ウィルヒィンのモリー
白親は腕の中の那乃が落ち着くのを確認してから、指笛を鳴らした。すると何処からともなく一匹の大きな白銀の獣が現れた。
「…やっ野犬!?」
那乃は元の世界で直に狼のような獣などを見た事が無く、目の前に現れた物を犬と勘違いした。白親は彼の服をぎゅうっと掴み怯える那乃に苦笑しながら、その狼が近づき伏せるのを待った。そして白親が口の中で何かを呟くと手に籠が現れる。
「那乃が食せる果実を持ってきてくれ」
白親が言うとその狼は立ち上がり一度頭を下げ、姿を消した。それを見て那乃は身体から力を抜く
『あれはウィルヒィンと言います。我らに危害は加えないから安心して』
「うぃる…ひ…ふぃん?それは名前?』
『名というか個体名ですね。多分那乃が『犬』と呼んだのと一緒でしょう』
「じゃあ…あのうぃるふぃんってたくさんいるの!?」
那乃は頭の中にウィルヒィンと呼ばれた獣に囲まれた姿を想像して恐怖した。
『いえ、今はあの一頭だけです。この場の気が乱れた時には数を増やします』
「守り神みたい…」
『そうですね。我の手足となって動いてくれる大事な存在です』
そんな会話をしてるうちにウィルヒィンは籠一杯に果実を入れて戻って来た。白親の側に籠を置きその側に伏せる。
「は…はやっ」
『この場の事をウィルヒィンは全て把握してるんですよ』
「凄いね…うぃる…ひぃ…ふぃん?」
舌を縺れさせながらウィルヒィンの名を呼ぶ那乃が可愛く、白親の顔に笑みが浮かぶ
『呼びにくいですか?』
「う…ちょっと」
『では、この子にも名を授けてはいかがですか?』
「…名前?あたしが付けちゃっていいの?」
フィルヒィンは同意するように那乃の側に近づき、その手に鼻先をあてる。那乃は白親が「ウィルヒィンが自分から動くなんて珍しいな…」と呟いてるのを聞きながら、自分の手の甲に感じる少し濡れた鼻先の感覚に、那乃は元の世界で飼っていた愛犬を思い出した
「じゃあ…森本サンで」
『…も…モリモトサン?ですか?』
「だ…駄目かな?元の世界で飼ってた犬の名前なんだけど…じゃあ…モリーで』
ウィルヒィンは同意するかの様に那乃の手を舐める。
『ウィルヒィンは気にいったようですよ』
「じゃあモリー!よろしくね!』
グルルと喉を鳴らしてモリーは那乃の側に伏せた。それを見て白親はさらに驚いた様な顔をする
「ハク…どうかしたの?」
『ウィル…じゃない…モリーが伏せるのは服従を誓った相手だけなんです』
「え…じゃあ…仲良くしてくれるのかな?」
『多分ずっと付いて行きますよ』
「ほんと!?…最初怖かったんだけど…、ほんとはあたし動物大好きなのっ!だから…嬉しい。ありがと!モリー!」
那乃は側に伏せるモリーの背を優しくゆっくり撫でる。その毛並みの感触はビロードを思わせるぐらい気持ち良く、ずっと撫で続ける。モリーも気持ち良さげに前脚に頭を乗せ目をつぶった。
『さっ!では、まずは体力をつけましょう』
白親はそう言うと籠の中の果実を器用に剥き、那乃に渡した。ここ数日固いパンしか食べてなかった那乃にとって果汁の滴るその実は食欲をそそるのに十分過ぎるほどで、受け取ってすぐにかぶりついた。
「美味しい!」
白親に次々と違った実を剥いて渡されるが、口の中で甘く溶けるそれらの実をすぐに完食していく。その姿を見て白親は切ない思いと、那乃をその状態に追いやった者に怒りを感じた
『今は果実しかありませんが、お腹いっぱい食べて下さいね』
「うんっ!ハク…モリーありがとう」
那乃は満面の笑みを白親とモリーに向けた
さて…次回はジャングル脱出です!