百二十. 一番笑った《完》
「痛たた……」
左頬の湿布を抑えながら、水裟はいつもの通学路を歩いていた。
あの戦いから一週間が過ぎ、今日は影月高校の卒業式だった。歩いている途中に何だか寂しそうな顔をしている生徒がちらほらいる。
結局、あの最終決戦は、相打ちとなったのだ。お互いにボロボロで言葉を発することが苦になった。結果として、いつも、歴代通りにお預けとなってしまったわけだが。少し違う点がある。
力の黒暗座に着いていた風定が支配を停止するよう求めたのだ。どういう風の吹き回しかは知らないが、もう領土のために争うのが馬鹿馬鹿しくなったらしい。
実際のところ、風定無しでは動けないのが地獄だったりするのだ。護廷の中でもずば抜けた技術を持つ者であり、剣技は誰にも真似できないと言われている。
その影響からか、風定が抜けた途端、どんどん他のメンバーもやめていってしまった。
そうしてこの戦いは幕を閉じ、長きに渡る戦争に終止符を打ったのだ。
☆
というわけで、水裟たちは無事に(多少の怪我はあるものの)卒業式を迎えることが出来たのだ。
今は家から一緒に通っている冬菜と通学路を歩いているわけだが。
「冬菜ってさ」
「はい」
「何で卒業できるの?」
「何でと言われますと?」
「いや、ほら、出席日数ものすごく少ないし……」
「……いろいろあるんです」
ちょっとだけ笑みを浮かべているが、気にしないでおこう。
しかし、そのちょっとした笑みも束の間。すぐに不機嫌そうな顔になる。その理由を水裟は既に察していた。
「やっほー! お二人さん!」
と、朝からハイテンションな女子高生が話しかけてくる。こんなにうるさいのは如月八千代の他はいない。
ちなみに彼女の進路は、大学に行けるはずもないので就職らしい。近くの駄菓子屋さんに雇ってもらい、ぼちぼちやっていくと。
水裟と冬菜は同じ大学に行くことが決まっている。
「八千代ってさ」
「ん?」
「何で卒業できるの?」
「何でと言われますと?」
「ほら、馬鹿じゃん」
「失敬な!」
なんて何気ない会話をしながら水裟たちは影月高校の門をくぐったのだった。
☆
教室に着くと大半の生徒が涙を流しながら話していた。水裟たちも反射的にいつものメンバーの場所へ行く。
「おはよ、水裟」
と声をかけてきたのは雛流。存在が薄いことで有名な生徒会長。
雛流も大学に行くことが決まっている。水裟たちとは別のところではあるが。
雛流に加えて須永、矢筈というメンバーが揃っていた。どうやら奏と大牙は部活の方に行っているらしい。
「やぁ、八千代さん。今日も綺麗だね」
「ありがと~」
いつもに増して調子に乗っている須永。ちなみに人差し指と中指ではさんでいる花は、校門で下級生が付けてくれたものである。
「やぁ、冬菜さん」
「死んでください」
「名前呼んだだけで!?」
須永がしょんぼりしていたのは言うまでもない。
しばらくするとミスター・チョークこと鈴木先生が教室に入って来て、ホームルームが始まった。
「え~、みなさん卒業おめでとうございます。教師生活30年、こんなにチョークを投げさせたクラスは初めてです」
初っ端から意味の分からない挨拶をするミスター・チョーク。
「というか教師生活30年って、めっちゃじいさんだな」
「聞こえてるぞ! 和月!」
必殺チョークスロウが水裟の額に直撃する。――くそう、相変わらず黄色チョークは痛い。
「でも、楽しかった! 心から卒業を祝福するぞ!」
と、珍しく短い話で終わった。
「しっかし、じじいだよね、鈴木先生」
「如月! 次そんなこと言ったらチョーク投げるぞ!」
といって赤チョークが八千代の頭に直撃する。もう投げているのは気のせい。
☆
体育館で卒業式がとり行われた後、水裟たちは校門で最後のお別れ? 的な時間を過ごしていた。それこそ、後輩と泣きながら別れを言う先輩、両親に感謝を告げる生徒、先生と話す生徒、告白をする生徒、ストーカーをする須永などたくさんいる。
水裟の両親はまだ出かけているし、先生は嫌い。帰宅部のため後輩もおらず好きな人もいない。というわけで矢筈と話していた。
「あの……姫」
「ん?」
「何か、すいません」
「何で急に……」
「普通の高校生活を送っていたらもっと幸せな毎日を過ごせたでしょうに……。こんな高校生という大事な時期に天国の戦争なんかに巻き込んでしまって……」
と、矢筈は俯いて、本当に申し訳なさそうに話している。
それで水裟は思い返してみた。今まで普通に学校生活を送って来て楽しいことなど一度もなかったのだ。
矢筈と出会った高校二年生。天国に巻き込まれることのきっかけとなった海梨姫の病気。それから水裟の波乱な高校生活は始まっていった。
しかし、巻き込まれたからこそ、今があるのではないだろうか。多分、矢筈と出会っていなければ、八千代とだけ話す高校生活だったに違いない。
巻き込まれたことによって、久しぶりに声をかけてみた雛流。クラスのムードメーカー須永。人望が厚く遠い存在の奏。影月スポーツの頂点大牙。元地獄の使者冬菜。たくさんの人と出会えた。
「別にいいよ。だって……」
「だって?」
「一番笑ったから」
と、水裟は笑顔で言う。
「あ、水裟が微笑んでる!」
その直後、大きな声で八千代が指さしながら言った。それに天国護廷7(矢筈を除く)は一斉に水裟の方を向き、駆け寄ってくる。
「何だ、まだ水裟笑えるのね~」
「うるさい! 黙れ! ピン星人とでも結婚してろ!」
「水裟ちゃんって笑うんだね~」
「フルートと結婚してろ!」
「和月って笑ったら結構可愛い……」
「死ね!」
「褒めたのに!?」
なんて日常の会話が水裟の周りで繰り広げられる。
しかし、この瞬間もまた、みんな笑っていたのだった。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
この作品は僕にとって二作目であり、とにかく書いてみよう! と意気込んでいた時に作られた作品であります。
設定の奥深さに欠け、急展開や繋ぎが混乱したりと、未熟な点が多々めだったかと思われます。
しかし、ここまで書けたのも、読んでくださった皆様のおかげです!
これまでに感想を送ってくださった、
八雲蒼さん、沖荒夢滝さん、ライナ・リュートさん、滝口隆二さん、オリーブドラブさん、ありがとうございました! とても励みになり、参考になりました!
次回作は、ひとまず現在進行形でやっている「少女と魔界のエンブレム」を完結させてからにします。
投稿の際は、ぜひ立ち寄ってださいませ^^
では、本当にありがとうございました!