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作者: 井上蛙

 ぼくは、彼女と手をつなぎながら、上野の不忍池の周りを歩いていた。

 蓮の葉で満たされている池の、少し潤った地面の音を体で感じながら、胸中にそれが伝わっているのがわかった。


 暫く歩くと、池の周りをもう回り終えていたことに気付いた。

 濡れていた心臓の音はすっかりと乾いてしまっていた。

「あれ」

 彼女が人差し指を向けた方へ目をやると、池の丁度正面階段を上った、さらに上の斜面に、月の松、という枝がまあるくなっている松が一つあった。

 また、清水観音堂という寺から、それが覗けるらしいというので、その月の方角へ足を延ばした。


 場所に着くや、堂の舞台から、月の松を覗く。

「あれ」

 彼女が人差し指を向けた方へ目をやると、丸い額縁の中には、只の朱色の建築が見えた。

 夜になることを期待して、この松の中から月が鑑賞できたらなんと芸術的だろうかと思った。が、眼の奥のほうには蓮華が広がって、それがじんわりと目に浸透するのみであった。

 近くの観光客用のベンチに座り、少し目を瞑りながら、それが夜の霞に消えてゆくのを待った。



 原宿駅を降りると、多くの人がいて、地面がオシャレな色で埋め尽くされていた。

 まるで、原宿という生物みたいだった。

 伊達メガネをかけている人もたくさんいて、月のウサギでも見に行くかのようだった。


 暫く原宿を散策して、秋がきていたことがわかった。

 街に揉まれた足の裏が、一日の終りを告げようとしているのを察した。

 ぼくたちは、つないでいた手を、すっかり離していた。


 街の路地に入ると、誰も居ず、静けさなども相俟って、月の裏側に来ているかのように感じた。

 また、道に、何かに似ているベンチがあったので、

「座る?」

「うん」

 と言いながら、その何かに座った。

 座ると同時に、目を閉じ、乾ききった心に水滴をたらすように、今日のことを思い出していた。



 瞬間、硝子のように繊細な白赤蓮華が、ぼくたちの空間を一瞬にして取り囲んだ。



 目を開けると、やっぱりそこは、静かで狭隘な裏路地に戻っていた。

 月にも表裏がある、と気づくと、途端にさっきの風景が可笑しくなった。

 芸術って、変だ。

 ぼくは、

「変だったよ」

 と彼女に言うと、

「でも、不忍池も変だったよ」と笑って言った。

「月の中に、月が見えないのは確かに変だ」

 彼女は、「でしょ」と言った。

 ベンチに座りながら、すっかり話していた、ぼくの左手と彼女の右手が、自然とつながれたときには、原宿の白い夜に、丸い月が昇っていた。

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