四話 いただく。
四話 いただく。
木製の古い扉がギィ…………という音をたてながら開く。
その扉はなんだか無駄に厚く、重そうであった。
そんな扉とは対照的に中から温かな光が漏れ、榊達を照らす。
「親方!只今帰りました!」
扉を開けて、榊の目にとびこんできた物は大きな厨房だった。
いくつもの白いいろんな食器やら鍋やらの料理器具がたんまりとつめられている収納机が間隔をあけてどこまでも続いているんじゃないかと思わせるくらいにズラッと並んでいる。
そして、榊が一番最初に感じ取ったものは匂いであった。
肉や魚の焼ける香りや、果実の甘い匂いなど、榊の腹がきゅうぅとなるような匂いが厨房内に充満していた。
「おい、榊。腹が鳴ってるぞ」
「すまん。拙者、一晩なにも食っていない。腹の虫がここにきてから騒いでるでござる」
「いや、しかしな。途切れずに鳴り続けているのは不自然だろ」
ボルはさっきから可愛く鳴り続けている榊の腹の音ににやにやしっぱなしであった。
ボルはどうしようもない変態であった。
ゴルドはボルを見て呆れていた。
こればかりはゴルドでも嫌悪感を抱く。
そこでゴルドは何か思い出したように自身の腰についているポーチから包みを取り出した。
「榊、口を開けてください」
「!?」
榊の口に入れられたのは、一口サイズのゴルド特性塩結びであった。
もちもちの米と少々控え目な塩分が見事にマッチしている、ゴルドの自信作であった。
「いきなり何を食わせるのかと思えば、塩結びでござるか。懐かしいでござるな!」
「味はどうですか?」
「母様の物に味がとても似ているでござる。正直、旨い」
「それはよかったです」
ゴルドがにっこりとほほ笑む。
榊が嬉しそうに頷いているのを見るとなぜか頬が緩むのは気のせいではないらしい。
ボルも気色悪い笑顔を顔にはりつけているからだ。
おっさん顔で笑顔は合わないとゴルドは思った。
しかし、榊の腹の虫は鎮まるどころか強く鳴りだした。
「っ…………なんかすごく恥ずかしいでござる」
「いまちょっと響いたからな」
なにせ、人がいつもよりも疎らだった。
昼はもう終わって、皿洗いも済んでいるのをみると、町に買い出しにでも行っているかもしれない。
「おい、ボルにゴルド。さっきの音はなんだ?」
厨房の奥から大きな足音をたてて、巨漢でゴツイ強面の男がこちらに歩いてきた。
多分あの男が親方だろうなと榊は思った。
「ああ、親方。いらしたんですか」
〈いたのかよクソ野郎〉
「誰がクソ野郎だ?ボル?」
「そんなこと言ってないっすよ親方」
「ふん。どうだか」
親方と呼ばれた人物の目がとても怖い。
どこか人斬りの目に近い感じがしたが気のせいだろう。
で、と親方は榊のほうに視線をやる。
「まず最初にこいつは誰だ?そして次にさっきの音はなんだ?最後に魚は釣れたのか?順番に答えろ」
「はい」
〈ゴルド頼む〉
〈わかってますよ〉
親方は自分が疑問に思っていることをペラペラと喋った。
その説明にボルはゴルドにあとはまかしたというアイコンタクトを送り、ゴルドは了解した。
「まず最初にこの方は榊。元男で話を聞くところ異世界の人間であり、武士という職業についていたそうです」
「元?」
〈榊〉
〈わかった〉
ゴルドのアイコンタクトで榊は兜をとった。
最初にさらっとした腰に届きそうなくらい長い髪の毛が現れ、次に美しい色白の顔が親方の目の前に現れた。
「こいつがか?信じられる話じゃないな。どっからみても品のあるどこぞのお嬢様って感じだろ?」
「お初にお目にかかる。拙者の名は榊。以後よろしく頼むでござる」
「拙者?ござる?珍しいしゃべり方をするな。俺の名はゴンザ。料理長って呼んでくれ。くれぐれもそこのバカ二人のような呼び方はしないようにな?」
「承知したでござる」
榊はにっこりとほほ笑むとゴンザに了解の意思を伝える。
その榊を見たゴンザは一瞬あまりの可愛さで理性の箍がとびそうだったが、なんとか耐える。
「まあ細かいことは後だ。次」
「さっきの音は、この方のお腹の音です」
「?なんだ。お前腹減ってるのか?」
「恥ずかしながら、一晩何も食べてないでござる」
「そりゃ駄目だ。健康には朝昼晩の三食を抜いたらいかん。後で軽くなんか作ってやる」
「それはありがたいでござる。ご馳走になる」
再び榊はにっこりとほほ笑む。
今度はお辞儀もつけて。
ゴンザの理性がまたもやとびそうだったが、意地と根性でつなぎとめる。
「次」
「魚は釣れませんでした。かわりにこの方が釣れました」
「は?なんで魚じゃなく、人が釣れるんだ?」
「さあ?」
「さあ?じゃねえよ」
「怒らないでほしいでござる。この二人は拙者の命の恩人でござる」
「なに?」
「拙者が鯨に吹きとばされ、海に落ちているところを親切にひきあげてくれたのでござる」
「そんな漫画みたいな話…………」
ゴンザはそこで言葉に詰まった。
無理もないだろう。榊が目を潤ませて必死に二人を守ろうとゴンザにうったえている姿を直に見てしまったのだ。
ゴンザの中の意地と根性でできた理性の箍も耐えきれず、はずれそうにあった。
いや、もう音をたててはずれてしまった。
「うおおおおおおっ!」
「ひゃっ!」
いきなりゴンザが獣のような声をはっしたかと思うと、ゴンザは榊にとびかかろうとしていた。
いきなりのことに榊は情けない声を出して尻もちをつく。
「親方!理性を取り戻してください!」
「くそっ、榊、下がってろ」
ボルがゴンザをおさえている間にゴルドがバケツ一杯の水を持ってくる。
それをゴルドはボルが全体重を乗せてゴンザを床におさえつけた一瞬の間にゴンザの頭の上で逆さにする。
バシャアと水がゴンザの頭に音をたてて降り注ぐ。
「ん?俺は何をしようとしていたんだ?」
「間違いなく、男として最低なことをしようとしてました」
「ほんと、危ないところだったな」
その言葉を聞いて尻もちをついている榊のほうを見る。
そしてゴンザはあちゃあと額に手をあてた。
「すまなかった榊。まさか理性がとぶとは思わなかった」
「こっちこそ何かしたような感じなので謝るでござる」
〈ふむ。女っぽくやってみるとこれほどの力が生まれるとは……予想外でござる〉
この後、榊はお詫びの印として和食を作ってもらい、たらふく食べさせてもらった。
意外にも榊が大食いでおかわりしすぎたせいか材料がほぼ無くなってしまった。
「ボルにゴルド。町に買い出しに行って来い」
「えぇ~。自分で行けばいいじゃないですか」
「俺も向かう。しかし榊が予想外に食うものだから人手がほかにも必要になったんだ。文句を言わずに行って来い。俺も後でいくから」
「へいへい。わかりましたよ」
渋々ゴルドとボルは身支度を整えて玄関に向かった。
「そういえば料理長殿。こちらは入り口ではないのでござるか?」
「そっちは裏口だ。入り口はここからでて右にまっすぐに行くとある」
ゴンザは今さっきボル達がでていった榊達がいる厨房の一番左側にある金属製の扉を指差しながら説明する。
「そうそう。スーお譲さまには話はさっきお前さんが食べてるときに通しといた。入り口の近くにあるエレベーターにのって十階のボタンをおせ。ついてエレベーターからでたら目の前にある扉にノックして部屋に入れ」
「?」
「お前さん、ここで働きたいんだろ?それも戦闘系で。そういうことしたいんならお嬢様の指示に従いな」
「それはありがたいでござる。しかし、えれべーたーというものは何なのでござるか?」
「お前さんの世界にはないだろう乗り物だ。とにかく入り口付近に行け」
「わかったでござる。それではご馳走様。世話になったでござる」
「ああ。じゃあな」
榊は金属製の扉の隙間から見えるゴンザに手をふる。
ゴンザは後ろ向きに左手をパタパタさせていた。
「さて、いくでござるか」
榊は心を落ち着かせると、力強く歩きだした。
今回はちょっといつもより長いです。
そのぶん、雑になっているかもしれませんが、お楽しみいただけたら嬉しいです。
指摘、感想など一言お待ちしております。
それでは。