拾壱話 外出参。
今回は少し長いです。
拾壱話 外出参。
ドンパンドンパン!ドンパンドンパン!
空砲の大きな音が若干曇り気味の空に響く。
ラファエルの森を抜けて数キロ先にある町「スタイン」は他の町に比べたらとても大きな町だった。
町から町へ行き来する行商人が大勢この町の宿に泊まったり商売なんかしている。
そのためか、品も多く世にも珍しい品物が手に入ることもしばしば。
いつもお祭り騒ぎなほど賑やかなこの町には貴族や平民等の身分も関係なく、様々な人間が買い物に訪れていた。
「ねえー榊、こっちの服なんかどぉ?」
「ふりふりが嫌でござる。却下」
「榊嬢。こっちなんかはどうだ?」
「布地面積が主の物に比べて極端に少ないと思うのだが?まったくとんだ変態爺でござるなぁ。クランツ殿」
スタインの町の中央。どでかくて美しいまさに水の彫刻と言える噴水の近くの大きな衣類専門の店「プリマメ」の女性服のコーナーにて。
スーはやたらとふりふりに拘り、クランツは布地面積が少ないのを勧めてくる。……男の性か。
ともかく、普段着が着物しかない状態を打破するべく榊たちは昨日できなかった買い物をしていた。
ふりふりは可愛いと単純に思う榊だが、流石に自分が着る姿を見ると鼻血が噴出するので却下。
「こういう物は主が着たほうが似合う」と榊は思う。少女なのだし。そもそも自分にはサイズが合わない。いくらスーに体の年齢がこの中では一番近くても。色々と邪魔な部位があるのだし。
クランツは何故かこの体をもっと引き立てようとする。そんな過激な物を着て外なんかに出られるわけないのに。
〈まさか自分が観賞するために勧めているのかもしれないのではッ……!〉
ちらっとクランツのほうに顔をむける。
布地面積が少ない服を片っ端から選んで「うーん」と普段無表情という名の仮面をはずし、真剣に悩んでいる。
周りの客がとても痛い目で見ているが、気にしていないというか気づいてすらいないというか……なんだろうか。
〈昨日の“紳士”はもしかしたら“変態という名の紳士”の略なのではないのか……〉
こんなことを考えているうちに嫌な汗が止まらなくなっているのはなんでだろうかと榊は疑問に思いたい。
横から荷物持ちとなっているサヨが片手を空けてハンカチを取り出し、榊の額の汗を拭いてくれるのはとても助かると榊は思う。
「すまんでござる。サヨ」
「いえ。別に良いですよ。榊様のお綺麗な顔にそんな悪い汗なんて似合いません」
にこっとサヨは微笑むと、ハンカチをポケットにしまうと片方の手に持っていた荷物を両手で持ち直す。
とてもできた従者だと榊は思う。気が利いて、命令は忠実にこなし、綺麗好きで、料理がうまく、公私がしっかりしてる〈?〉サヨはとても良くできた従者だ。
昨日は別人みたいだったが。
昨日のことを振り返って…………サヨに、板、ペタンコ、貧乳等の胸に関することが地雷だと発覚し、サヨの前で胸のワードをだすのは禁止された。
普段優しい人が怒ると怖いという話はよく耳にするが、まさかこれほどとは想像もつかなかった。
あの後スーの尻は赤く腫れ、普通に座ることができなかった。
今はもう大分収まったが、まだひりひりするという。
「あ、これなんかどうですか?」
そういってサヨが出してきたのは白の清楚なワンピース。
無駄な飾りが無く、比較的大人しいかんじのデザインの物で榊の好みであった。
「良いでござるな。サヨは見る目があるようでござる。ちょっとそこの試着室で着替えてみるでござる」
「どうぞー。終わったら言ってくださいね?」
早速榊は近くにあった試着室の入る。
サヨは降ろしてればいいのに両手に荷物を持ったまま試着室をじっと見つめている。
スー達はそれぞれの好みの服を持ってサヨの隣でわくわくしながら待っている。〈一名無表情という名の仮面を装着中〉
数十分後。
「着替えたでござる」
「はい。じゃあ出てきてください」
榊が試着室のカーテンをすっと開ける。
おおっとクランツは無表情の仮面をはずし、驚いたような顔をしている。
サヨはいつものスマイル顔で「似合いますねー」という言葉と共に〈胸がかなり目立ってますけど〉と小声で呟く。
スーは何にも言えないのかただあんぐりと驚きのあまり口をだらしなく空きっぱなしにしている。
そこにはお嬢様がいた。何気に麦わら帽子まで頭にのせ、微笑んでいる様はスーなんかよりもとてもお嬢様らしかった。
榊の果実がとても目立つが、ここまで清楚な恰好が似合うとは一同想定外だった。
「じゃあさ、次はこれ着てみてよぉ」
「?命令でござるか?」
「うん。言わなくても分かるでしょ?」
「承知したでござる」
と、少し上機嫌な榊にスーは世間一般的に「ゴスロリ」と呼ばれている黒い服を榊に手渡し、カーテンを閉める。
これだと次はどうなるのかとスーは頬を紅潮させ「まだかなまだかなぁ?」同じ言葉を連呼し始めた。
それから数十分後。
「と…………とりあえず着れたでござるが……ちょっとばかしキツイでござる」
「そうー?とりあえずかーてんおーぷん!」
そこに現れたのはどこか病んでる人特有の空気を纏った榊であった。
榊が両手で抱えているウサギのぬいぐるみは、榊の果実に圧迫されてとても苦しそうに見えた。
クランツは顎に手をあて、値踏みするように見つめ「なかなか」と呟いている。サヨは頬を染め「良いです良いですよお!榊様よいですよお」と何故か涎を拭いている。
スーは何故か無心に「あのウサギになりたい」と壊れたテープレコーダーのように何回もぶつぶつ言っている。
「それにしても榊嬢?」
「何でござるか?」
「試着、楽しんでないか?」
クランツがまた“無表情という名の仮面”をつけた状態でぼそっと、あまりにも普通に言う。
は?と榊は首を傾げ、何を言っているのかわからないという表情をする。
「そうか」とクランツは一言小さく呟くと、ビシッと右手の人差し指を榊にむけて口を開く。
「そのオーラはヤンデレと言われる者が発するオーラに酷似し、その目はいつもの威勢の良い目とは違い、とてもダークでまさに死んだ魚のようなとても病んだ人そのものの目だからだ。特にその目の下についている隈は墨のようにどす黒い。まさになりきっていると思われるのは私の見間違いか?」
「いや、そういうつもりじゃあ…………」
「しかし!まだ病んでる人には程遠い!!やるなら徹底的にやれ!」
「はあ…………」
「なら次はこれを試着し、その道の人になりきってみせるがいい、榊嬢!」
クランツは自分の選んだ物と一緒に榊を試着室に押し込む。
そしてカーテンをびっと音が鳴るくらいの力で閉める。
〈サヨぉ……クランツ壊れちゃったのかな?〉
〈多分あれが本来のクランツ様です。他のお客様の迷惑ですよ……はあ…………〉
クランツが腕組みすること数十分。
途中で「なんでこれはこんなに布面積が少ないんだー!てか水着じゃないかっ!!」という声が聞こえたが無視するスー達。
他のお客様のひそひそ声を聞いたサヨが片っ端から頭を下げまくっている。
対して、クランツは不動。
スーはおろおろ。
なんとも、クランツが暴走している感じがするのは気のせいだと思う。
「着れたでござるが、無性に恥ずかしいというかなんというか…………とても見せられるものではない物なのでござるが…………」
「スーお嬢様!」
「えーとお……かーてんおーぷん」
シャッと言う音と共に現れた榊は、一昔前に流行ったセクシーポーズを照れながら決めていた。
その姿を真正面にいたクランツは見た瞬間…………ぶしー!!
「うわあっ!汚いでござるクランツ殿!早く止めるでござる」
「ふ…………それは……無理なことだ、榊嬢…………それにしても凄すぎるゥ!!」
クランツは、大量の鼻血と共に床に仰向けに倒れスタインの中央にある巨大な噴水に負けない、見事な血の噴水と化した。
「あれえ!?……この鼻血、いくらティッシュ詰めても……と、止まらないよぉ!?」
「榊様!早く着替えてください」
「了解したでござる……と!?」
手を真っ赤に染めて半泣きになるスー。その様子を見て荷物を置き、クランツに駆け寄るサヨ。着替えるべくカーテンを閉める榊。
「くっ……誰かぁ!お嬢様、私たちだけではどうにもなりません。応援を呼びましょう!」
「そうだね。いくよぉ!」
スーは血の汚れをおとした後に、片手を高々と上げ叫ぶ。
『私の名、スー・R・ユガのもとに。私と契約せし我が従者、ユガ邸衛生兵召喚!!』
ちなみにこの世界の呼び出し系の魔法の詠唱には最低限自分の名と呼びだす物の名が必要であり、他は適当でも何とかなると榊はスーに聞いたのを思い出した。
「御呼びでしょうか、お嬢様?」
「この変態爺もとい、クランツの鼻血を止めて!後他言したら喉斬るからそのつもりで」
「サー、イエッサー!」
ぱっと光と共に現れたユガ邸衛生兵はざっと五人程度だった。
そんな少人数で足りるのかとサヨは思ったがどうやら大丈夫そうだ。
「それでは」
「うん。助かったよぉ。じゃあねえ」
光と共に、ユガ邸衛生部隊は役目を終えると消え去った。
十分という短い時間の中であっさりとクランツの鼻血は止まった。
今はよろっとしているが時期に治るとのこと。
その言葉を聞いて安心したのはほかでもない榊だ。
もう若くないのだし、こんなに出血してよいものだろうかと心配だったがこの変態爺は思ったよりも大丈夫そうだ。
「サヨ、主。一つ尋ねたいことが…………」
「なーにー?」
「どうしました?」
「えーとっ」と榊は軽く咳払いしながら決心した顔で口を開く。
「あの、その……拙者の水着姿はどうだったのでござるか?」
「ああ」と二人は顔を赤く染め、言葉を選んでいるような仕草を見せる。
そして頭に古風な豆電球が浮かび、光がつくと同時に「あ」と声をあげる。
なにか思いついたようだ。
「なんというかねえ、効果は抜群だったんだよ。クランツに」
「少し布がずれてましたからね。あらぬものが見えたのではないかと……」
「そうでない!“拙者の水着はどうだったのか”ということを聞いているでござる」
榊は顔をかあっと赤く染めながらも二人に問うた。
「一言で言うと、同じ女性であっても鼻血が出そうになるほど凄くエロかったです」
「もう十八禁みたいな感じの。スーみたいなお子様にはまだまだ免疫が……」
湯気がでるのではないかと思わせるほどに赤くなる榊。
もう水着は着ないと心に決めたのであった。
そんな出来事から大分経ち、買い物が済んだ榊たちは中央の噴水の近くにある長いベンチに四人で座っていた。
あの後、鼻血で汚れた物はお買い上げとなり随分と多くの物を買った。
もちろんクランツの自腹で。
今、心身共に白くなり、クランツの心と財布に残っているかすを風に残らず奪い取られたクランツはベンチで白くなっていた。
サヨは今近くを通っているパレードを見てにこにこしており、スーは片手に風船。片手にペロペロキャンディを持ち、とてもきゃっきゃとしている。
今日はまことに疲れたなあと榊はため息をつく。
まあでも楽しかったから良いかと、少し眠ろうかと欠伸をした。
その刹那。
「っ!主!伏せるでござる!!」
「え?」
ダンッギンッ
その言葉の数秒後にスーの耳に銃声と何かを斬る音が聞こえた。
聞こえたと思った時スーは既にクランツによって地べたに強引に倒され、クランツはその上に覆いかぶさっていた。
一瞬何が起こったのか理解できなかったスー。
しかし、すぐに自分は殺されかけたと気づく。
どうやら斬る音は榊が銃弾を斬る音だったらしく、着弾したような音は聞こえなかった。
現に、榊は刀を抜いてまっすぐに何かを見つめていた。
少し顔をあげて榊の視線を追う。そこにあるのはさっきまでの賑やかな音が消え、静まったパレード隊。その突然の銃声に驚き辺りを見回す青い服の集団の中に他のトランペットと同じ作りをしているが、音を出す口のような部分が若干小さいトランペットを持った青年がちっと舌打ちしている姿が見えた。
そのトランペットから出るわずかな煙は曇っている灰色の空に同化している。
ぞっとスーの背中になにか冷たい物が走った。
ドンッ
突然のことにびっくりしていると、スーの近くで新たな銃声が響いた。
音の主は誰かと顔をあげると、そこにはリボルバーを片手で撃ったサヨの姿が見えた。あのふりふりのスカートの中に常に隠し持っていたのだろうとスーは思う。
もうもうと白い煙が銃口から漏れる。
サヨは顔はいつものスマイル顔だったが、目は笑ってなかった。当たり前か。
新たな銃声が響いた数秒後、舌打ちした男は突然その場に倒れた。
「動かないでください。そこの奇妙なトランペットを持った男を捕まえてください。私の仕えるお嬢様を狙撃した輩です。捕まえ次第、簀巻きにしてなんの楽器も持たずに手を頭の後ろにやって噴水のほうに集まってください。逃げようとしたらそこの男みたいに容赦なく撃ちますので大人しく従ってくださいね?あ、簀巻き用のロープをそちらにお渡しします」
そうペラペラと喋った後にサヨはどこから取り出したのか結構な量の縄を投げ渡した。
それを太鼓を担当していた大柄な大男が見事にキャッチし、急いで青年を簀巻きにする。
その際、大男はびっくりした。
青年の撃たれたと思われる腹から一滴も血がでていないことだった。殺傷弾ではなくゴム弾か何かだと男は理解した。
「縛りました」
「それじゃあ噴水の周りに集まってください。あ、そこの刀を持った人の近くで良いです」
パレード隊の面々は手を頭の後ろにやって次々と噴水のほうに移動した。
皆怯えたような表情をしている。
「さてと」
サヨはパレード隊が残していった楽器の中にある奇妙なトランペットと簀巻きにされた青年を回収し、青年をそこらへんに放り投げた。
「榊様。警備隊の方はいつごろ到着されますか?」
「もう来る」
榊は刀を既に鞘におさめていた。右手の親指を突き出してくいっと自分の後方を見るようにサヨに示すとそこには黒い服に身を包んだ警備隊が駆けつけて来ていた。
「あぁ、こっちです。えーと、あそこに転がってる男がですね…………」
起こった出来事をペラペラとサヨは警備隊に話す。
この後、パレード隊は全員事情聴取され、榊たちにも色々聞いた後に警備隊は凶器の奇妙なトランペットと簀巻きにされた男をセットで連れて行った。
「さて、お嬢様。帰りますか」
「うん。こういう場所で狙われたのすごい久しぶり」
「まあ無事で何よりでござる」
「それでは」
スーは短く呟くと、榊たちは光に包まれ、シャボン玉が割れるようにしてその場から消え去った。
長いせいか最後のほうが拙くなってしまったような気がします。
まだまだ勉強が足りませんね。
今回はクランツさん暴走してます(笑)
感想、指摘など一言お待ちしております。
それでは。