卒業式前夜
いよいよ、明日は大学の卒業式だ。そして来年度からは私ははれて社会人となる。そんな事を考えるとふと、顔がほころんでしまった。
私はどうやら、悲しいとかいう気持ちとは無縁なのかもしれない。明日卒業式で、皆とは離れ離れになってしまうかもしれないのに、悲しいという気持ちよりワクワク感が私の胸のうちを占めている。
私はベッドに目を瞑りながら横になっていたがふと目を開き、ベッドに腰掛けた。
「だれだぁ?」
携帯のバイブ音が私を呼んでいたのだった。私のこの素晴らしいワクワク感を妨害するのは何奴だ。
携帯のディスプレイに表示されている名前を見る。
「○○……」
そいつは何時からか私と一緒にいた奴だ。いつもそいつと私はつるみ今までやってきた。小学校、中学校、高校そして大学。
こんなにも永らく一緒にいて、お互いに彼氏がいないものだから。皆によくからかわれたりしたものだ。
「ふふふ、あいつ。今泣いてるんじゃないか?」
私は泣いているそいつを思い浮かべて笑い声が私の口から漏れる。あいつの泣き顔、なんてものは小学生の頃はよく見ていたものだ。
あいつは何故かいつもいじめられてて、私が仲裁に入っていたっけ。今思えばそれは嫉妬から来たものかもしれないな。とでも思う。あいつは結構男勝りな性格だが、そんな性格もあいまってか同性の私から見てもかなり可愛いといえる。
「しょうがない。メールを返しておいてやるか」
『いま、泣いているのか? しょうがない奴だな』
送信っと。
すると、すぐに携帯がまた電子音を鳴らす。
「早い返信だな」
『泣いてないよ! △△こそ泣いてるだろ!』
また、小学生みたいな内容だな。そんな事言ったら泣いてますって公言しているようなものだろう。
私はふと、将来悪徳な業者にだまされている○○の姿が頭に浮かんだ。○○は純粋だからな。多分そんな時だまされたとも知らずに笑顔でい続けるのだろう。
『そういう事は泣いている奴が言うようなセリフだぞ。ちなみに私は泣いていない、新しく始まる生活に心がワクワクしているくらいだ』
送信。着信。
『そうなの? でも、私も泣いてない!!』
『まぁ、そういう事にしておいてあげよう』
私がそう送るとメールの返事が止まる。以前○○にメールという物は5分以内に返さないと絶交と捕らえられるから気をつけたほうが良い、と言ったら随分衝撃を受けたような顔をし、その日は全てのメールに5分以内に返すよう勤めていたそうだ。後に、私が冗談だ。といったら激しく怒られたのだが
そうしてしばらくすると、ようやく返事が来る。私は座っていた状態からベッドへ仰向けに寝転がった。
『でもさ、明日。なんだよね』
『そうだな』
『私達、離れ離れになっちゃうの?』
『いや、私と○○は何時までも友達だぞ。ただ、少し会う時とかに融通が効かなくなるだけだ』
泣いているのだろうか?
『そうだよね。私達何時までも何時までも友達だよね』
『うん。どうした?』
書かれている内容を少し不審に思った私が聞く。ちょっと、メールの間が空く
『ちょっと、今までの事思い出したら、涙が出てきちゃった。△△と、いままで見たいに会えないと思うと……』
『そうか、今まで○○とは一緒にいたからな。どんなときも』
そう、私と○○は同じ部活、修学旅行があったら同じ班。いつだったか、パジャマパーティなんてやった事があった。その時は○○のパジャマがピンク色だったので、妙に合うのか合わないのか。笑ってしまって。泣かれたり。一緒にお風呂に入って、一緒に寝て、一緒に馬鹿やって。
でももう、それは思うようには出来ないのだ。携帯の画面に邪魔にならないように張ってあるプリクラを見る。○○が満面の笑みを浮べていた。隣にいる私もまんざらではないような表情。
私達を縛る社会という鎖。でもきっとそれが……。私は携帯のダイヤルボタンを押し文字を打ち込む
『それが、大人になるって事なんじゃないかな? でも、私と○○はずっと一緒、友達だよ』
……
『電話かけて良い? 声、聞きたくなった』
恐らく今あの子は涙でぼろぼろのはず、そんな時あの子を支えるのが私。だから
『いいよ』私は返信する。
直ぐに電話がなった。ボタンを押して耳に押し当てる
「うっ、ぐすっ。△△?」
予想通りぼろぼろなのだろう。鼻づまりした少しくぐもっている声が聞こえた。
「そうよっ……。」
「はははっ、何だぁ。△△だって、泣いてるじゃないっ……。酷いわよ、メールなら相手側からないからって嘘ばっかし」
「嘘じゃないわよ。私はこれからの事にワクワクしているというのは本当だもの。ただ、貴女のことを考えたら涙が止まらなくなってしまっただけよ」
言われて気がつく先ほどから、通りで形態の画面が見づらいわけだ。頬に手を滑らせる、涙の粘膜のぬめっとした感触が指に伝わった。そしてようやく実感にいたった。私は泣いているのだ。おかしいな。私は悲しいという気持ちとは無縁のはずなのに。
「…………。」
「…………。」
電話をしたのいいが、なんとなく話し出す事ができなくて沈黙が訪れてしまう。
しかし、ずっと黙っているわけには行くまい。私は切り出す事にした。つい先ほど思っていた事だ。
「ねぇ、○○?」
「なに?」
「私……、貴女の事好きよ。多分これはライクではなくラヴだと思うわ。愛してる。」
「…………っ、私も△△の事。愛してる。ぐすッ」
「ねぇ、○○?」
「なに?」
「私達社会人になってしばらくして、お金が溜まったら。一緒に暮らしましょう? 結婚もせずにずーっと二人で過ごすの」
「いいね。」
私はふと、時計を見る。十分遅い時間だった。それは向こうも分かっていたのだろう。
「もう、遅いから。『またね』」
「えぇ、『また明日』」
私は電話を切った。
これで、明日の未来は決まった。けれど、それより先、社会人になってからしばらくしてからのことなんて確定しているはずもなかった。
私の涙がふと、頬を流れた。