百十八. 一年越しの麻酔
水裟の体内に大きな光の力が宿る。全身からポーッと光り出し、やがて強い光へとなっていく。
それと同様に、地奈姫も全身を包まれていた。しかし、こちらは闇で。
そして同様なのが、護廷7の全員が手のひらを姫に向けるという行動。これら全てがどちらにとっても最強の技を発動させる準備なのである。
その技がいち早く完成したのは地獄だった。それもそのはずではあった。天国はヘブンバースターを一度も発動させたことがないが、地獄はおそらく何度もやっている。どこよりも攻撃的な国風がそれを示している。
天国も集まりが悪いわけではなかった。順調に、それも予定以上の早さで集まっている。地獄が発射するころには少々遅れて発射できる状況だった。
「では……これでさよならです。天国!」
地奈姫の鋭い目つきと発言と共に真っ黒な光線が発射された。新幹線の如く一直線に。地球くらいあるのではないかと思わせる大きさ。以前よりも、確実にパワーアップしていた。
「姫! そろそろ行けます!」
「よし来た!」
矢筈の声と共に、水裟は水氷扇を前に突き出す。キラキラと輝く扇は、ただ暗黒の光線を見つめていたに違いない。
『ヘブンバースター!』
みんなの力強い声と、グッと力を入れた水裟の握り拳。水氷扇の先端から大きな光線が発射される。その大きさは地獄に負けておらず、相当大きなものであった。
やがてその二つの光線はぶつかり合い、押し合い合戦となる。発射が遅れた分、中間地点は天国寄りだった。そこから押したり押されたり。まさに相撲だった。
しばらくしても、位置は全く変わってこない。若干天国寄りの位置から全く。
海極は大きな光と闇に呑まれている。先ほどから嘲笑うかのように顔を出していた灰色の雲はどこかへ逃げてしまった。激戦を象徴する雨も光と闇に包まれた空間には入ってこない。
きっと天国は光を、地獄は闇を視神経で捉えていることだろう。見えるものは光だけ。闇など見えない天国。ずっと目は黄色と白で瞬いていた――。
――しかし、真ん中から裂け目が現れる。どんどん黒色に浸食されていく。
「姫!?」
一番に異変に気付いたのは矢筈だった。ヘブンバースターの力が弱まったと思えば、先ほどまでずっとガッシリ構えて立っていた水裟が膝をついていたのだ。
「もしかして体力が……」
と、雛流が力を込めながら言う。水裟は水氷心を海梨姫から受け継いだ影響で体力は著しく低下している。それの影響がこれにも出てしまったのかもしれない。
「いえ……違います! これは……!」
矢筈が最も変に感じたところ。それは水裟の体の周りからするもの。時々雷がバチバチと出て、出るたびに水裟は苦しそうに動けなくなる。
「黒麻酔剣……」
八千代が呟く。経験者の八千代が。
「……まさかこんな時に発動されるとは……運も味方したよ」
と、透き通った余裕の声が海獄にいる全員の鼓膜を揺らした。紛れもない、黒麻酔剣の創始者、雷紋だった。
「一応、試しで前回の戦いで撃っていたんだけどね。不発に終わったかと思えば、まだ効果あったんだね。すごい偶然だよ、本当」
前回の地獄戦。雷紋は確かに、あの忌々しき針を水裟に刺していた。それが今更になって発動してしまった。ツイていない、としか言いようがない状況。
そして、光の光線は、闇に浸食されていくのだった――。