百七. 使命と恩
水が赤色に染まっていく。少しも薄くない、真っ赤な血で。
また、雨で流されてどんどん赤色の面積は広がっていっている。
立ちあがれない。時々指がピクピクと動くくらいで、とても戦える状態には見えなかった。銀色の綺麗な髪の毛が泥の色で先が汚れている。
――また負けてしまうのだろうか。
リベンジなどとはりきって挑んだこの戦い、こんなにも早く終わってしまうのだろうか。冬菜は弱い自分を本当に嫌になりかけた。
せっかく、弱くない、と言われて入ったというのに、今の今まで何の役にも立っていない。恩を返したいのに、返せていない。何もかもが未達成のままここまで来ている。
ふと顔を上げれば、黒く少し癖毛の髪に細身の剣。力のない緩い眼差しに少し上がっている口角。嫌ほど――嫌ほど目に焼き付いている恭賀の顔がそこにはある。
しかし、その表情はいつもと違った。どこか余裕のない、険しげな表情を浮かべている。
(まさか……暗黒迅速を使うことになるとは……)
暗黒迅速。恭賀が暗の黒暗座に着いた時に習得した技で、一時的に自分自身のスピードを急激に上げる技である。恭賀は暗の黒暗座に着くだけあって、そんな技使わずとも十分にスピードには追いつけるはずなのだ。それを、退化したはずの冬菜に使った。それほどに、冬菜のスピードは速かったのだ。
(まぁ、どっちにしろ勝てたからいいか)
どうもすっきりしないまま、恭賀はその場を立ち去ろうとした。
「…………」
冬菜は声すら出せなかった。「待て」の「ま」を言えなかった。その代わりに、剣で、待て、と表現をする。まだ動く剣を持った手で、紙すらも斬れない力で恭賀の靴を叩く。
(まだ、終わってはいない)
自分にあるものは何なのか。双剣がある。恭賀と戦う体がある。仲間がいる。戦える力も……ある。そして――、
――恩がある。
勝たなければいけないという使命が、冬菜に重くのしかかる。それを持ちあげる。鉛のように重い体と共に。
その姿をまた口角を上げて見てくる恭賀。しかし、今度は何故かそんなに嫌味を感じない。
「あんた、変わりましたね」
「…………」
「暗の黒暗座に着く前からあなたのことはもちろん知っていました。というか、あなたの下で働いていたんですよ。あなたは口数も少なく、誰とも関わろうとしなかった。その冷たいオーラで人々を寄せ付けなかった。そんなあなたが……仲間のために戦うだなんてね」
「いきなり何ですか、気持ち悪い」
「……まぁ、それとこれとは話が別なわけで」
一度しまっていた剣を再び鞘から抜き出し、剣先を下に向けて持つ。そのまま恭賀は戦闘態勢に入った。
「あなたには、やはり死んでもらいます」
「……別に死ななくてもいいですが、ひれ伏してください」
まだガクガク震える足で立ち、冬菜は双剣を構えた。使命を果たすために――。
なんか急展開ですいません。