バルヒェット公国その2
高官たちに案内された部屋は豪華だが品のいい謁見室で、那乃はそこで落ち着かない様子でソファに座っていた。それをフードの中で感じ取った白親が那乃の首元にそっと出てきて話しかける
『那乃?どうしました?』
「ハク……どうしよう?どうしたらいいの?っていうか…あの…うん…」
『那乃、落ち着いて下さい』
「無理、絶対無理!こんな部屋落ち着けないよ…」
『なら別の部屋に変えてもらいますか?』
「違うのっ!そうじゃなくて…」
いたって庶民の那乃の感覚では城の中などは観光スポットであって、それもせいぜい修学旅行で日本の城に行ったぐらいで、こんな洋風な城はテレビの中でしか存在してない世界だった。周りにあるもの全てが高級感に溢れていて、那乃の頭の中では『Don’t touch』がその辺にいっぱい張られている気がして極度の緊張を強いられていた。自分が座らされたソファでさえもそんな気がして那乃は立ち上がってしまった
『…那乃?』
「ごめん…限界。この方が落ち着く…」
それからの時間、那乃はまるで観光旅行のように触らないように周りの絵画や家具を見て時間を潰した。どれも高級そうだなぁという感想しかなかったが、飾り棚に入っていた生き物のクリスタルだけは唯一の例外だった
「これ…」
『あぁ…これは』
「モリー?」
『えぇ、ウィルヒィンはこの国では聖獣として崇められてますから』
「綺麗…」
那乃が無意識に触れようと手を伸ばしたところで後ろから声がした
「そちらを気に入って頂けましたか?」
「わぁっ!!」
突然かけられた声に那乃は驚いてしまい、触れようとしたクリスタルを落としてしまった。クリスタルの砕ける音に那乃の顔色が青くなる
「あっ……あ、あたし…」
那乃の脳裏にグーラ帝国での事がよみがえる。
明かりの一切無い暗い牢、蔑んだ瞳…常に与えられる痛み。
それらが一気にフラッシュバックして那乃はパニックを起こした。耳を塞いで屈みこみ同じ言葉しか発しない。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
『那乃っ!!』
白親はすぐに蛇の姿から人へと変化し、蹲って泣く那乃を腕の中に引き寄せた。そしてゆっくりと背をさすり、まじないの様に言葉を繰り返す
『那乃…大丈夫、大丈夫ですよ』
長い時間そうして白親の腕の中でおびえ続けた那乃は、疲れ果てそのまま意識を失った。白親はそんな那乃を一度強くぎゅっと抱きしめ、先程座っていたソファに横たえたようとしたが、那乃の手が白親の胸元を離さなかったのでそのまま抱きかかえるように白親自体がソファに座った。そして声をかけてきた男に視線をやり、声をかけた
『公爵、このような体勢ですまないが…』
突然声をかけてしまった自分に非があるのは明らかだった公爵ライムント・ニクラウス・バルヒェットはその光景をただ呆然と見ているしかなかった。