百九. 音と銀と素手
今回から奏描写に行きます。
次回からは奏&矢筈と愉快な仲間たちをやっていく予定です。
「何で……光に負けなかったんです……」
ぬかるんだ地面にうつ伏せになりながら、恭賀は呟く。冬菜は確かに元地獄の使者というのもあって光は体に合わない。また、黒暗座からも離れているので、絶対的に光には勝てないはずだった。ましてや、恭賀がダークアイを使うほどの光であれば。
「……まぁ、意味の分からないおじさんの言うことを聞いてみた結果です」
あの最終調整、光の部屋に一時間いる。冬菜にとってはいつ死んでもおかしくないという状況であったが、それを乗り越えた末、今に至る。
「……他はどうなんだろうね」
ごろん、と転がり、仰向けになった恭賀はそんなことを言った。そう、この冬菜と恭賀の戦いが終わっても、続いているところはある。きっと。
冬菜は恭賀に背中を向け、地奈姫と戦う水裟の元へと駆けて行った。
☆
黒い波動がやってくる。背中からなのに視界を覆い尽くす。それは大きな力のためなのか? そんなことは奏には分からない。けれども、絶対的に分かることが一つある。自分の背中が血みどろになっているということだ。
「あんた、近距離戦なれていないでしょ?」
黒色のショートヘアを揺らしながら、音の黒暗座、由良は言った。
そう、奏の主流となる武器は弓矢なわけで。近距離戦など、剣を持っている由良とやれば負ける可能性大なのだ。
どうにかしようと奏は立ちあがり、由良から距離を取ろうとした。ある程度の距離がなければ、発射までに攻撃されてしまう。近距離など、デメリットだらけなのだ。
しかし、背中の傷を負っている影響で速く走れない。そんな奏を由良は何もせずその場で立っているままだった。その表情には余裕が窺える。
(今しかない!)
奏は中指で矢を引き、狙いを由良へとロックオンさせる。こうなればまず外すことはない。
「シルバーアーチェリー!」
銀色に光る矢が勢いよく発射された。それは彗星のごとく由良へ近づき、あっという間に眼前に迫っていた。
――いける!
そう思った。あんなに無防備に立ったままでは、鍛えられた速さにはかなわない。そう、思ったのだ。
「……甘い」
そう低い声音で呟いた由良。その瞬間、由良の足元で泥がはねた。その衝撃の原因は銀色の矢だった。真ん中で軽くへし折られ、燃料がなくなったと言わんばかりに動かない。
しかも、由良はそれを素手でやってのけたのだ。つまり、シルバーアーチェリーごときでは剣など必要ないということだ。
「いい感じの新人かと思ったけど、がっかりする威力だね」
そんな皮肉も添えてくる。
シルバーアーチェリーは奏の使える技の中で二番目に威力の高い技。もう一つ、オリハルコンシャークブーストがあるが、剣を使えば簡単に祓えるだろう。
(これが……地獄護廷7……)
奏はその強さに押されてしまった。足が震えて止まらない。
奏は力がなくなって、その場で弓を落としてしまった――。