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「恋人と一つになれる方法教えます」
こんな看板を出している怪しげな店があった。そこの店主はまた怪しげな格好で、まん丸メガネにYシャツズボン。大正昭和の中学生みたいな服装の上に、江戸時代から持ってきたかのような薄紅色の羽織を着ている。
男は店の奥で一日中胡座をかいていた。
「客来ねぇなぁ」
この店はなんと店名まで怪しさ満点だった『まじない百貨店』老若男女問わず誰も来ない。その上、店主は一年の大半を旅に生きていた。
ところがその日はなんという神の悪戯か、若いカップルが二人訪れたのだ。
「へー、外も怪しかったけど中もなかなかだな」
「お客さんかい?」
「おっ!店員も怪しいな!」
「冷やかしなら帰っとくれ」
店主は接客もまともにしなかった。だから余計客が寄り付かない。
「ねぇねぇ~『恋人と一つになれる方法』ってゆーの教えて欲しいんだー」
「あああれね。二万円だよ」
怪しい上に高い。訪問販売じゃないだけマシだろう。
「たけーよ!」
「いやいやお客さん。“たったの”二万円でこれ以上無いくらいの幸せが感じられるんですよ?あなたはこの先何千万か下手すりゃ一億は稼ぐんですよ?こんな二万円ぽっちでなぁに悩んでるんですかぁ。買わなきゃ損々。愛する者と永遠に一つに…僕なら黙って二万円払いますね」
店主は口だけはうまかった。
「そっか、じゃあ買おっかなぁ…」
「え?なんか騙されてるんじゃない?え?え?」
「大丈夫大丈夫。モノは本物よ」
と言って、店主は店の奥からいかにも怪しげな古びた本を持ってきた。これは店主が雰囲気出そうとして新しい本をワザと汚したものである。
「うわなんか怪しい」
「まあまあ、何も起きなかったら金返すから」
店主にはそう言い切れるだけの自信があった。それはつまり、本物だということだ。
「ふーん。じゃあ買うわ」
「毎度。あぁ、用法用量はお守りくださーい」
カップルが去った後、店主は一人呟いた。
「値上げすっかなぁ」
古びた風の本にはこう書いてある。
『他者との意識をリンクさせる呪法』
午前2時くらいにコップ(不透明なもの)に水を入れる
次にお互いの髪の毛を抜く(五本ずつ)←これ重要
次に爪を切る(全部の指。足も)
次にそれらを火で炙る。臭くても窓は開けないこと(効果が薄れてしまうため)
しっかりと焦がしたらそれらをすり鉢などで細かくすりつぶすこと。
十分に細かくなったらコップの水にいれる。(ただしまだ混ぜない)
次に互いの血を入れる(三滴くらいずつ)
最後にこれをよくかき混ぜて飲む(きっかり半分ずつ)←これ重要
これでリンクできます。もしもリンクを切りたい場合は裏に書いてあるので、これも用法用量を守っておこなってください。
午前2時
「じゃ、やってみようぜ」
「水汲んだよ」
「髪抜くぞ」
「いったぁ!抜きすぎ!」
「ごめん十二本抜けちゃった」
「もう!私もそれくらい抜くからね」
「いいよ」
「あ、ぴったり十二本だ。すごい偶然」
「爪切るぞ」
「やっぱり切らなきゃダメ?」
「そう書いてるし、どうせすぐ生えてくるだろ」
「うん」
「全部切ったぞ」
「私も」
「焼くか」
「私すり鉢持ってくるね」
「うわぁくっせぇ!」
「ほんとだなにこの臭い?やば」
「はぁ…全部焼けたぞ」
「じゃあすりつぶすね」
「よし、水に入れよう」
「まだ混ぜちゃだめだよ」
「分かってるよ」
「じゃあ血だね」
「こえぇ。うおぉいってぇ!あ、血結構たくさん入っちゃった」
「もう、失敗したらどうするの…痛!あ、あれ?今ナイフが勝手に?」
「なに言ってんだよ。ほら、飲むぞ」
「きっかり半分ずつだからね」
「おう…お?丁度半分じゃね?」
「あ、ホントだすごーい」
「で、なんか変わった?」
「よくわかんない。とりあえず寝よ?私もう眠い」
「そっか、おやすみ」
「おやすみ」
まず、男が目を覚ました。
「あれ、なんか目おかしいな」
男の目には、まるで靄がかかったかのように、景色がぼんやりと暗く見えていた。
「おい、起きろ」
「ん?ふわぁ…おはよー」
「な、お前なんか変わった感じしないか?」
「なにもないよ?」
「そ、そうか」
「あ、でも目閉じれない」
「え?」
目を閉じた感覚はあっても、まだ見えていた。彼らは互いに向き直る。
「あれ?まばたきすると私の顔が見える」
「え?俺は俺の顔が見える」
二人は目を閉じた。
「あ、真っ暗になった」
「今目閉じてる?」
「うん」
「これって、目閉じるとお前の見てるものが見えるってことかな?」
「目開けてみてよ…あ、ほんとだ。目閉じてる私の顔が見える。っておい、どこ見てんだよ」
少し服が乱れていた。いろいろ見えていた。
「ご、ごめん」
男がベッドの縁に手をかける。
「え?今、触っていないのに堅いものが手に…」
「すげぇ!これがリンクしてるってことなんじゃね?」
「そうかも!すごーい!ツッタカターで拡散しよ?」
「そうだな!しようぜ」
「あ、この本どうする?」
「捨てちゃおうぜ」
「「いったぁ!」」
男が片付けていなかったナイフを踏んだ。右足の裏に傷ができた。すると女の足にも、寸分違わぬ傷ができた。
彼らはリンクした。互いに見たもの、触れたもの、匂いも味もなにもかもを共有できた。それは、自分の身体を覆うように、もう一つ身体ができたようだった。
初めは共有できる喜びを噛み締め、楽しんだが、一月もすると耐えられなくなった。当然といえば当然だった。常に、二人分の感覚が押し寄せてくるのだ。一人分の脳では限界があった。
本来、怪しい店主の通りにしておけば、もっとずっと小さい共有となり、脳への負担も少なかっただろう。慣れてしまうものもいるかもしれない。
ともかく、彼らは精神に異常をきたした。
「耳を塞いでも音が消えない」
「目を閉じても光が見える」
「もうやめてくれ」
「お願いだからもうやめて」
最初に限界がきたのは女の方だった。彼女は押し寄せる感覚の海をもがきもがき、消えぬ痛みに耐えかねて死んだ。
女が死んだ瞬間、男の感覚はピタリと元通りになった。嵐が去っていくようだった。
「なんだ、死ぬときは一緒じゃないのか」
葬式があった。皆泣いていた。すすり泣く声はいくつもあったが、耳が捉えるのは一人分の声。急に無くなってしまった波を、男は懐かしんだ。
火葬。彼女を入れた棺が燃えていく。彼女の体が燃える。その瞬間、男にも火が燃え移った。なにもないところから、リンクしている彼女を通って火がやってきた。
しばらくして、店主が店へ帰ってきた。商品には厚く埃が被っている。新聞も貯まっていた。その中に、目を引く記事があった。
『何もないところから火が!火葬場で男が炎上 彼女の呪いか』
「なんだこりゃ」
そこで店主はハッとする。
「まさか…あの時のカップルか!?」
急いで店主は『恋人と一つになれる方法教えます』の看板を外す。変な噂が立つと困るからだ。
「はぁ…まったく、厄まで移ってんじゃねぇか。どんだけ血入れたんだ。髪は十本は入れたな。はぁ…用法用量お守りくださいなんて今どき薬の瓶にも書いてあるじゃねぇかよ。なんで守れねぇかなぁ…」
店主は頭を抱えた。
「次の宣伝文句考えにゃあな…」
呪術とかそれっぽく適当に考えたから試してもムダよ