白蛇
蛇のサイズを見て那乃が最初に思ったのは「食べれるかな?」だった。普通の状態であれば蛇を食べるなど絶対に思わないが、空腹が慢性に続いた状態で見る初めての生き物に思わずそんな事を考えてしまったのだった。
「…あたし…もぅ限界なのかな…」
那乃の意識がふっと現実に戻り、目の前の蛇を食べ物として考えていた事を苦笑する。
『貴方は…何者ですか?』
「…え?」
誰もいないはずの空間に聞こえる那乃の物ではない声。那乃は思わず辺りを見回してみるがやはり人の気配はない。
『何処を見ているのです?』
白蛇はいつの間にか那乃の方に頭を上げ、そして彼女は白蛇とばっちり目が合った。
「こ、この世界って…蛇がしゃべんの?」
『…この…世界?』
シュルシュルと近づく白蛇に那乃は同じ距離後に下がる。
「やっぱ…蛇が喋ってるんだよね…」
那乃はある程度は『異世界だから!』で通用すると思ってはいたが、やはり頭の中は元の世界の常識で成り立っており、目の前の蛇が話しかけてくるのを現実として受け止められない。
『蛇とは…無礼ですね。私を単なる蛇だと思っているのですか?』
「蛇…でしょ?どう見ても…」
白蛇は少しずつ離れる那乃に対して近づく事を諦め、その場に蜷局を巻いて頭だけを上げた。口元からチロチロと見える舌は爬虫類以外の何者でもない。
『単なる蛇が言葉を喋ると思いますか?それとも貴方の世界ではそれがまかり通る世界なのでしょうか?』
那乃はブンブンと頭を振る事で返事をした。
『貴方は…やはり身に纏う物がこの世界の者とは違います。世界を渡って来た…』
「え…うん。グーラ…だっけ?そこの訳解んない…こうてい?そいつにクラスメートと一緒に飛ばされたんだけど…」
『グーラ…あの国は…性懲りも無くまた…』
そう言うとどんどん白蛇のサイズが大きくなっていく。那乃は大蛇のようになった白蛇を前にして支えてくれる大木のお陰でその場に崩れ落ちずにすんだ
「…大蛇?妖怪?」
『…あぁ…すみません。怒りで我を失ってしまいました』
「あ…あの、私…食べられるんでしょうか?」
「出来るなら一思いに苦痛無くお願いします」と願いながら、那乃は今さっきまでこの蛇を食べようとしていたのが、逆に食べられる心配をするなど思ってもみなかった。
『食べる?私は人など食しません。私の名は白親。これは仮の姿です。異世界の者』
「…神様?それならあたしを元の世界に帰せる?」
『神様…それは何でしょう?貴方はこの世界の禁術にて呼ばれた異質の者。帰す方法は私にはわかりません』
「…そうなんですか」
がっくりと項垂れた那乃の姿に白蛇は蜷局をといて近寄り、那乃の手に絡む。突然手に感じたヒンヤリとした感覚に那乃は驚いた
「うひゃう!」
『早急に…貴方を連れてグランディモイズへ行く必要があります』
「ぐ…ぐらん…何?」
『バルヒェット公国の首都です…グーラが禁術を使用した事を伝えなければ…』
「えぇ!?あたし『魔』とかっていうのを倒さないと駄目なんで、寄り道とかしてる暇ないんですけど」
『『魔』?…一体どう言う事ですか?』
白親はスルスルと那乃の手を登り、あっという間に肩に辿り着いた。那乃は顔のすぐ側に蛇の顔があるのを見て気を失いそうになる。
「ちっ近いっ!!」
『慣れて下さい。それよりも早く説明を』
「無理っ!絶対無理っ!」
目をつぶって首を振り続ける那乃に白親は「仕方ないですね…」と言うと、那乃の肩から降り、地面に戻ると尻尾部分だけで立ち上がり、あっという間にその姿を人型に変えた
白親の人型は腰まで伸びた白髪を肩辺りで結び、すらりと長い神秘的な容姿と引き込まれるような銀の瞳を持つとてつもなく美形な男の人だった
「…ぶっ!鼻血…」
『さぁ…これで話して貰えますか?』
きらきらと輝くその姿をなるべく見ないようにして那乃は今までに起こった事を白親に話した。