百十三. リズムの支配と麻酔
遅れてすいません><
今回は奏と愉快な仲間たちの描写を書いております。
赤い血が空に舞う。それに混ざって黒い妖気も綺麗に舞う。
あっけなく後ろを取られ、斬られてしまった奏は、そのまま地面に倒れる――かと思いきや、膝と手をついて四つん這いになるだけだった。色んな意味で体の硬直が役に立ったのかもしれない。
やがて硬直は解け、普通の起立状態に戻った奏は、反射的に弓を構え、狙いを由良に定める。もちろん、震えなんて簡単に止まるはずがない。でも、ゴールデンアーチェリーならやれるかもしれない。その可能性がある限りやるしかないのだ。
「もう! じれったい!」
その矢を発射させようとする奏にイライラしながら由良は再び剣を振る。しかし、今度は変な移動はせず、真正面から斬りかかった。
しかし、今度はそれを弓でしっかりと受け止める。奏の弓は鉄に近い天国の特殊な素材で出来ており、ただの攻撃は防げる程度に強度はある。
「……これで一気に決めるしかないようだね」
その防御に由良は少し表情を変えた。彼女の中では複雑な考えが渦巻き合っているのだ。奏は明らかに自分より力はない。そんなこと見れば分かることだ。しかし、どうしてここまで立ち上がるのか。そして、ゴールデンアーチェリーというのがどんなものなのか。分からないことだらけと言えばそうなのだ。
「リズムを支配する。あんたを殺すために」
そう言うと由良は地面を思い切り蹴って、奏の周りをぐるぐる回り始めた。そのスピードはと言えば、由良が何人にも分身しているように見える程度。つまりは、奏の目に留まるはずなどない。
その由良の回転は非常に不規則である。一定方向に回るだけでなく、いきなり逆向きに走ったり、わざとスピードや歩幅を変えて混乱させようとしているのだ。
さすがにこれは対処できそうにない。ありとあらゆるリズムを支配されている。全てを彼女の物にし、一気に斬りかかってきたときには、もうおしまいだ。
(いや、でも……)
奏にはどうも不規則には聞こえなかった。淡々とまではいかない。もちろん複雑なのは変わりないのだが、どこか、どこかに由良の落とし穴があるんじゃないか。
奏は目を瞑り、全神経を音に集中させた。
――テンポは基本200。速い足取り。時々溜めた足音。それから砂が大きく跳ねるジャッ、という音。
その全てを支配されているはず。しかし、その支配権は徐々に奏に渡っていく。
(見えた! 彼女の動きが!)
長年、音と生きてきた奏。それは十八歳にも関わらず十年以上にもなるキャリアが生んだ天性なのかもしれない。
地獄の使者も元は人間。人間には癖がある。キリの良いところで終わってしまうことだ。かなり意識しないと変則にはならない。
奏は反射的に、最後だと覚悟を決めて、由良が来るであろう位置に弓の先端を向けた。
そこには、こちらに来ようとする由良がいて。
「しまっ!」
「……チェックメイト」
人差し指で引っ張った黄金の矢が弓から発射された。
「ゴールデンアーチェリー!」
その矢は見事に由良を貫いて、また、勢い余って遠くへ吹き飛ばしてしまった。これが、弓矢最強の技、ゴールデンアーチェリー。
「ってて……肩が……」
奏はその場に座り込んだ。
こうして、奏は奇跡の一発で勝利を収めたのだった。
★
一方中央では、未だ変わらず激しい戦いが繰り広げられていた。八千代と大牙が攻めては雛流と須永が後ろからフォローする。
「食らえ! 光撃斬!」
八千代は再び地獄側へ攻めていくと同時に、地面にビー短を擦りつけ、摩擦を発生させた。そのまま出来た衝撃波を地獄側目掛けて打ち込む。
かなりのサイズとなった光撃斬は地獄の四人をあっという間に飲み込もうとした。
しかし、そのまま当たるわけもなかった。地獄の使者四人は軽い足取りで躱す。そのまま黒暗定紋風雷斬を放とうと――。
「今だ! 朝希!」
――した時、使者たちの真下には大牙、そして遠くの方で空中にいる使者を狙う雛流。まさに逃げ場がない状況。八千代の勝手な行動を逆に利用したのだ。
その僅かに出来た隙を見逃さなかった雛流は雷球銃で一気に打ち込む。ちなみに須永は見逃していた。
大きな爆発が地獄四人の目の前で起こり、たちまち煙を上げて姿を眩ます。
「お、これは脈ありなんじゃないの?」
なんて八千代が言う。脈ありという言葉を使う状況を間違っていることはあえて口には出さない。
煙はまだ巻き上がっていてなかなか治まらない。それどころか地獄の使者のシルエットすら映し出されない状況である。もうそろそろ仕掛けてきてもいいとは思うが、なかなか攻めてこない。
――すると不意に一本の針が煙の中から発射された。
その針の狙いは確実に雛流を捉えており、全くぶれない軌道で襲い掛かった。攻撃が来ないと、油断していないつもりでいた雛流の隙を突かれ、躱すこともできずにその針を腹部で受けてしまった。
するとその針から雷が走り、雛流の体を覆い尽くしていく。ビリビリと全身が痺れていき、最終的には全く動けないところまで来てしまった。
「これ……何……?」
口を開くことも苦しそうな状態で、蚊の鳴くような声で雛流が言う。
「黒麻酔剣だよ」
それに答えたのは煙の中から発せられた低い声だった。煙から出てきたのは知の黒暗座に着く雷紋で、腰のポケットにはたくさんの針が用意されていた。
「この針に刺さったものはしばらくの間行動不能になるんだ。こちらとしても、遠距離でちょこまかやられるのは面倒だからね。しばらく様子を見てもらうことにするよ」
その雷紋の言葉が終わると、煙の中から続々と地獄護廷7の面々が出てくる。
「さぁ、始めようか。近距離戦」
「…………っ!」
息を飲む大牙と八千代だったが、逃げるはずもなく、彼らの方へと向かって歩を進めた――。
ちなみに、須永はと言うと。
「俺も遠距離なのに……危険視されてねぇ……」
どうでもいいことで落ち込んでいた。
次回は愉快な仲間たちと矢筈で行きます。