伍話 従者
伍話 従者。
「それにしても」
榊は、はぁっとため息をついた。
歩きだしてかれこれ何分経っただろうか…………いまだに終わりが見えてこない廊下を榊は大きさの合わない鎧をガシャガシャいわせ、よろよろしながら歩いていた。
榊の右横にも左横にも見えるのは木製や金属製の扉のみ。
疲れたわけではないのだが、いい加減違う風景が見たくなった。
先ほどから榊の横をフリフリのスカートを穿いた従者のような女性や、黒いスーツに身を包んだ同じく従者であろう紳士がなにか奇怪な乗り物に乗り、前に乗り物についている棒のような物を体と一緒に前に傾けながら進んでいるのをよく目にする。
しかしその奇怪な乗り物に乗っている従者たちは少数の切羽詰まった顔をしている者たちだけであった。
多くの者達は榊と同じく徒歩であった。
しかし、ガシャガシャいわせて騒がしく歩いているのは榊だけであった。
他に物音と言えばあの奇怪な乗り物から聞こえるウィーンという音だけである。
知らんぷりしていた榊だが、さっきから痛いほどの視線が榊に向けられていることに気づいていた。
〈兜していて良かったでござる〉
榊はあの後しっかりと兜をつけていた。
無論、人の目から自分の顔を隠すためである。
「ちょっとそこの女性よ。質問をしてもよいか?」
「!?…………どうぞ」
〈この人女性!?〉
榊はちょうどま横を歩いていた女性の従者に声をかけた。
女性はまさか榊が女であることはまったく気づいてなく、男なのかなと思っていた。
まあともかくちょっと厄介そうな人に話しかけられたなと日頃の自分の趣味の人間観察を呪った。
「おぬしらが乗っている奇怪な乗り物は何なのでござるか?」
「はい。あの乗り物はセグウェイという乗り物です。体を前に傾けると前進し、後ろにレバーと一緒に体を傾けると停止する仕組みになっております」
〈この人ござるって言ったー!漫画でしか見たことない〉
「せぐうぇい?」
「まあ、発音はどうでもいいですね。はい」
女性従者はにっこりとほほ笑みながら奇怪な乗り物について説明する。それを榊は口を半開きにしてはぁとなにやら難しそうに聞いている。
榊にとってまたもや意味のわからない物が増えた瞬間であった。
女性従者は目の前の鎧兜と刀を身に付けた人物に興味がわいた。
「それでは、私からも質問させていただきます。あなたって、もしやコスプレしてるんですか?」
「こすぷれ?なんのことでござるか?」
「知らないんですね。今の質問は気にしないでください」
〈もしかして本物のサムライだったりするのかな?〉
「その剣って本物ですか?」
「刀でござる。よく切れるでござるよ。なんならここでお主を斬って見せようか?」
「やめてください。その言葉は冗談ですよね?」
従者の女性は榊に質問をする。
榊はにやっと意地の悪そうな顔を女性に向けた。
「拙者、生まれて十数年……一度も冗談を言ったことはないでござる」
「すいませんでした」
「遠慮することはないでござるよ?」
「遠慮していません。あなたはそういうことして平気なんですか?」
ああ。と榊は従者の女性に答えた。
その瞬間従者の女性は内心怯えていた。
「もう、数なんて関係ないでござるからなあ。一人二人……いや、数十人斬り殺すことなんて朝飯前でござる」
「それ、本当ですか?」
「拙者、嘘はあまりつかぬでござる」
「あまり!?」
「まあ人斬りであるということは事実でござるよ」
嘘……と従者の女性は信じられなかった。
こんな自分と年が近い人、ましてやこんなに可愛くて面白い人が人斬りなんて思わなかったからだ。
よし。と従者の女性は榊に質問する。
「あなたはサムライですか?」
「ああ。そうとも言うな。拙者の職業は武士でござる」
もしかして本当にいるとは思わなかった。
この国からずうっと東にある国でもうだいぶ衰退した職業に就いている人間がいるとは……。
自分にとっては小さい頃に見た漫画の主人公が就いていた職業がサムライで、とてもかっこよく思い、船でわざわざ探しに行った覚えがある。
それほど印象に残った職業の人物がいま自分の目の前にいることに従者の女性はとても感動した。
「すいません、握手してください!そしてこの色紙にサインをくださいっ!」
「いきなりどうしたでござるかっ!?あまりにも従者らしくないぞ!?」
「この際自分の見た目なんて無視です。さあ、握手を!そしてサインを!」
榊は驚きながらもなんとか握手をする。
それに従者の女性はきゃああっという黄色い声をあげ、榊にマジックと色紙を渡す。
「拙者……自分の名前しかかけないでござる。さいんというものは……」
「それで良いんです!さっ、どうぞ」
「はあ。ところで筆と墨はないのでござるか?これの使い方はわからんでござる」
「あ、やっぱりそうですよね!さすがです。すぐ用意しますね」
「?何がさすがなんでござろうか……」
榊は何がさすがなのか意味不明であったが考えるだけ無駄だと思い考えるのをやめ、邪魔にならないように廊下の右側によった。
「床に置いて書いても良いでござるか?」
「あ、やっぱりそうですよね。それではこちらにどうぞ」
榊はやっぱりという言葉の意味を考えるのはやめた。理由はさっきと同じである。
ちょうど榊がいたところの木製の扉を女性の従者は開ける。
扉の向こうは十畳ほどの畳が敷かれた和室だった。
その和室を見て榊はふと懐かしく思った。
〈こんな変な屋敷にも和室があるとは…………やすらぐ〉
榊は今にも鎧兜と刀をとって着物に身をつつみ、昼寝でもしたい気分になったが女性の従者が騒いでるのでさっさとさいんとやらを書くことにする。
「あ、サヨへって最初書いてくださいね?それからサインを書いてください」
「承知した」
……………………あ、
「サヨとはどういう字を書くでござるか?」
「ああ、こんな風に書いてください」
サヨがさしだしてきたメモ用紙には可愛い丸文字でサヨと書かれていた。
それを見て榊は頷くと、筆に墨をつけて一気に書きあげた。
「これで良いでござるか?」
「うわああっ!思ったとおり達筆ですね。一生大事にします」
「はあ。それはどうも…………う」
一気に書きあげた時にどっと疲れが出てしまったのか榊は強力な睡魔に襲われた。
その睡魔に榊は疲れのせいもあってか抵抗できずにのまれ、意識が夢の中へと連れて行かれた。
「あらあら。お疲れでしたのね」
女性の従者もといサヨは榊の寝顔を見てクスリと笑う。
そして榊の手に握りっぱなしだった筆を墨とセットで片づけた。
なかなか話が思ったよりも進みませんね。
このまま順調にいくと話数がすごいことになりそうです。
指摘、感想など一言お待ちしております。
それでは。