―適正試験―
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「それでは3番目に試験を開始します。残りの候補生22名は部屋の中へ入って下さい」
そこには鉄の匂いが充満していた。鏡のように磨き上げられた大理石の白い部屋は、赤く染まっている。その色は壁自体の色では無く、その部屋に転がる10体の骸の血液を映し出しているに過ぎない。
全ての死体が脳、あるいは心臓を撃ち抜かれており、夥しい量の血液が意思を持つ生き物のようにその面積を広げていく。
死体1体につき、1発ずつ弾丸を打ち込まれていた。部屋には他に弾は転がっていない。残り22名の候補生と呼ばれる男達は戦慄する。
試験官である少女が言った通りの弾数で、全ての男達が殺されているのだ、無理もないだろう。
「では、これより試験を開始いたします。説明した通り、私の初撃を避ければ合格です。私は1人に対し、1度しか攻撃いたしません。そして、私1人に対して残り22名の受験生全員でかかってきて下さい」
少女の黒いコートが翻り、やや幅広の袖口から鋭い光沢を放つモノが飛び出してくる。美しく翳りの無い銀色の爪だ。
少女の細腕には到底釣り合わない大きな銀爪で、先が鋭くナイフを5本並べたかのような造りになっている。
「では、始めましょうか」
爪が動く。力強い踏み込みで少女の体が数歩で2m離れている場所へ一気に飛び込む。完全に不意を突かれた男の一人が少女の爪を押さえ込もうと、手を伸ばす。
しかし、反応速度が明らかに遅い。
一瞬にして、少女の銀爪が男の体を貫き、引き裂いた。腹の辺りに突き刺さった銀爪は男の消化器官を突き破り、そのまま背中から飛び出す。胃が破れたことによって、消化中だった食物がタラリと傷口から染み出して特異臭が漂ってきた。血の池と化している床に倒れた男の体がバシャン、と派手な音を立てる。
あまりに綺麗に爪が体に突き刺さった為か、少女には返り血等が見られず、銀爪に付着した人間の温かい血が少女の冷たく青白い肌を引き立てていた。
「残り21名」
少女のその言葉を合図に、残りの男達が一斉に戦闘態勢に入る。
それから数十分後に渡り、一方的な攻撃が続いた。
圧倒的な身体能力を誇る少女、いや怪物とでも表現すべきソレが男達を蹂躙していく。ゆっくり、確実に、銀爪を振るっていった。
血の海はどんどん濃くなり、最後の1人になった、真っ黒い髪にスーツ姿の若い男は、ガタガタと震えながら少女から距離を取ろうと後ろに後ずさる。
その隙を逃さず少女が踏み込んでくる。ギョッとした顔の男はそのまま間合いに踏み込んできた少女から最後まで逃げようと、後ろに足を動かす。
少女の爪が鮮紅を描き男の頭部を捉えようとした瞬間。
男の姿が少女の視界から外れた。
「?!」
一瞬動揺した表情を顔に貼り付けた少女の細腕が空を斬る。
男の姿を探し、捕捉する。血の海に浮かぶ骸の1つに引っ掛かり、死体の山に覆いかぶさるように倒れこんでいた。
少女は血の海に浸った足を動かしザブザブと血水に逆らって歩いていく。部屋の扉の前にあるスイッチを押して、腕に装着していた銀爪を外す。
「正直、貴方が生き残るとは思いませんでしたが・・・運も実力の内、ということでしょうか」
試験官である少女は溜息を吐き、男を見た。暗く沈んだ紅い瞳の下の濃いくまが男の目を釘付けにする。
男は自分の体の震えを無理矢理押さえつけて、正気を保つ為に大声を出す。
「な、何故こんな、人を大勢殺すようなマネをした!?俺達が何かしたか、答えろ!!」
「んー?何も分からずに候補者試験に立候補した訳?」
少女の背後のドアが開き、血が外に流れ出していくのと同時に、人影が部屋に入ってくる。
少女とは対照的な、黒い短髪に、少女と同じ型の白いコートを身に纏った少年だった。
「それとも何も聞かされて無かったのか?だとしたら、困ったな。今度からキチンと説明してから受けさせるように忠告しておかねぇと」
さて、と少年は男の脅えきった顔に自分の顔を近づけ言った。
「着いてこいよ、知りたいんだろ?」
それから背を向け、少女と共に部屋を出る間際。憐れんだ様子で男に言葉をかけた。
「暗くて汚ねぇ、闇の世界へようこそ。お前もどす黒く染まるのかねぇ、新入り」