八十二. 王の求婚
冷たい地面をしっかり踏み締め、奏は大理石の廊下を歩いていた。
まだ視界がぼやける。それでも戦闘終了直後よりは遥かに見やすくなっている。体力が回復していると、脳が勘違いしているのかもしれない。それでも奏にとってはありがたい勘違いだった。
ときどき、激しい音が鼓膜を揺らす。それはこの先に何かがあるということを表している。
「…………はぁ」
奏はその場でもう一度膝をついた。やはり勘違い程度では動くのに無理があったようだ。
パリン、パリン、と、音は鳴り続けている。無論、奏にはそれが何なのか分からない。その音を聞きながら、奏はもう一度横になり、休憩を図った――。
◇◆◇
「……もうここまで来ましたか」
そう呟いたのは炎石の王。観客席から戦闘状況を見ている。その隣には天国の姫、水裟が立っている。
水裟もその事実には驚いた。こんなにも早くこの場所に辿り着いてくれるとは思ってもいなかったのだ。ましてや、彼らの前に立ちはだかったのは炎石の四天王と呼ばれる強者。それを苦労しても払いのけたことは、信じられないことである。
「まぁ、そういうことなら本題に入るとしましょう」
王の言う本題とは、水氷輪を外す方法のことだ。
水氷輪には意識があるのか、認められた者しか付けれなく、認められていない者が外そうとしたりしても外せないという特殊な能力がある。つまりは、この王は外せないはずだ。
「水氷輪は認められた者しか付けれない。つまり、水氷輪はあなたを認めている」
「そんな当たり前のこと……」
「ならば、私があなたに認められれば水氷輪を取り外せるのではないですか?」
「なっ……!」
考えもしなかったことに水裟は驚いた。確かに、その方法は可能かもしれない、と。水裟を認めている水氷輪は、水裟が認めた者を認めるはずだ。あくまでアクセサリー。人間のような意識はない。
「だからですね……」
「…………ッ!」
「僕の花嫁になってください」
その方法は結婚。男女が本気で認め合うのは、この瞬間なのである。
逃げようにも逃げ場がない。仮に逃げられたとしても、体力は持たないし、王の地位につく彼ならすぐに捕まえることが可能だろう。
水裟は顔を顰めたまま沈黙を続けた。どうすれば、この状況を逃れられるか。もちろん、結婚などさらさらする気はない。
その沈黙の間で、水裟は考えを出さなければならない。
水裟は全神経を脳に集中させた。どうすれば脱出出来るのかを考えるために――。
☆
「ん?」
その異変にいち早く気づいたのは須永だった。須永はブーメランを武器とするのでもちろん遠くからの攻撃になる。だから、部屋全体を見渡すことが出来る。
「どうしたの?」
その隣で、ツインガンで戦っていた雛流が須永の声を不思議に思ったのか、問うてきた。
「和月がさ……なんか襲われてね?」
「え!?」
雛流はその言葉に慌てて観客席の方へ目をやった。
そこにはじりじりと追い詰める王と、追い詰められる水裟の姿があった。王のその手には指輪のケース。
「何だ? あの王求婚してるのか?」
「シチュエーション的には明らかにそうだけど……じゃなくて! 何でよ!?」
「知らん!」
「でしょうね!」
二人とも急な状況にパニック状態になっている。
「とりあえず……攻撃してみるか?」
「やってみる価値はあるわね」
二人は狙いをバーロンから王へと変えた。
そして技を発動させる。イルカの如く華麗に宙を泳ぐブーメランと、雷の球がおうに向かって発射された――。