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プロローグ 心を閉ざした夏

Caelestis Onlineの改訂版です。

基本的に話の骨格は同じですが、細かい部分が変わっています。

※今回はグロ描写ありです、苦手な方はご注意ください。

 時に、西暦二○三三年――。

 気温が三十五度を軽く超える、七月十九日の昼下がり。北関東の山間を三両編成の鈍行列車がゆっくりと走っていた。乗客はわずかに二人。一人は小学校高学年から、中学校に掛けてといった年頃の少女。もう一人はいまだ幼い小学校低学年ほどに見える少年。七人掛けの座席の中央付近に並んで座る二人は、仲の良い兄弟のようだった。


「二人とも、元気してるかなー?」


「もちろんよ。それよりさ、向こうに着いたら何する? 遊園地とかレストランとかいっぱいあるみたいよ」


 少女が手にする薄型のリーダー端末には『ようこそ遠山市へ』と表示されていた。蛍光色を基調とした色鮮やかな画面には、夏休みに行きたい遊園地特集などと言った文字が躍っている。


「うーん、暑いから僕はゲームでもしたいな……」


「なにそれ、家に居るのと変わんないじゃない」


「違うよ! 父さんと対戦ゲームやるんだ!」


 そういって少年が取りだしたのは、最新の携帯型ゲーム機だった。彼の手のひらから少しはみ出すぐらいの大きさで、空間ディスプレイを使うタイプの物である。電源を入れるや否や筋骨隆々とした男の姿が車内に投影され、『トレインファイターⅡ』とタイトルが表示される。


「……わかったわよ。母さんは、私に付き合ってもらうからね」


「はーい!」


 少年は元気よく返事をすると、ゲーム機の電源を切りポケットに押し込んだ。彼はくるりと反対側を向くと、座席に登って車窓を覗き込む。すると連なる山々の奥に、白っぽい都市の姿が見えてきた。緑の山肌を切り裂くように、鋭利な形をした高層ビルが無数に聳えている。やがて列車が山を登り始めると、ビルの根元に広がる市街地もはっきりと見えてきた。山間部に位置する広い盆地を覆い尽くすように、街が円形に展開している。


「あ、電話」


 手に伝わる振動。少女は画面をタッチすると、端末の画面を書籍閲覧から通話へと切り替えた。そして受話器のマークを押すと、途端に端末から回線の向こうから甲高い声が響いてくる。


『私よ。楓、いまどこに居るの?』


「母さん? えっと、電車に乗ってるわ。いま街が見えてきたとこ」


『わかったわ。それなら次の駅で降りて、隼を連れて反対方面に行く電車に乗りなさい。もし電車がしばらく来ないようだったら、駅前でタクシーでも拾うといいわ。お金なら渡してあるカードを使えばいいから。とにかく、一分でも早く街から逃げて!』


「なんで!? どういうこと?」


『説明してる時間はないの。なんでもいいから早く――』


 通話はそこで途切れた。ツーツーと無機質な機械音だけが響く。楓は茫然とした顔で端末の電源を切ると、こちらを覗き込んでいる隼の方へと振り返った。


「何の電話だった?」


「……母さんが、今すぐ帰れって」


「はあ!? どうして!」


「そんなことわかんないわよ! とにかく、帰らないと」


 楓は隼の手をつかみ、自動ドアの方へ移動しようとした。しかし彼は頑として動こうとしない。それどころか鋭い眼差しで少女の方を睨み返した。


「やだ! 僕は父さんと母さんに会うんだ!」


「駄目! 降りるよ!」


「なんでだよ! 父さんも母さんも、いつもこうやって会ってくれないじゃないか! そんなのおかしいよ!」


「そんなこと言ったって――」


 太陽が爆発したような強烈極まりない光。

 車窓から容赦なく降り注いだその輝きに、二人の視界がたちまち白に染まった。瞬間的に視力を奪われた彼らは、満足な悲鳴を上げることすらできない。喉の奥からくぐもった音を発するのが精いっぱいだった。


 激震。大地を衝撃が迸り、鉄路が波打った。走行中の列車はなすすべもなく脱線し、ゆっくりと横転していく。反転する天地。車内にいる隼と楓は、揃っていまや地面となった窓に叩きつけられた。幸い、列車に用いられている特殊強化ガラスは割れていなかったため、ガラス片が二人の身体に刺さると言うことはない。しかし、身体を激しく叩きつけられた彼らは肩を押さえながら呻き声を上げる。


「姉ちゃん、大丈夫?」


 二人が持ってきていた旅行カバンの中身が、そこら中にばらまかれていた。それを踏まないように注意しながら、隼は楓の方へ這い寄っていく。するとその時、倒れ伏していた楓がゆっくりと起き上がった。


「ねえ……ちゃん?」


 濃いブラウンをしているはずの楓の瞳が、深紅に染まっていた。眼の焦点はあっておらず、視線はどこか宙をさまよっている。形の良い口は半開きになり、唇の端からはよだれが垂れていた。彼女は長い髪と肩をゆらゆらと揺らしながら、夢遊病者のように隼の方へと迫る。


「何、何だよ姉ちゃん……」


「ああ……ああ……」


「何か言ってよ! そんなんじゃわかんないよ! ……うあッ!」


 楓の身体が隼を押し倒した。彼女はそのまま隼に馬乗りとなり、半開きとなっていた口をさらに大きく開いていく。隼の背中を走り抜ける戦慄。彼は本能の赴くまま、手足をばたつかせてどうにか楓から逃れようとした。だが、楓の身体は隼より一回り以上大きく、力も強い。細いはずの楓の腕は、さながら鋼鉄でできているかのように隼が暴れても全く離れようとはしない。


「ヤダ! ヤダヤダヤダ!! うあああああッ!!!!」


 楓の歯が、容赦なく隼の肩に突き立てられた。肉を食い破られる形容しがたい感覚。焼けつく痛みの中に途方もない異物感があった。神経が昂り、心が真っ白となった隼は絶叫を響かせながら楓の頭を殴る。しかし楓はそのくらいのことでは噛みついた肩からは離れようとはせず、むしろ頭が揺さぶられた分だけ歯が深く肉に食い込んだ。


「あああァ!! ぬぐあああァ!!!!」


 楓の口から血が溢れ出す。ぬるい感触が皮膚を伝い、喉元にまで達した。自分の身体から血液――今の彼には、それが生命そのもののように思えた――が流れ出していくのを見ていられなくなった隼は、溺れる人間が必死に水面に顔を出そうとするように、自分の身体から眼を逸らそうとする。


 するとその時、彼の眼に武器の姿が飛び込んできた。

 夏休みの宿題用にと持ちこんでいた、工作用の鋏。その刃が薄暗い車内の中で、白い輝きを放っている。それに向かって隼が手を伸ばすと――ギリギリだが届いた。彼はプラスチックの持ち手を逆手に握ると、目の前に居る『姉だった何か』に狙いを定める。


 心が震えた。

 指先が痙攣して、鋏を取り落としそうになる。しかし、目の前に迫る生命の危機と自身の血肉を啜る存在への恐怖感が幼い彼の背中を押した。今まで姉と二人で過ごしてきた思い出が、脳内で光の結晶となって砕け散る。もう、美しい過去へは戻れない。溢れ出す涙とともに、隼は鋏を一気に振り抜く。


「ウグゴあああああああああア!!!!!!!!!!!!」


 少年の絶叫が、仄暗い車内に轟いた――。






『第二十三次報告書       記載日時:ニ○三三年七月二十四日


 第一次プラン失敗に伴うエネルギー放出事故により、遠山新都心を中心に半径百km圏内でアストラル体の破壊、およびα変換が発生。周辺住民約二百七十万人がショック死、α変換に伴う凶暴化によりさらに四万人が死亡。β変換を起こした生存者は二十二名、内訳は二十歳以上の者が一名、二十~十八歳の者が三名、十八~十六歳の者が五名、十六~十四歳の者が零名、十四歳以下の者が十三名。ビッカース理論で推測された通り、十八歳以下の子どもが高いアストラル耐性を示している。

 第一次プランに参加した試験体はNo.01のみが生存、および第四段階への到達を確認。柩の発掘に目途が立ち次第、第二次プランへの移行は可能である。なお、前述した生存者は有益な研究素体となりうるため要監視人物に指定。第二次プラン発動時までの経過観察を行うものとする。

                                           以上』


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