壱話 釣られる。
壱話 釣られる。
(…………?ここは噂に聞く地獄でござるか?)
食べられてからしばらくして榊が目を覚ました場所はとても薄暗い洞窟のようなところであった。
かつて幾人もの人を斬り殺してきた榊にとって、彼のような武士は基本的に地獄におちるのが当然である。
人を斬り殺すというのはとても大きな犯罪である。
たった一人でもその罪は重いというのに、榊の場合は桁が違う。
地獄にいると噂される閻魔大王にとっては気色悪い笑顔を浮かべながらウェルカムと歓迎できるほどの人間だ。
「それにしてもなんか臭いでござるな」
榊は食べ物が腐ったような臭いやなんかの動物の死体の悪臭が混ざったような臭いに鼻を手でつまむ。
しかし榊は鼻を手でつまんだ瞬間ふと疑問に思った。
(?なんか声がおかしいでござるな)
榊は試しに声をあーと出してみる。
甘く、少し高い声が喉元から聞こえた。
(!?)
榊は自分の籠手をはずし、自身の喉元に手をあてる。
いつもならそこにあるゴツイ喉仏が無くなっていた。おまけに自身の腕が多少細くなり、短くなっている。
薄暗いのでよく見えないが、将軍に仕えていた頃に城下町で見た町娘にそっくりな腕をしていることがよくわかる。
榊は絶句した。
今ここに鏡があれば今すぐにでも見たいという衝動に駆られる。
榊はとりあえずじっとしていてもはじまらないと思い、籠手をつけてから榊の近く周辺を調べてまわることにした。
(地獄は最悪でござるな。臭いしなんかヌルヌルしている物が多いし、ごちゃごちゃしているしおまけに体が重いでござる)
体が重いのは地獄のせいではなく、榊が幾分か背が縮んだことが関係しているが榊は気がつかない。
なんだかさっきから調べていて見つかるものが白骨化した死体やら古くなった木造の家具だとか金貨の入った宝箱ばかりで榊は調べ始めて早々に飽き始めていた。
「つまらんといっても地獄なのだからしょうがないでござるな」
甘い声が誰もいない空間に空しく響く。
それにしても、と榊ははぁというため息とともにひとつわかったことがある。
(さすが地獄でござる。かなり広いでござる)
榊はもう数キロ近く歩いているはずなのだが、いっこうに進んでいる感じがしない。
死体なんかは無視していたが、金貨は無視することができずに近くに落ちていた手頃な麻の袋に詰めている。
「何処の国の物かは知らないでござるが集めておいて損はないはずでござる」
榊は昔から金銭を集めるのが好きだった。
というか少しばかり強欲であったことは自分でも自覚している。
盗人をとらえたときにちょっとばかし盗人の所持金からくすねておいてから盗人に盗まれた金銭を商人に渡したりなどして、将軍に褒美に多額の金銭を要求して貰ったりすることがたまにあったのが良い例だ。
今思い出すとなんてことをしたんだろうなと榊は苦笑いをせずにはいられなかった。
ところはかわって、ある海に浮かぶ小船。
「なんか今日は全然釣れませんね」
「そうだな。こういう天気の良い日に限って釣れないな」
金髪碧眼の若い青年たちはのんきに釣りを楽しんでいた。
二人でのんきに釣りをしているさまはまるで二人並んでお茶をすする老人の雰囲気に似ていなくもない。
この二人は料理人見習いである。
いつもはどこかの大きな屋敷の厨房でガタイの良く、強面な通称親方の料理長にビビリまくりながらきびきびと皿洗いをしたり、厨房を掃除したり、庖丁を研いだりetc.…………と数えきれないくらいの仕事をやっている。
今日は偶々親方に魚を釣ってこいと言われ二人して喜び、嬉々として船をこぎだす。
そして海に糸をたらして数時間このままで現在に至る。
「それにしても、あの鯨でかくないですか?」
「そうだな。なんかかなりデカイ鯨だな」
一見美少年風の青年は左手ですぐ近くにいる鯨を指差す。
それにああ。と答えるちょっと髭が伸びてきている見た目おじさんのような青年興味なさそうである。
この二人は二人揃って屋敷の中ではのんびり屋、悪く言うとサボりという印象がもたれている。
ちょうど二年前から親方はこの二人に目をつけて教育をしているけれども、この二人は二年前からいっこうに変わる気配がない。
親方はこの頃頭痛がするとかしないとか。
「あっボル。鯨が潮吹いた」
「本当だな。傘をさすか」
ボルと呼ばれたおっさん風の青年はビニールの傘を美少年風の青年に放り投げる。
それを美少年風の青年は釣り竿を左手に持ち替え、右手でキャッチする。
ありがとうございますというお礼の言葉を添えながら。
サアアアアという小雨のような潮が上から降ってくる。
「おおっ虹だ!見てみろよ。ゴルド」
「いつ見ても虹というものは綺麗ですねぇ」
ゴルドと呼ばれた美少年風の青年はのんきに空を見上げる。
と、その時何かがドッパーンという派手な音をたて、水飛沫を二人にかけながら船の近くに落ちた。
「なんか落ちましたね」
「気にするな。それよりも濡れちまったな。最悪だ」
せっかく新しい服だったのにとボルは唇を尖がらせて鯨にキレかかっている。
それをゴルドはなだめて、そろそろ帰りましょうかとボルに提案する。
「そうだな。帰るか」
服がぬれてしまい、風邪をひきそうだった二人はそろそろひきあげることにした。
一方船の近くの海中
(溺れる!拙者は泳げないのでござるよぉ!)
榊は金貨集めの最中に鯨の潮吹きによって吹き飛ばされた。
あまりに突然のことに頭がパニック状態になっている榊は必死に海中でもがくも、鎧兜や刀、金貨等の重さのせいかどんどん沈んでいく。
もうだめかとあきらめかけた時、榊は見慣れた糸につながった釣針のようなものを見つけた。
(不幸中の幸いでござるな。ひきあげてもらうとするでござる)
榊は上にあがりかかっている釣針につながった釣り糸をまるで神の救いの手かのように感謝しながらつかまる。
そして力強くひく。
「なんだぁ?」
「魚ですかね?ひきあげてみましょう」
上から聞こえてきた二人の青年の声に感謝しながら榊は早くひきあげてくれと願う。
「ん?こりゃかなり重いな」
「手伝いましょうか?」
「ああ。頼む」
「それではいきますよ」
せえのっという合図とともに榊は一気に引き上げられた。
ふうと榊は息をはくと二人の青年と目があった。
「リリースしますか?」
「そうするか」
言葉の意味はわからなかったが、海に戻されそうになったので榊は慌てて手を合わせて懇願する。
「戻さないでくれでござる!拙者は泳げないのでござるよ!」
その言葉に二人は顔を見合わせた。
まさか生きてるとは思わなかったからである。
「取り合えず、このお嬢さんをひきあげますか?」
「そうだな」
その言葉に榊はむっとしながらも助けてもらうことにはかわらないと思い、二人に改めて感謝する。
そして榊は徐々にひきあげられていったのであった。
なぜか榊の性別が変わっていたことに自分でもびっくりです。
当初の予定では性別を変えるつもりはなかったのですがねぇ。
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