八話 日常。
八話 日常。
「それにしても」
榊は白い空間の中でふと疑問に思うことがあった。
「どうしたのぉ?榊?」
「いえ、主。あのけしからん者共は今頃どうなっているのかとふと疑問に思ったでござる」
「ああ、あれねー」とスーはつい一週間くらい前に来た榊の言うけしからん者共もとい、夜の侵入者たちのことを思い出した。
自分の睡眠を妨げたあの者共のことはスーにとっては「あれ」と言えるほどどうでも良い者たちであった。
正直、牢に閉じ込めてからはろくに知らない。
そのことを榊にニコニコと微笑みながらスーは自分も知らないということを伝える。
「そうでござるか」
「まぁ、でも大抵の場合は労働かぁ一生閉じ込めとくかぁ人買い商人に売るくらいだね-。たまに公開処刑したりするけど」
「はぁ」と榊は相変わらず軽く喋るスーの言葉を若干流しながら聞いている。
「人買い商人とは何でござるか?」
「んー?言葉の通りだよ?人を売ったり買ったりする商人のことをそう言うんだよぉ?まあ大体売買される人は貧しい人たちだね」
知らなくて当然だよねとスーは笑いながら話す。
聞かなきゃよかったと榊は思う。この世界での表し方だと……カオスとでも言うのか。そんな暗い部分の一部分を榊はスーに実に軽いかんじで教えられたのだ。
「ま、そこまでして稼がないと食べていけない人たちがいるのはかわいそうだよねー。でも、中には榊みたいに綺麗な人を拉致して売り捌く人もいるから気をつけてねぇ?」
「そんなけしからん奴がいるとは……始末するべきでござる」
「どれだけいると思ってるの?そんなことは不可能だよ。そんな人間のクズは掃いて捨ててもどんどん虫が湧くかのようにそこらへんからでてくるからね」
「…………」
いつにもなくスーは真剣な口調で喋る。
その顔に表情はなく、真っ白で精巧な蝋人形が喋っている様を見ているようで榊は寒気を感じた。
「まー、そんな暗くてカオスな話は置いといてぇ……なにか楽しいお話でもしよー?」
「はあ……わかったでござる」
スーはさっきの無表情からにぱーとした笑顔に表情を変えて人身売買の話から明るい話題へと変えようと榊に言う。
それに榊はまだ聞きたいような顔をしていたが、主の提案とあってか賛成の意思をスーに伝える。
「さて、何を話したらよいでござるか……」
「うーん……」
しかしいつもいろんなことが口をついて出てくるというのに今回はなかなか出てこない。
長い間の沈黙。
榊は気まずそうに視線を泳がせ、スーは笑った表情のまま蝋人形のように固まっている。
「フム。では私から。榊嬢は好きな男性でもいるのか?」
「あれ?クランツ、いたの?ごめんねー気付かなかった」
「同じく。クランツ殿の気配はまるで空気でござるな。拙者がそういうのだから誇っても良いでござるよ?」
「フム。笑いながらそういうことを言われるとさすがに私でもこたえますな」
クランツは無表情で淡々と語る。
本当にこたえているかわからないが、一応人なのでこたえているのであろう。
クランツは表情を変えることなく「榊嬢、答えは?」と答えを要求する。
「拙者、男に興味はないでござる」
「榊って……レズ?」
「れずとは何でござるか?」
「知らないほうが良いと思うぞ?」
榊は自分の知らない言葉の意味を尋ねるが、クランツに却下される。
榊の頭の中をもやもやが支配する。
むぅと唇を尖らせる榊を見てスーは微笑する。
クランツはどこか残念そうな顔をしてため息をつく。
「それでは、好きな女性はいるのかな?」
クランツの残念そうな質問に榊は頬を染める。
ほんのりと桜色に染まる榊の頬を見てスーは身を乗り出して「いるんだね!?」と興奮気味に榊に聞く。
稀に見せる乙女の表情になったスーを見てクランツは眉を動かし、「ほお」と興味深そうに榊を見る。
「拙者が前に仕えていた将軍の一人娘、秋蓮様でござる」
「へー。今でも?」
「はい。いつも想っているでござる」
「想いを告げたりはしたのか?」
そこで榊はふるふると首を横に振る。
「なんでぇ?」
「あの方は拙者ごときの武者にはもったいないでござる。それに将軍の娘。そんなことはできぬ」
「……ふーん」
「私たちの世界ではどんなかんじの恋なのだ?」
榊は少し頭をひねって答えをだす。
「一国の王の娘に恋をした兵士と言うところでござるかな。いや、大げさか」
「確かに。王の怒りをくらうのは目に見えているな」
「あららぁ。そりゃまた大変な恋を」
榊はため息をつく。「もはや完全に叶う恋ではないでござるな」と呟きスー達に笑いかける。
「そんなことより、主には好きな人はいないのでござるか?」
「え?スーは皆好きだよ?クランツも榊もサヨも皆」
「それはそれは。とてもうれしいですな」
クランツはいつもと変わらぬ表情で言う。
しかし声が若干変化していることから嬉しいんだなと榊は思う。
「主は優しいのでござるな。こんな鬼神とも呼ばれる人殺しを好きと言ってくれるとは」
「そんなことはないよ。優しくなんて」
照れるスーを見て榊は微笑む。
心の中の片隅では秋蓮のことを思いつつも、今は新しい主であるスーのために忠誠を誓おうと榊は改めて思った。
「それにしても榊はそんなに強かったんだぁ。人もいっぱい斬ったりして」
「そうでござろうな。しかし斬ったと言えど、そんなに数は多くない。実際には一つの戦で十数人くらいしか斬っておらぬでござる」
「なんで?」
「拙者は相手を死なせることが好きではないでござる。それゆえ、大抵は峰打ちで仕留めているでござる」
「じゃあ実際にはその峰打ちで仕留めた数も含めるとかなりの数になる?」
「そうでござるな。拙者が殺した数は多くないが、仕留めた数は多いでござるな」
スーは感心する。あの混沌とした異世界の戦場で名を轟かせた鬼神、榊ができる限り殺さずに仕留めていたことに。
榊がいた世界では殺した数だけ数えていたようだが、スーは榊の実際の撃破数を数えてみたくなった。
「クランツ殿は好きな人はいないでござるか?」
ふと、またもや空気になりかけていたクランツに榊は質問する。
瞬間、榊はスーに手を叩かれた。
〈つい三日前に先立たれたばっかのクランツになに聞いてるの!?〉
〈そうなのでござるか!?知らなかったのでつい……〉
スーは榊に耳打ちする。
そういえばクランツは三日前にかかってきた電話にでてから突然「少し、お暇をください」と言ってスーの返事も聞かずにクランツは屋敷の中を走りながら出て行った。
なにがあったのかと榊は疑問に思っていたがまさか長年付き添っていた妻に先立たれてたとは。
「クランツ殿。すまないでござる」
「謝ることはない、榊嬢。もう過去のことだ」
クランツは相変わらず無表情で榊に言う。
「あれ?もう大丈夫なの?泣いたりとかはしない?」
「大丈夫です。泣く心配はありません。なにせ涙が枯れましたから」
いくら機械のようなクランツでも人間。
長年連れ添い、最も愛した妻に先立たれもすれば涙が枯れるのも頷ける。
そんなことを淡々と語る無表情で機械のようなクランツが涙が枯れるほど泣いたということは到底信じられる話ではなかったが、スーの話を聞いている限りでは本当のことだと信じるしかない。
「さて、話題を変えましょうか?それともトランプをしますか?それとも外に出ますか?それとも榊譲を着せ替え人形にしましょうか?どうします?お嬢様」
「クランツが決めてー」
「わかりました」
クランツの目がキランと輝く。
クランツの提案の中に寒気を感じる物があった榊は身構える。
「そんなに警戒するな。榊嬢。ではお嬢様、外にでも行きましょうか」
「そうだねぇ。榊も一緒にね?」
「承知したでござる」
外に行くことを提案したクランツはどこか残念な表情をしていたが、すぐにスー専用の日傘を用意して、先に出て行ったスー達の後を追いかけた。
遅くなりました。
八話目投稿です。
少々雑ですが楽しんでくれたらうれしいです。
指摘、感想等一言お待ちしております。
それでは。