初めてのいい事
話を進めれば進めるほど白親は「何て事を…」と言い、眉間に皺が深くなる。那乃の声は時折震えながら、でもしっかりと自分の今の状況を伝えた
『…那乃』
「…というわけです」
『異世界で突然の事ばかり…怖かったですね』
白親にそっと抱き込まれ優しく背を撫でられた途端、那乃はこの世界に来てからずっと張りつめていた緊張を解き、そして思い切り白親に抱きつき泣き出した
「っう…うわぁぁん」
『那乃…大丈夫です。貴方は私が守ります」
那乃が落ち着きを取り戻すまでずっと白親はその身体を抱いて、背を撫で続けた。しばらくすると那乃は泣き止み放心状態になる。
『那乃?大丈夫ですか?』
「…」
問われた声も優しく、那乃は掛けられるその声に段々と意識を取り戻した
「あた…し、ごめんなさい」
『那乃が謝る必要は無い。この世界の人間がした事を謝らなくてはならないのは私だ』
「そんな…白親さんが悪いわけじゃないのに…」
『那乃は優しいですね』
那乃は最初、白親の事を綺麗な人だが全てを寒色で身を固めているので冷たい印象を抱いた。しかし、ふっと笑った白親の顔にその印象ががらりと変わり、顔を赤らめた。
『那乃、やはり貴方は一度グランディモイズへ行く必要がありそうです』
「え?そう…なんですか?」
那乃は蛇の時の白親には対等に喋れたが、人型の白親はどうみても自分よりも年上に見えるし、気品が漂い上流の匂いがプンプンするので思わず敬語を使ってしまう
『ええ。日の御子がグーラの手にあるという事。そして貴方の身を何時グーラが狙うとも限りません。その時には軍事的にグーラと同等の力を持つバルヒェット公国に居るのが一番だと思います。この世界の事を学ぶのにもいいでしょうし…』
「…白親さんがそう言うなら…行きます」
那乃の返事に白親の肩眉が上がる。それを見て那乃は自分が間違った答えを言ったのかと心臓の心拍数が上げた。そんな那乃を見て白親は苦笑しながら言った
『その『白親さん』というのは…止めませんか?』
「…え、でも…」
『他人行儀な呼び方は悲しい。『白親』と呼んで頂けませんか?』
「よっ呼び捨ては…さすがに無理です」
『…では、何か他の名を授けて下さい』
「えぇ〜」
白親の縋る目に那乃は「う〜ん」と何度も頭を傾けながら、「「ハク」…単純すぎるな…「ハクたん」「白親ちゃん」」など、あーでもないこーでもないと一人で議論をした結果
「『ハク』って呼んでいいですか?」
と最初に考えたシンプルな物が一番いいと感じた。
『嬉しいです』
白親は返事をしながら、那乃を自分の腕の中に再び抱き込んだ。そして愛しげに胸の部分にある頭に軽くキスを落とした
那乃は白親と出会った事はこの世界で初めての『いい事』だと思いながら、その腕の中で安心して目をつぶった。