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第四話 消えた、ログアウトボタン

 誘いを断り切れなかった僕は、結局、男とPTを組むことになった。

 彼――PTを結成するときに、シオンと名乗った――にはもう一人プリーストの仲間が居るそうで、ウィンドウの操作を済ませた僕たちはその場でその到着を待つ。


「遅いな……」


 そうつぶやきながら、カツカツとシオンが足で調子をとること二十回ほど。通りの向こう側から軽快な足音が聞こえてきた。振り向けば、栗色の髪をなびかせながら小柄な少女がこちらへと向かってくる。琥珀色の大きな瞳が特徴的で、やや垂れ目がちな瞼がその愛らしさを一層際立てていた。小柄ながら胸元は毬のようにこんもりと膨らんでいて、地面に足がつくたびに大きく揺れている。リアルならちょっとしたアイドル並みの容姿だ。


「すみません、遅れました!」


 彼女は僕たちの前で立ち止まると、ちょこんとお辞儀をした。シオンがやれやれとばかりに手を上げる。どうやら、この子が待ち人だったらしい。ゲームの中とはいえ、こんな美少女と待ち合わせができるとは。ちょっとばかり――いや、かなりシオンがうらやましい。


「何やってたんだ? 十分ぐらい遅れてるぞ」


「すみません、ちょっとログイン作業に手間取っちゃって。……えっと、そちらの方は?」


「さっきここであったシュートってサムライさ。ローグの奴が都合悪いらしいから、PTに入れたんだよ。二人だと火力足りねーし」


 僕が軽く会釈をすると、少女は白い歯を見せてニッとはにかんだ。僕の心臓がドンっと跳ねる。まったく、美少女の笑顔とはなんて破壊力なんだろう。


「私はサクラです、今日はよろしく!」


「ど、どうも初めまして! 僕はシュートです、今日はよろしく」


「はい、こちらこそ。さてと、さっそくですけど狩り場へ行きますか? すぐに混んできちゃいますし」


「そうだな、すぐ行くか。シュート、お前も準備は良いか?」


「は、はい。大丈夫」


「おいおい、そんなに緊張しなくても大丈夫だって」


 どうにもぎこちない僕の様子を見ながら、あははと笑う二人。彼らはそうしてひとしきり笑うと、さっそく出かけとする。二人は腰に下げている武器の位置を、動きやすいようにガチャガチャと調整し始めた。やがて準備万端とばかりに歩き始めた二人に、俺は慌てて質問をする。


「あの……狩り場ってどこです?」


「西の草原の奥、森との境界のあたりですよ」


「森からたまにはぐれゴブリンが出てきてな。それが結構うまいんだ」


「なるほど」


 特殊な狩り場とかでなくて良かった。まだ初心者でプレイヤースキルにそこまで自信のない僕は、ほっとしたようにうんうんと頷く。人と組んでおいて迷惑をかけるなんて、とてもできないから。僕は腰に提げた刀の位置を調整すると、一足先に歩きだしたシオンとサクラの後を追って軽く走り始めた。


 街と外の世界とを隔てる大きな門。高さ5メートルはあろうかというその威容を潜り抜けると、そこは一面に広がる緑の海だった。深緑の柔らかな草が風にそよぎ、そよりそよりと波打っている。緑の上にはどこまでも澄み渡る青い空が広がり、空と陸の境界線がはっきりと見て取れた。なだらかな緑の丘が連綿と連なり、その丘の上を時折人影が走り抜けていく。


 プレイヤーと思しき人間たちは、皆、青色の豚のようなモンスターを追いかけていた。目を凝らしてみると、モンスターの上に出ているネームを何とか読むことができる。青色の豚は『リトルボア』というモンスターの様だ。序盤の雑魚モンスターらしく、プレイヤーたちによってフィールドに現れるたびに次々と倒されている。


 そんなプレイヤーたちを横目に、シオンたちはずんずんと草原の奥へ進んでいった。やがて地平線の先に黒々とした森が見えてくる。序盤らしからぬ、怪しげな雰囲気の森だ。生えている木々は全て見上げるような大木で、魔女でも住んでいそうな気配がある。


「ラッキー、さっそく居るぞ」


 草原が森に飲み込まれそうになったあたりで、先頭を歩いていたシオンが声を上げた。彼の方へ急ぎ駆け寄ってみると、15メートルほど離れた位置に人型の魔物がいるのが見える。周囲の草に溶け込むような緑色の肌をした魔物で、腰には獣の皮を巻き、手には大ぶりの棍棒を持っている。その顔は人間と言うよりも、さながら鬼のようだった。口が耳のあたりまで裂けていて、白い歯が輝いている。


「あれが……ゴブリン?」


「はい」


「ずいぶんと、強そうだね」


「見た目はそうですね。でも実際は結構鈍いので倒すのは楽ですよ」


「そうなの?」


「棍棒にだけ気をつけてれば、まあ大丈夫です」


 僕たちは背の高い草に紛れるようにして、ゆっくりとゴブリンとの距離を詰めていく。息を殺しながら、できるだけ足音を立てないように慎重に慎重に足を踏み下ろす。幸い、ゴブリンはそれほど鋭敏な感覚を持っているようではなかった。加えて、この草原には先ほど見たリトルボアを始めとして様々な生物が生息している。そう易々とは見つからないだろう。


「ストップ」


 先頭のシオンがすっと手を伸ばし、後ろに続く僕とサクラの動きを制した。彼は腰の剣に手を伸ばすと、俺たちの方を一瞥する。


「まずは俺が。シュートは合図をしたら来てくれ。サクラは後で回復を頼む」


「了解です」


「わかりました」


 シオンの身体が草原を滑る。彼は瞬く間にゴブリンの前へ姿を現すと、剣を一気に抜き放った。赤茶けた銅の刃が緑の身体を袈裟に裂き、青白い光のエフェクトが舞う。ゴブリンの頭の上ににわかにステータスバーが現れ、HP量を示す緑のバーがガクッと減った。今の一撃で三割は削っただろうか。


「シュート!」


「ま、任せて!」


 姿勢を低くしながら、足に力を込めて一気に駆けだす。背の高い草むらを一瞬で突っ切ると、腰の刀を一気に抜き放った。スルスルッと鉛色の刃が呆気ないほど簡単に抜ける。身体の動きに大きな補正でもかかっているのだろうか。全身の筋肉が驚くほど緻密に動き、刃が僅かなぶれ一つなく宙を滑る。


「せやァ!」


<居合切り・発動>


 ライトブルーの文字が弾けると同時に、刀身が淡い光を帯びた。白い切っ先がゴブリンの横っ腹を上から下へと斬り上げていき、先ほどよりもさらに多くの光が溢れ出る。HPバーの緑が急速に短くなり、やがて黄色へと変わった。残り三割ほどだ。


「ギギャア!!」


 響く咆哮。

 ターゲットが、シオンから僕へと変わった。ごつごつとした大ぶりの棍棒を振り上げると、ゴブリンは僕の方をめがけて突進してくる。僕はとっさに横に跳び、その一撃をぎりぎりのところで回避した。脇腹をえぐるようにして落ちて行った棍棒は、ドンッという衝撃音とともに柔らかな大地へとめり込む。こりゃ、当たってたらヤバかったな……。掠めただけにもかかわらず、HPバーが結構減っていた。


「よそ見してんじゃねえ!!」


 お留守になっていたゴブリンの背中を、シオンの剣が引き裂いた。どうやら背中側は弱点だったようで、白い光が大量にあふれ出る。HPバーが一気に短くなり、赤くなった。やがてその赤も消えていき、ステータスバー自体が割れて、ゴブリンの身体が消失していく。


 こうしてゴブリンの身体がすっかり消えてしまうと、僕たちの前にウィンドウが現れた。そこにはこの戦闘で獲得した経験値やお金、さらにはドロップアイテムと思しき『獣の腰巻』の文字が表示されていた。


「お疲れ! 初めてにしちゃ上手いじゃないか。いきなりスキルを出すなんて」


「あんなのまぐれだよ。それより……ちょっと敵が強くないかな?」


 初めての戦闘だというのに、僕は結構疲れてしまっていた。おそらく、緊張して身体の余計な部分に力が入りすぎていたに違いない。そのせいで激しくカロリーを消費したのだ。それに加えて、精神的な疲れもかなりある。


「本当は、適正レベル5以上ですからね」


 後方で僕たちの様子をうかがっていたサクラが、いつの間にかすぐ目の前に居た。彼女は腰に刺さっていたタクトのような棒を振るうと、ヒールとつぶやく。たちまち僕たちのHPが回復し、身体を心地よい暖かさが包む。


「レベル5以上ってことは、レベル5になれば楽に勝てるの?」


「まあそうですね。レベルが上がるとほんとに違いますから」


「なら、レベル上げをしっかりやらないと……ソロはきつそうだね」


「シュートさんはソロ志望なんですか?」


 サクラがきょとんとした顔でつぶやいた。そんなに……驚くほどのことかな?


「そ、そうだけど……何か?」


「いえ、ソロの人は珍しかったのでつい。βの時もみんなPTを組んでたので」


 ……ソロプレイヤーって、存在が珍しいレベルで少ないのか。僕はちょっとショックを受けつつも、気を取り直して狩りに没頭した。明日からはソロプレイなのだ。今の内にできるだけレベルを上げておかないと、後々きついことになる。


 こうして僕たちは、その後も時々休憩をはさみながら日が暮れるまでゴブリン狩りを続けた。そしていよいよ日も暮れてあたりが薄暗くなった午後六時半過ぎ。レベルを3まで上げることができた僕たちは、夕食をとるため一旦落ちるログアウトすることにした。しかしその時――。


「ボタン……なくないか?」


 ウィンドウを見つめて、茫然とした顔でつぶやくシオン。サクラや僕も慌ててウィンドウに視線を走らせるが――ない。画面の一番下に大きく表示されているはずのログアウトボタンが、どこにも見当たらなかった。

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