弐拾話 とりあえず落ち着こうよ。
すみません、遅くなりました。
楽しんでいただければ幸いです。
弐拾話 とりあえず落ち着こうよ。
臭いと匂い。読み方は同じなのに何故か意味は違う。
前者の臭いの意味は、臭いとか悪臭等の生物を不快な気持ちにさせるモノであり、後者の匂いの意味は香しいや芳しい…………同じような意味か。……とまあ生物の気分を良くするモノだ。
対象的というか善悪というか兄弟というか…………なんで兄弟?なんでだろう。
ああ、もうわかんない!
「何をそんなにいらついておられるのですかグリム様」
「何でも無いよっ!」
一人のボーイが私に声をかけてきた。多分悩みがあれば聞いてあげようと気を使ったのだろうが、今の私の心境からしてとても話をする気分ではないのだ。
そのボーイは私の人を突っぱねるような言葉を聞いてただ苦笑していた。なんだよこの優男。私はあなたに興味ありません。
私は早くあっちに行ってくれという意思を伝えるためにぷーっと脹れて見せる。あ、案外今の私って可愛いかも!…………何考えてるんだか私は。ナルシーか!
「あはは」とボーイは懐からメモ用紙と鉛筆のような物を取り出してにっこりと笑う。何が可笑しいんだこのボーイ。
「ウザいのですか?グリム様」
小首を傾げて私の顔色を窺うように聞く羊君。髪の毛が羊みたいな白色で天パだから羊君でいいや。ボーイよりかはこっちの方が可愛げがあって良いだろうし。
てかウザいって何よ。ウザいって。私一言も言ってないよー!
「別に、ウザいというわけじゃないけど…………てかウザいって何がウザいのよ」
「僕に聞かれましても…………」
羊君は困ったような顔をした。高身長でひょろひょろとまではいかないけどそこそこ細く華奢で可愛い顔立ちの羊君は頭をポリポリと掻いている。
それにしてもウザいって何だろう。最近の若者の言葉ってわかんないなー。伊達に何千年も生きてるわけじゃないよ。あ……誰か私のこと、ばあさんって言わなかった?酷いなあ。ばあさんなんて。これでもぴっちぴちな十何歳なんだぞ?見た目はね。
私は疑問に思った為羊君に聞いてみた。
「ウザいってなんなのよ」
「は?」
「は?…………じゃなくてウザいって何なのよ」
「意味ですか?」
「そう!」
「はあ…………」
羊君の頭を掻く速度があがる。この子は頭を掻くのが癖みたいだなと私は勝手に思い込む。
暫く頭を掻いた羊君は、自信なさげな表情で「あのー……」と見るからに弱弱しそうな感じに私に答えを伝えようと口を開いた。
「ウザいというのは…………一般的な若者言葉で、代表的な意味では鬱陶しいとか気持ち悪いとか……そんな意味だったと思います」
「ふ~ん…………」
ま、意味なんて別に頭の中に入れておかなくてもいいや。どうせ使わないだろうし。そんな言葉を使う生物は気色悪いというか気持ち悪いと思う。……あ、意味同じだっけ?ああっ、もういいや。全ての生命に死を与える死神はそんなことを気にしていてはいけないのです。……何故敬語?なんでだろ。
「ところで…………」
「なによ」
「ご注文は何になさいますか?」
「は!?」
「…………一応ここは食堂なので」
言われてみて辺り一面を見渡す。
円形のテーブルと二、三個の椅子がセットになった物が何十個も無造作に並べられ、空気中には美味しそうな匂いが漂っているこの室内はいかにも食堂といった感じだった。
ピッシリとメイド服やスーツを着こなした老若男女が他愛もない世間話に花を咲かせながら食事をしている。どこのテーブルも笑顔が溢れてて良いなあ。
「ねえ」
「はい、何でしょうか?」
「なんで私のテーブルには人がいないの?」
「…………………一応ここはVIP専用なので」
「VIPて何?」
「おもに賓客という意味です」
「私ってVIPなの?」
「はい。お嬢様の御友人の方はVIPです」
そうなんだ。要するに私は重要なお客様ということなのね。ただ遊びに来てるだけなのにVIP扱いなんてお金持ちはすごいね。本当は遊びに来たんじゃなくて召喚されたんだけど。
私はテーブルの上にある正方形の氷と綺麗に透きとおった水の入った蒼いグラスを手に取ると、一気に飲み干した。
「ねえ」
「はっ、ただいま!」
まだ何も言っていないのに、水のおかわりだと勘違いされたのか羊君は早足で厨房の方へ行ってしまった。一人じゃ寂しいし、何かお話しようかと思ったのになあ。仕込まれてるのかな。接客とか諸々。もちっと勉強した方が良いよ?「ねえ」だけで判断しちゃいけないんだからね。
数分……いや、数秒で羊君は水の入った蒼い容器を持ってきて私のグラスに水を入れた。本当は容器にも名前があるんだけど私にはわからない。だってアホだもん。
「ねえ」
私は右手でグラスを持ってカランと氷と氷をぶつけて音を出して遊びながら羊君に話しかけた。
「はっ」とその場で気をつけをする羊君。相当仕込まれてるのかな、妙に固い。…………妙に固いのは勉強不足なのかな。普通自然体で要望とか聞くものでしょ。
「固いね」
「………………申し訳ありません!」
深く、土下座する羊君。だから固いんだって。
「あのね、もうちょっと自然体で接してくれないかな?そうやって土下座するとことか、気をつけとか、話を聞かないとことか…………なんだか固いよ」
「申し訳ありません!」
額を床につけて深々と謝ってる羊君を見て他のテーブルで見ていた従者たちは「あーあ、やっちゃった」とか「何やってんだあいつは」みたいな目で羊君を見ている。そんな冷たい目で見るかな普通。
私ははあっと溜息を吐くと右手に愛用の鎌の棒の部分だけを召喚して羊君の左肩をぽんぽんと叩く。
「頭上げなって。いちいち謝らないの。分かる?私はさっきから固いって言っているよね?それは君の接し方が固いっていう意味なの。ちょっと注意して土下座するようなとこもね固いの……あ、これって謝り方だっけ…………」
「はあ」
羊君は直ぐに立ち上がって気をつけの姿勢で私の話を聞いていた。そのくりっとした目は私の目を一心に見つめている。
「ともかく、私は今君とお話したいの。リラックスした状態で私に接してくれない?」
「了解致しました」
「とりあえず、そこの席に座って?」
私は羊君に私の向かいの席に座るように促した。羊君は「ええっ!」と困惑したような表情になる。どうしたのだろうか。
「そこはVIP専用……」
「私が良いって言っているの。良いに決まってるでしょ」
「はあ…………」と恐る恐るといった感じに椅子を後ろに引いて腰掛ける羊君。何怖がってんだか。
周りの目を気にしている羊君は周りをきょろきょろと見回す。それを見た私も見回す。
他の従者たちの目が羊君に集中していた。何でだか。
「やっぱり僕が座るのはまずいですよぉ」
「周りの目なんか気にしないの。君は私が許可したからそこに座って良いの。恐がったりしない」
「はいぃ」
この子、若者言葉で言うビビりだなと私は思った。周りの目なんか何で気にするのだか。
「あのぉ…………」
「何?」
「聞いてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ?」
おずおずと手を挙げて羊君が私に質問の許可を得た。
「それでは…………」と羊君が深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「グリム様って、死神ですよね?」
「そうだけど、何?」
何当たり前のこと聞いてるんだこの子。
「今までどれくらいの人を狩ったりしたのでしょうか?」
あれ?それって普通聞いちゃいけないようなタブーの域の質問じゃないっけ?まあ自然に接してくれと私が頼んだんだし別にいっか。
「人は一億から先は数えてない」
羊君の顔が強張る。結構大事なことをさらっと言った私を見てビビったのかな?それともちまちま数えてた私にびっくりしたのかな?どうなのかな?…………まあどうでも良いんだけど。
「他には何か狩ったモノとかあるのですか?」
周りの従者達の目が「それは聞いてはいけないだろう」と羊君に語っていたが、羊君は周りの目を気にせず、私の目をまっすぐ見つめていた。…………真剣になると他の事は気にしなくなる質か。そういう質は良いよ。私はその質だけは好きだな。
「んーとねえ」と私はわざとアホらしく考えるふりをする。あんまり真面目に語るとお食事中の皆に悪いし?テキト―に温度調節しなきゃね。
「星とか世界とか神とか…………かな。星は百幾つか、世界は五個くらい、神は狩りすぎて覚えてないなあ」
笑って見せる。人という生物にとって大きな存在である星や世界、信仰の対象でもある神にも生命がある。生命があるなら狩れる。望むならさくっと狩ってごらんにいれましょうか?…………なんてね。
「神様を…………狩ったことがあるのですか?」
「うん」
「何故?あなたと同族の神を狩るのでしょうか?」
羊君は真剣な眼差しで私を見つめる。いいねえ、その目。気弱な人なら殺せちゃうような目だねぇ。ま、鬼神さんには到底敵いっこないけど。
私は笑う。真剣な眼差しを心の底から嘲笑うように。
「理由は一つ。傲慢で欲が強く、無駄に生命に拘るからだよ。そんなやつは人だけで十分。―――――――私達死神は、そんな欲を持つ神やダメダメな人間、魂を失った凶星、力を失った世界を狩ることを生業としている」
「あなたも神じゃないですか」
「仮だけどね」
「何故?」
「神であって、神でない。私には何かを創造する能力なんて無いよ。私にあるのはとびきり強大な破壊の力と少しばかりの何かを変える誰でも使える変化の力。神様は創造の力と破壊の力を併せ持つ存在。どちらが強くてもダメ。均等に力を持たなければ、それを神とは呼ばない。……私達破壊神でもある死神の対となる創造神も本当は神と呼ばない」
羊君は「そうですか」といつの間にか持ってきた透明なグラスに注がれたオレンジジュースを飲む。
「片方に秀でたグリム様は神ではないと」
「そゆこと。だけど力が強大過ぎた所為か他のいろんなモノから神と呼ばれたの。他の同じ境遇の奴等もそう。私達はめんどくさくなったので死を与える神として死神と名乗ったのよ」
「なんだかものすごくチンプンカンプンで何話しているのだか分りませんよ」
「だって私アホだもん。話すことなんて物凄くチグハグ」
「はあ」
私は脹れて見せる。
それを見た羊君がころころと笑う。笑うと羊君は可愛いな。とても。男にしておくのが勿体ないなあと私は思ったのでちょっと提案してみる。
「ねえ君……女になる気は無い?」
「ぶっ!!」
オレンジジュースを盛大に噴き出す羊君。綺麗な放物線を描いたオレンジジュースは他のテーブルよりも一回りも二回りも大きなテーブルを橙色に染める。
そんなにびっくりすることなのかなあ。男で可愛いから女でもイケると思うんだけど。
「今ならちちんぷいっ!でできるよ?」
「本当ですか?」
羊君がテーブルの汚れを拭こうと席を立とうとしたのを私は止めて指パッチンをする。
一瞬で元通りになったテーブルを見て羊君がびっくりした。一応神なのでこれくらい当然…………のはず。
「すみません」
「いえいえー!」
ぱちんと指を鳴らして私は口の中で小さくちちんぷいっ!と呟く。私的には、相手のメリットとこちらのメリットを考えたうえで魔法をかけてみた。デメリットなんて気にしなーい。
ぷしゅーと羊君から煙がでて、その煙が羊君を包み込む。周りの従者達が何事かと見入っている。ただのマジックショーですよ。
煙が消えると同時にそこから美少女が―――――――――と思ったら毛むくじゃらの何かが出てきた。
毛むくじゃらの何かは困惑の表情で私の目を見つめ、口を開く。
「めえー」
「間違えた」
「めえー!!」
「ごめん」
「めえ、めえ、めえーー!」
早く元に戻してくださいよ!と言っているのだろう。鳴き声から分かるに羊になってしまった羊君。服は毛に変わったらしく何処にもない。体を構成している色んなモノを魔法で書き変えたら羊になってしまいました―!なんて洒落にもならない。
すぐに私は指を鳴らしてちちんぷいっ!と呟く。今度は上手くいくだろう。
先程と同じように煙が羊君を包み込む。…………頭の中に思い浮かべた羊を消して、羊君の容姿と女の子の容姿を頭の中でクロスさせて書いて構築したちちんぷいっ!の魔法の煙はきっと羊君を草食獣から人の姿に変えるだろう。
煙が晴れてくると、先程の草食獣が居た場所には腰まで届く白くてまきの強い長髪のとても可愛らしい少女が何故か泣きながらそこに立っていた。大きく丸いその瞳からポロポロと大粒の涙を床におとしながら羊君は私の瞳を見つめると「先程はどうなるかと思いましたよ!」と少々ハスキーな声で私を怒鳴りつけた。……見た目が羊なのに声がハスキーってどうなのよ。
「まあ、人間になれたからいいってことで」
「即刻戻してください。服のサイズが違うし背が低くて見える範囲が違うし声がおかしいし……」
「文句言ってんじゃないの!」
私はついつい怒る。こちとら慣れない作業で手間取ったんだからそんなに文句言わないでよ。……私はやっぱり魔力をドバドバと使った派手な戦闘の方が向いている。
「歩きづらいのですが……」
「我慢しなさい!……女の子になった気分はどう?」
私は再び怒ると、気持ちを切り替えて質問してみる。意見聞きたいし。だって神様だもの。……関係無い?後で首刎ねるよ?
羊君は涙を自分のハンカチで拭くと、人差し指を顎にあてて考える。「うーん」と考える様は正しく悩める少女だ。
「胸の存在感と、股の喪失感が何とも言えませんね。…………男の勲章を失った感じです。個人的にいえば悲しいです」
「じゃあつけて欲しかったの?」
「いえいえいえ!そんな教育上よろしくない姿にはなりたくありませんよ!」
女の子の容姿でアレをつけるのは流石にまずいよね。色々とまずいよね。そんなことしたらスーちゃんに怒られる。…………下手すると絶交される。そんなの嫌だ。
「ところで…………」と羊君は私に質問してきた。
「早く戻してくれませんか?」
羊君は両掌を合わせて懇願してくる。まいったなー。…………何故まいったのかというと「ちちんぷいっ!」の魔法は簡単で誰でも扱えるモノだが、その魔法で変えたモノは再び元の姿に戻すことは出来ない。何故羊君が人間に戻れたのかと言うと、それは男ではなく女だったから。性別が違う、種類が違うなら戻せる。(人種を変えて、一度変えた性別を変えることはできない。人種を変えても生物としては同じだから雄雌は戻らない)いくら神様でも破壊に特化した死神だからそこら辺の細々したことは変えられない。変えられるのはチャンネル共通で神様のまとめ役をしている大神、新しく魔法をつくるにはつくることに特化した創造神と膨大な魔力を持った大賢者くらいしかいない。私の知っている創造神はめんどくさがりやで三度の飯より昼寝が好きなグータラだから使い物にならない。他の創造神は死神を毛嫌いしていて話し合いにならないから無理。大賢者は今のところスーちゃんと他二人しかいない。
「シープス、それは無理だよぉ?」
と、私がどうしようかと考えていると後ろから間延びした様な良く知っている声が聞こえた。スーちゃんだ。こんな変わった話し方をする人物はスーちゃんくらいしかいない。傍に鬼神さんやド変態執事や気味の悪いペッタンコ侍女が居て、スーちゃんを護る様に立っている。
シープスと呼ばれた羊君は慌ててその場に気をつけをすると一礼する。なんで鬼神さんに向かってなんだろう。普通主であるスーちゃんじゃないの?……スーちゃんは特に気に留めずに語り始めた。
「ちちんぷいっ!の魔法は誰にでも使える超絶便利な魔法だけれど、一度変えたモノはちちんぷいっ!の魔法ではもう二度と戻せない。大神の気が変わらない限り」
スーちゃんの言葉を聞くと羊君はがっくりとうなだれた。そんな羊君をフォローしようとしたのか、ド変態執事は羊君の傍によって肩に手を置くとニッコリと微笑んだ。
「落ち込むことは無い。君は立派なモノを手に入れたじゃないか。夢と希望の塊を」
ド変態執事は羊君の胸に話しかける。羊君は「はあ?」と何やら困惑した表情でド変態執事の顔を見つめる。
「榊嬢程ではないがこれはなかなかの代物だ」
ド変態執事なりに褒めているのであろう。しかし羊君は頬を朱に染めるとド変態執事の顎目がけてアッパーカットを叩きこんだ。アッパーカットは見事にド変態執事を上に撃ち上げる。なかなかセンスが良い。あのド変態執事が油断していただけかもしれないが、ド変態執事は二十メートルくらい上に撃ち上げられると、降下しながら体勢を整え、見事に着地した。
「とりあえず、お嬢様のお世話は私に任せてお眠りになっていてください」
着地した瞬間、気味の悪い侍女はド変態執事の首筋にスタンガンを押し当てるとド変態執事の骨が透けて見える程に電流を流す。その場にドサッと倒れたド変態執事を肩に担ぐと気味の悪い侍女は目で羊君に謝ると鬼神さんの斜め後ろに下がった。そのスタンガン、出力おかしいよ?どうやったら人の骨が透けて見えるくらいの電流をスタンガンで流せるの?やっぱり改造?それも魔力をこめた?……私わかんない!
「とりあえず、落ち着いたので飯にするでござるか」
全然落ち着いていない気がするけれど、まあいいか。
テキト―に鬼神さんがその場を締めると、皆その流れでVIP席に座るとご飯を食べる為に注文を始めた。羊君は危なっかしいので私の傍に置いておき、気味の悪い侍女はド変態執事を椅子に縛り付けると皆の注文を聞いて厨房の方に駆けていった。
この後、ド変態執事だけが飯抜きになっちゃったのは当然のことだ。
今回はグリム視点で、結構はっちゃけてます。
話がかみ合っていない、文法めちゃくちゃな気がしますが気のせいだと信じたいです。
遅くなって申し訳ありませんでした。
それでは。