいぼれめ。

 声はかすれ、音にもならない。見上げた空は、薄い闇の帳が広げられつつある。あまり長くいるわけにはいかない――夜には獲物に飢えた獣が出る。何とはなしに浮かび上がった常識を、アンジェロは鼻で笑い飛ばした。今の俺は、魔の力に満ちた悪魔だ。なぜ獣ごときを恐れるものか。

 ゆっくりと、彼は身を引き起こした。瀕死を超えた状態から、それがすんなりと出来るまでに彼は回復していた。そして彼は池のほとりに膝を立て、自らがどんなおぞましい悪鬼と化してしまったかを確認しようと池をのぞき込んだ。

 そこには、変わり果てた彼の姿があった。

 アンジェロの呼吸が止まる。空気の塊がのどに栓をしたように、息を吐くことも吸うこともままならず、陸揚げされた魚のように目を見開いて口を開閉させるだけだ。

 その変わり様は余りにも顕著で、残酷だった。

 刈り込んだ金髪は今やストレートの長い黒の髪に。

 頬骨が出て粗野な印象を持たせるネズミに似た顔つきが、一本の滑らかな曲線で描いたような卵形に。

 一回り小さくなった頭部を支える首は片手でも握りつぶせそうなほど細く、上半身は鎖骨が浮いて撫で肩になり、鎧の欠片を身にまとった二の腕は以前の半分ほどの質量しかない。

 脇の下から流線型を描くのは、胸筋ではない滑らかな半球。バラ色の唇と、同色の大きな瞳。

 池の中からアンジェロを見返すのは、十四五歳くらいの大理石のような肌をした少女だった。

 焼けた声帯が回復していないのか、声は上がらなかった。だが、もしも出来ていたなら、アンジェロは甲高い悲鳴を上げていただろう。

 震える手でのどぼとけを抑えるが、そこに突起はなく、滑らかな絹のような肌触りが直線の面となっている。


 身体が、こんな。


 どんなに喉を抑えても、声は出ず、えずき、空気を震わせるだけだ。


 まさか、あのおいぼれが。


 アンジェロにしては鋭い予想だった。彼は、自分が転移の魔術を編んだ直後に騎士団長から放たれた複雑な魔術をおもいだす。呪いに関しての専門の知識を持ったものならば、その術式が指輪の修復能力を誘導し無力な姿に変えてしまうものだと理解できただろうが、アンジェロにはそこまでの知識はなかった。

 だが、今の彼は自らの身を持ってして、老練な魔術師の力を思い知った。今の彼は、剣を振るう力すらない無力な少女だった。


 指輪は――。


 頼みの綱とばかりに縋りついた指輪は、冷たい光を宿している。しかし、そこには以前のような強大な魔の輝きが薄れている。おそらく、彼の身体の修復にかなりの力を使ってしまったのだろう。いつかは回復するかもしれないが、それまでの時間は、彼にとって永劫の苦しみを与えるだろうとアンジェロは予想する。

 剣も魔術も失った彼に残されたのは、憎悪と自尊心だけだ。しかし、それを押し殺してでも、どこかに隠れて回復を待たねばならない。まるで震える小動物のように――その想像は、かつてない屈辱をアンジェロに味あわせた。

 夜の色が、濃くなっている。どこかから、遠吠えがこだました。急に、身体が寒気を覚えだした。今までは嘲笑っていた獣が、何よりも恐ろしかった。出会おうものならば、たとえ腹をすかせた子犬一匹でも、彼の柔らかくなった脇腹を食いちぎることが出来るだろう。


 がさり。


 藪を漁る音。それは遠吠えよりも遥か近く、髪に隠れた耳の後ろから聞こえてくる。本能的な動作で振り返ると、そこに立っていた男と目が合った。


「おい、なにかいたか?」


 男は一人だけではなかった。もう一人、その背後から現れる。どちらも身長はかつてのアンジェロほどで、筋肉質の身体を粗野ななめし皮の鎧で覆っている。その見かけは騎士時代に何度か見た夜盗そのものだった。統率のとれた騎士団にとっては赤子同然の存在だが、今の彼に抵抗できるような相手ではない。夜盗の節くれだった指は腰の得物に掛けられていたが、アンジェロの姿を認めると柄から離れ、瞬く間に細い肩を掴んだ。


「こんなところに、こんな時刻に女が一人、しかも裸でいるとはな」


 振り払おうとした腕を逆に掴んで引かれ、思わずアンジェロの唇を無音の悲鳴が割った。


「動くな。腕をへし折るぞ」


 低い唸り声で言われ、力を籠められると、屈辱よりも恐怖が勝った。アンジェロの身は、金縛りにあったようにこわばって動けなくなった。冷えた首筋に、男の熱い息がかかる。


「お前、何者だ」


 罵声か、悲鳴か。とっさに声を上げるが、掠れた吐息が白く宙に浮くのみ。


「話せねぇのか。おい、こいつを見ろ」


 肩と腕を掴んだ男が、アンジェロの身体を強引に回し、もう一人の男に見せつける。手慣れた動作で掴まれた腕が捻られ、身動き一つできなくなる。は、ともう一人の男がアンジェロをみて笑う。


「こんなところに若い女だと? なんかの罠じゃないか」


 口では言いながらも、男はアンジェロに対して欠片の脅威も抱いていないとわかる笑みだ。アンジェロの心に、屈辱と羞恥心があふれ出た。彼が男として、騎士として過ごしてきた人生の中で、これほどまでに露骨な侮蔑を受けたことなどなかったからだ。

 目の前の男は、アンジェロを軽んじている。非力だと馬鹿にし、自分には逆らうことのできない劣等な生き物だと見下している。

 背後の男に動きを封じられながらも殺意を込めて男を睨み付けるが、その視線を押し返すように男は近づいてくる。顎先に太く肥えた指を付け、細い首の抵抗をものともせずにアンジェロの顔をあげさせた。


「娼館に売れば、結構いい値段になりそうだな」


「ソッチから逃げてきたクチかもしれねぇぞ」


 背後の男が言うと、目の前の男は締め付けられたアンジェロの上半身をじっくりと見回した。視線と夜風が肌を撫でる感覚に、初めてアンジェロは自分のローブと鎧が灰となり、殆ど全裸になっていることを意識する。意識してしまうと、柔肌を見つめられることに毛虫のはい回るような嫌悪感を覚えるが、少しでも身体を隠そうとすると捻られた腕がもげそうなほどの痛みが走る。


「勿体ないが、女は肉とおんなじだ。早く食わねぇと腐っちまう」


「俺たちが手を付けると、売るに売れなくなるぞ」


「構わねぇ。傷物でも元が上等なら買い手は付くし、どうせ拾いものだ、どうしようが損はしねえ」


「それもそうだな」


 アンジェロの頭上を飛び越えた会話で、彼の行く末が決められていた。しかも、それはどうあがいても良い方向に転がりはしない。


「じゃあ、とりあえず――やるか」


 何を、という疑問に対して、行動で答えがくる。

 視界が回転し、地面が眼前に迫る。体重がなくなったような感覚を得た直後に、全身を地面に叩きつけられた。腕を後ろに捻られた体勢では受け身も取れず、全身に痛みと熱が走る。歯を食いしばって必死の形相でもがくが、非力な細腕では男の手のひらを振りほどくことが出来ない。男の体重がかかり、肺を圧迫されると動くことすら辛くなった。

「おい、縄をかせ」

 アンジェロの両腕が男に捕らえられると、まるで家畜を捌く準備をするように、手早く手首に縄が巻きつけられる。手背同士をくっつける向きで拘束されて下半身を体重で押さえつけられたアンジェロが自由に動かせるのは指先しかない。それは、男を跳ね除けるにはあまりにも非力すぎた。

 音のない悲鳴を上げ、陸揚げされた魚のようにもがくと、もう一人の男がアンジェロの前に回り、腰から大ぶりのナイフを引き抜く。磨かれた鏡面に、恐怖に見開かれた赤い瞳が映る。


「おい、気を付けろよ」


「顔は傷つけねぇよ。痕が残らないように痛めつける方法なんていくらでもあるしな」


 男は慣れた手つきでアンジェロの柔らかい頬を撫でる。冷たい凶器の愛撫が通り過ぎるたびに、心臓の鼓動が早まる。それを悔しく思いながらも、彼には反撃できる武器も力もない。身を凍らせて抵抗をやめた彼を見て、気を緩めた男たちは言葉を交わす。


「ここでヤっちまうか。一発入れておけば、女は抵抗しなくなる」


「最近ご無沙汰だしな。肌の匂いだけで高ぶっちまう」


「よし、お前、そのまま地面に押さえつけろ」


 アンジェロの膝が後ろから押され、崩れるように彼は膝立ちをさせられた。背後の男に細い肩を両手で押さえつけられ、さらに正面の男の腕が伸びて、額を抑えられて顔を上げさせられる。正面に、男の腰があった。


「とりあえず、口でいいか」


 男が何をするつもりなのか――アンジェロに何をさせるつもりなのか、彼の頭は理解して、とてつもない恐怖に襲われた。それは、彼には、男には受け入れがたい行為の強制だ。

 大きな掌で額を掴まれ、顔をそむけることも、下げることも適わない。男がナイフをしまって自由になった片手でベルトに手をかけている。


「へっ、そんな急かさなくても、たっぷりとくれてやるよ」


 掠れた音で悲鳴を上げるアンジェロの上から男の声が降る。下卑た笑いと共に、ベルトを緩めてズボンの前を開く。むっとすえた臭いがアンジェロに押し寄せ、鼻孔を犯す。


「口を開け。歯ぁ立てんなよ……」


 やめろ、とアンジェロは全身で声にならない悲鳴を上げた。 


 瞬間、漆黒の稲妻の中に目の前の男が消えた。


 じゅっと、何かが燃え尽きる時の最後の音が、僅かに足首から先だけが残る男の残骸に零れ落ちる。


「え」


 相方の突然の消失に、もう一人の男が呆けた声を零す。アンジェロはとっさに指輪を見、そこに血の色の光が淡く戻っていることに気付く。元々に比べれば弱弱しい、今にも消えそうな光。だがそれでも、僅かな魔力は乾いた大地に水が染み込むような速度で彼の身体に吸収される。

 アンジェロは膝に力を入れると、呆気にとられて緩んだ両肩の拘束を払いのけ、男の前から飛び出した。


「こいつッ」


 相方の身に何が起きたかを理解するより早く、反射的に腰に手を伸ばし、長剣を引き抜く男。その瞳には、数瞬前まで浮かんでいた優越感はなく、目の前の存在に対する敵意と――恐怖がある。

 震えているのだ。切っ先が、腕が、膝が、男の全身が。アンジェロという存在に怯えている。

 対し、男の感情を奪い去ったかのように、アンジェロは心地よい自負に満たされつつあった。誰かよりも、圧倒的に強いということ。自分に向けられた恐怖が、なによりもそれを教えてくれる。

 先ほどまで、自分の生命を握っていた男。それが、今は子ウサギのように必死で自分に牙を剥いている。

 ゆっくりと息を吸い、吐いた。脳裏に浮かべるのは、黒い焔。それと同じものが腕に巻かれた縄に走り、灰にする。縛られていた手首が痛んだが、動かすのに支障はない。

 魔力に飢えた身体は、万全からはほど遠い。体力も回復していないし、少女の身体では腕力など望むべくもない。しかし、その状態ですら、眼前の小さな存在をひねりつぶす程度のとは出来る。


「う、おおぉぉっ!」


 恐怖を振りほどくように、男が剣を振り上げて走る。肉薄する剣にアンジェロは目を細め、腕を上げた。男の剣を避けつつ顔面を掴み、力を込める。指輪が歓喜するように赤い光を強めた。

 細い指に掴まれ小さな掌で押さえつけられた男の顔に、急激な変化が訪れる。頬から水気がなくなり、眼窩は窪み、毛が抜けて、一瞬で数十年の老化が訪れたかのように全身から力が抜けて崩れ落ちる。

 皮が渇き、肉が腐り、細い骨が砕け、頸椎から外れた頭蓋骨を少女の手の中に残して、男だったものが地面に散らばった。

 アンジェロは手に残った白い骨を投げ出し、はっと息を吐いた。男に対して行ったのは、通常の魔術ではなく、生命の根幹たるマナの強制的な抽出だ。かつて、多くの人間をこの方法で指輪の糧としてきた。その時は何ともなく、むしろ力が強まることの実感に満足していたアンジェロだが、今の彼は逆に力の行使によって体力を消耗していた。

 なんてことだ、という言葉は音にならない。今の彼では、復讐どころか、指輪の力で魔術を使うことですら身体に負担をかけてしまうのだ。

 まずはどこかでゆっくりと回復を待たなければならない。そう思いつつも、身体はすでに言うことを聞かず、枯葉のように軽くなった体重すら支えきれぬというように膝が折れる。立ち上がろうとするアンジェロの意思を無視して、少女の上体はゆっくりと黒い地面に倒れこんで動かなくなり、すぐに意識も闇の中に飲みこまれる。

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