点々と白々
初投稿です。読んで頂けたら幸いです
自分には友達がいる。真っ直ぐでツヤツヤの黒い髪に、笑顔と泣きぼくろがチャーミングな子。里奈。
彼女はいつも皆の中心…とは言わず、女子グループの子達と昼休みに机をくっつけて、始業時間ギリギリまでだべっては、長いまつ毛をふわふわ揺らして楽しげに笑う子である。
私、文香もその女子グループの中の一人だ。彼女と同じ黒髪。でも艶とさらさら感が違う。私の髪はあちこち跳ねてアホ毛が目立つ。高校に上がってからコンタクトに変えたから、見た目は中学の頃より少しマシになったと思いたい。
正直、私の目には、彼女の周りの人間は皆霞んで見えてしまう。里奈は一番に顔がいいとか頭が良いとか、そういう訳じゃないけど、人間的な魅力があるのだと思う。私は、そんな彼女が好きだ。
恋愛的な意味でも、友人としての意味でも、彼女が大好きだし、愛している。
私の周りの人間はだいたいこう。初めは仲良くなる。一緒に話す。LINEやインスタを交換し合う。お昼を一緒に食べて、休日はどこかへ遊びに行って、どうでもいいメッセージを送り合う。
でも、その子は新しい友達を作っていく。
お昼は新しい子と食べるようになる。ふとインスタのストーリーを見たら、新しい子と撮ったプリクラが載っている。気づけば、最後にメッセージした日は一ヶ月ほど前になる。
私は段々とどうでも良くなる人間。
……でも、里奈はそうじゃない。中学の頃に仲良くなってから、いつも私を優先してくれる。グループが出来ても、私との繋がりを大切にしてくれて、笑っちゃうようなメッセージが、毎週のように私のスマホを震わせる。
だから、好き。私を見てくれる彼女が好き。唯一無二の彼女が好き。皆のてっぺんに登らずに、自分の好きな場所で胡座をかき、私を見つけたら笑顔で手を振ってくれそうな彼女が大好き。
…………でも、彼女が好きなのは男の子だ。
隣のクラスのサッカー部。皆の間で『ライト』と呼ばれている──明るいし、いつも右側の寝癖が跳ねているので──男子だ。女子にモテそう…かと言われたらそうでない。けど、だからこそ彼女らしい。「いかにも」な人間にいかないところが。
昼休みに隣のクラスを覗いては、目が合ったなどと言って黄色い声を上げ、私の肩を揺さぶる。頬を赤くする彼女を見て、「可愛い」と言ったら、何言ってんのよ、と更に赤くなった頬で返された。
放課後には、スマホと格闘して、DMの返信が来たとか、なんて送ろうか迷うとか言う彼女に付き合う。
里奈はチャット画面を私に見せながら、懇願するような目で「返信の内容一緒に考えて…!」と言ってくる。
そんな彼女を見て、頼りにされているな…という高揚感を覚えつつ、ああ、私は愛する人のために恋敵の手助けをするしかないのだな、とも思う。
悔しい。私は彼女ばかり見ているのに。彼女が見てくれるのは私だけじゃないのが悔しい。周りの人間皆が憎い。私のものだけじゃない彼女が酷く憎たらしくて愛らしくて頭がおかしくなりそうだった。
購買で勝ち取った、人気ナンバーワンの焼きそばパンを大口でかぶりつきながら、彼女は私の方を見た。
「ちょ、口の端焼きそばソースついてるよ。」
彼女は小さく笑いながら、口の端をちょんちょんと指さしてきた。
「そういう里奈も口にソースめっちゃ着いてるし。」
私が同じように笑いながら指摘すると、「え、嘘?!」と焦りながら手鏡をポケットから出し、「やばーい、ライトくんが今来たら終わる〜!」とか言いながらティッシュで口を拭き始めた。ついでに私にも一枚差し出してくれる。そういう所がやっぱり好きだ、と思う。
「…ライト以前に私が見てるんですケド。」
と言ってみると、彼女は一瞬きょとんとしてから、ゲラゲラ笑って
「いや、文香は別に友達ってか親友だし笑。見られてもいいわ〜。」
と言って、口元を拭き終えて丸められたティッシュをゴミ箱目掛けて放り投げた。
──友達ってか親友──
何気ない会話。普通の友達や親友同士なら純粋に嬉しいであろうその言葉は、私の喉元に、ナイフのように深々と突き刺さった。
……そうか。自分は「そこでおしまい」なんだ。私は彼女めがけてずっと手を伸ばし続けるけど、彼女はそれを見て、ニコニコ笑って手を振ってくるんだ。
私はあなたの「好きな人」にも、「恋人」にもなれないんだね。ノリのような調子でそんなことを言おうと思ったがやめた。ノリに答えるように、「え〜なにそれぇ笑」と笑われた後に、「友達としては好き」とか言われたら。その後の自分を信じられなかった。
ティッシュは、フラフラと情けない放物線を描いて、ゴミ箱の縁に当たって落ちた。
──ああ、あなたはずるい人。──
中学の頃、修学旅行へ行った時に同じ部屋だった。その時、ふざけて一緒にお風呂に入った時のことを、私は未だにとても鮮明に覚えている。
服を脱ぎながら、彼女はいたずらっぽい笑顔を浮かべ、身体に指をさしながらこういった。
「私、ほくろ結構あるんだよね。」
まずはここ、と言って、あの泣きぼくろを指さした。次に鎖骨、胸元、太ももの付け根にそれぞれ一つづつ。そして背中にはまばらに三個ほど。
鎖骨に胸元、腿の付け根のほくろを指さしながら、
「自慢のエロぼくろ!笑」
と、彼女はふざけた調子で言ってきた。
私は点々から目が離せなかった。入浴前なのでメガネを外していた視力でも、それらは鮮明に私の目に写った。
際どい位置にあるほくろたち。まさしく「エロ」ほくろと言うやつか。あれから数年経った現在でも、彼女の泣きぼくろを見ると思い出す。
背中にまばらに散らばる三つのほくろたちは、まるで日が落ちてすぐの、星がまばらな空のようだった。
私はそのほくろと彼女の身体を思い出す度苦しんでいる。心臓が早くなって、股の辺りが熱を持つのだ。
そして、いけないことを何度かした。あの時の彼女を思い出し、想像しながら、その気持ちを慰めた。最中はそれはそれは心地よかったが、その後はゴミ箱のティッシュと共に罪悪感が溜まった。
ゴミ箱に入らなかったティッシュを入れるために、彼女は立ち上がる。屈むと、スカートがわずかに上がり、真っ白な足が覗いて、思わずサッと目を逸らした。
───文香の身体、ほくろ全然無い!真っ白で素敵!
あの夜、彼女が私にそんな事を言ったのを思い出す。
そう、私にはエロぼくろなんて魅力的なものは無い。後から思い出して気持ちが込み上げてくるような、あの素晴らしい点々はどこにも存在しない。
悔しい気持ちになった。私だけこんなに苦しんでるんだ。彼女は私の身体を思い出して罪悪感に浸る事は無いのだ。
彼女が大好きだ。そして憎たらしくて大嫌いだ。
白々しい。あの日、あの時、あの夜に、消灯時間の後、一緒の布団の中で寝たのに。
眠たげな瞳を半分だけ開きながら、
「明日の朝、起きたら文香がいると思うと幸せだなぁ。」
なんて素敵なセリフを言って私を寝不足にさせたのに。
どれだけアタックしても曖昧に流してくるライトと違って、私はあなたばかり見るし、あなたの事ばかり考えるし、あなたが喜ぶ返事をしてあげるのに。
「……い、……ーい!
……おーい、文香!!」
ハッとして顔を上げると、私の目の前で手をブンブン振りながら、心配そうな顔をした彼女が私の目の前にいた。
「どしたの?急にぼーっとして。具合悪い?」
どうやら考え事をしすぎてしまったらしい。ぎこちなく笑顔を浮かべようとして失敗した。
具合はすこぶるいい。気分は悪い。
「保健室行く?」
彼女は焼きそばパンの最後の一口を食べながらそう問いかけてきた。
「……うん、行こうかな。」
廊下を抜けて、隣のクラスの前を通る。いつもならライトを探す彼女だが、今は自分を見てくれていて嬉しかった。
……ああ、悔しい。諦めようかなと思い始めていたのに、そんな事されたら好きになる。
私に全てさらけ出して、ロマンチックなセリフを吐いて、思わせぶりな行動で私を転がす。そのくせ彼女の中の私は一生、「友達ってか親友」止まり。
「……里奈って、白々しいね。」
「え、なに急に?」
──笑って誤魔化した。
いいの、これで。これでいい。あなたの中の私はずっと、「仲良しの友達、文香ちゃん」でいて。お願い、私のものになれないなら、せめて私のそばを離れないで。
何もかも手に入らない私は、本当に欲しい貴方を目前にして留まる事にした。
あなたは私のものじゃないけど、私の気持ちは、ずっと私だけのものにしてやるんだ。そう思いながら、『保健室』というプレートが下げられたドアを、二人で一緒にノックした。




