百六. 悔いはない
これから冬菜描写が続きます。その後、奏→愉快な仲間たち→水裟という順で。
よろしくお願いします!
「久しぶりっすね~、先輩」
相変わらずの調子に乗った口調で恭賀が話しかけてくる。それに冬菜は特に何も感じない。もう分かり切っていることなのだ。
自分より強い恭賀。自分より優れている恭賀。その呪縛からは未だ解き放たれていないのが真実だ。冬菜だって人間なのだ。それくらい、当り前である。
「いつまで経っても忘れられませんね~。あの傑作」
恭賀が言っている傑作というのは、多分――いや、絶対的に水裟に助けを求めたことだ。剣士としての誇りを捨て、一緒に立った戦場。今までなら恥ずべき行動である。
「大丈夫です。私はあの行動……後悔していません」
「へぇ~」
「それを、今ここで証明して見せます」
「……おもしろいじゃん。だったら――」
スルリと、剣と鞘が摩擦する音が鳴った。その瞬間に、恭賀は冬菜の方へと飛びかかる。
「証明してもらおうじゃないの!」
ありえないほどのスピードで剣を構えて冬菜の目の前へと足を運んでいた。明らかに、あのときとは速さが違う。その差が徒歩と新幹線くらいに感じられるほどだった。
「黒旋風!」
しかし、それを黒色の刃が混じった暴風で弾き返す。咄嗟に出た行動にしては冬菜の反応も負けていなかった。
恭賀はひとまず一歩下がり、体勢を整える。
やがて暴風は止み、その中から堂々と立っている冬菜の姿が現れる。
戦える。そう冬菜は確信した。暗の黒暗座から外されて、もう半年くらいになるのだが、かなり体が慣れてきている。あの時は全身に鉄でもついているのだろうか、と錯覚するくらいだったが、今はとても軽い。それほどに、冬菜の体は天国仕様になってきていた。
「言うだけのことはあるんですね~」
「なかったら言わない」
冬菜は腰に掛けている双剣を引き抜き、そのまま小さく呟いた。
「黒暗定紋二刀流剣」
黒色の細身の剣が、だんだんと伸びていき、太くてしっかりとした剣へと変化する。重さは変わらず威力は上がるという優れ技である。
一気に畳みかけるため、冬菜はぬかるんだ地面を蹴って恭賀の方へと駆けていく。そのまま双剣を構え、勢いよく振りおろす。思いのほか冬菜がスピードを出した影響か、恭賀は反応が遅れているように見えた。まずは確実にダメージが与えられる。そう思ったのだ。
だが、振りおろした時には感触がなかった。水浸しの泥が弾け飛ぶだけで、人を斬った感触は全くない。
その黒い影は後ろから感じられた。黒い妖気を放つ剣を持った恭賀がもう構えていて。柄を力いっぱいに握っていて。
「この技使わさせられるとは思いませんでした」
それから一息置いて――
「――黒暗定紋風雷斬」
黒い大きな衝撃波が冬菜を覆い尽くす。
黒色の中に初めて赤色が混じった瞬間だった。