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バレンタインなんて自分には関係ないイベントだと思ってた

作者: 萩乃 玲
掲載日:2026/02/14

 世の中的には、本日2月14日はバレンタインデーというイベントであるらしい。

 校内には期待、緊張、不安など様々な感情が渦巻いていて、どこか浮ついている気がする。

 今日一日、この空気感の中で過ごすのかと思うと朝からため息が出る。



 地味で隠キャな俺には、青春ど真ん中のきらきらイベントであるバレンタインなんて全く関係ないものなのだときちんとわきまえている。だから変な期待なんてしない。ただいつも通り授業を受けて帰るだけだ。


 下駄箱を開ける。いつもと変わらず上履きが置いてあり、外履きから履き替える。

 教室に入り自分の席に着く。机の中が空っぽであることを確認して、カバンから教科書を取り出して机に入れる。


 うん、今日もいつもと変わらない一日が始まる。

 もしかしたら何て淡い期待など持っていないのだが、とはいえ、いつもより自分の身の回りのものに変化がないか一応気を付けて見てしまうのは男子である以上どうしようもない。



 席に着いて一息つくと、隣の席でスマホをいじっていた沢渡さんが話しかけてくる。

「おはよー、小早川君」いつもと変わらない、朝が苦手な様子の気だるげな声音だ。

「おはよう、沢渡さん」

「なんだか、今日はみんな落ち着きがなさそうだけど、小早川君はどう?」

「べつに。いつも通りだよ」無表情で答える。

「ふーん。チョコ貰えそう?」沢渡さんはにやっと悪戯な笑みを浮かべている。

「ないね。俺みたいなやつには関係ないイベントだよ」俺は淡々と答える。

「何それ、つまらないの」

「実際、今までもらったこともないし」

「え、一回も?」

「一回もだよ。別に珍しいことじゃないでしょ。あー、家族からもらうのは別としてね。沢渡さんは誰かにあげないの?」一方的に質問されるのも癪なので聞いてみる。

「あげないよ。あんまりこういうイベント興味ないし」そう言って、スマホの画面に視線を戻した。会話終了のようだ。

「そっか」俺も短く返事だけして、授業が始まるまで読みかけの文庫を開く。



 そして、何事もなく一日が過ぎていった。

 放課後、帰宅部の俺はまっすぐ家に帰る。

 肩に下げた鞄の重さも登校時と変わらない。いや、正確に言えば弁当を食べたので少し軽くなってるはずであり、その逆はない。

 夕空の下、前に伸びる自分の影を眺めながら歩く。


 学生生活はよく青春と表現されるが、俺にとってはそんな鮮やかなものじゃない。

 別にそれを寂しいとも思わないし、変わり映えのない日々でも身の丈にあったものだと十分満足している。



 家の近くのコンビニに差し掛かった時、急に声をかけられた。

「小早川君。やっほー」

 声の方を向くと、コンビニの脇で沢渡さんがこちらに手を振っている。

 素っ気なく通り過ぎるのも変なので、俺はゆっくり沢渡さんの方へ近づく。


「沢渡さん、何してるの?」

 確か沢渡さんの家もこの近くだったはず。

 右手にはコンビニの肉まんを持っている。小腹が空いて買い食いをしていたのだろうと予想する。しかし、意外な返答が返ってきた。


「実は……小早川君を待ってたの。ほら、今日って……」上目遣いで俺の顔をじっと見つめてくる。

 これは、まさか!

 ドクンと心臓が大きく跳ねる。相手が沢渡さんであること、そして右手の肉まんのせいで完全に油断していた。まさかこんなドキドキ展開がやってくるなんて。


「それって、もしかして……」鼓動がどんどん大きくなる。

 無言でじっと見つめてくる潤んだ瞳。見ているとなんだか吸い込まれそうになる。

「あの……」俺が耐えられなくなり何か言おうとした時、沢渡さんはパッと表情を変え、片目を瞑って舌をぺろっと出した。


「まあ、冗談だけどね。お腹空いたからコンビニ寄って肉まん食べてただけ。あれ、何か期待させちゃった?」

「べ、別にそんなんじゃないし!」

 顔がカーッと熱くなる。頭では分かってたさ。どこに肉まんを持ったままチョコを渡そうとする女子がいるんだと。

 それなのに雰囲気にまんまと惑わされた自分が恥ずかしく、俺は拳を強く握りしめてプルプルと震わせる。


「ごめんごめん。で、誰かからチョコもらえた?」

「バレンタインデーは男子にチョコの話題を気軽に振ってはいけないという決まりを知らないの?」

「そんな戯言を言うってことはもらえなかったと。まあ、聞くまでもなく様子を見てれば一目瞭然だけどね」

「なら聞かないでよ。というか、朝も言ったけどそもそも期待してないし、もらえなくても気にならないよ」自分で話してて虚しくなり思わず苦笑する。

「そういうもんなの?」

「そういうもんだよ」

「ふーん。ねえ、小早川君ちょっと待ってて」


 そう言って、沢渡さんはコンビニに入っていき、数分後に袋を手に出てきた。

「はい」持っている袋をずいっと差し出してくる。

「これは?」

「生チョコまん。バレンタイン限定なんだって」

「え、くれるの?」

「いらないなら返して。私も食べたいから」

「いや、もらう!」思わず声が大きくなり、笑みが浮かぶ。


 そんな嬉しそうな俺の様子を見て、沢渡さんも顔を綻ばせた。

「こんなあからさまに義理な物でも嬉しいの?」

「そりゃあ、嬉しいでしょ」俺は素直に即答する。

「そこまで喜んでもらえるなら、あげるのも悪くないわね」

「沢渡さん、ありがとう。大事にいただくよ」

「いやいや、大した物じゃないんだから冷めないうちに食べなよ。それにしても……」

 沢渡さんがニヤッと笑って言う。

「これでバレンタインも小早川君に関係ないイベントじゃなくなっちゃったね。これからは毎年淡い期待を抱いてそわそわしちゃうんじゃない?」

「違いないね」俺は苦笑して答える。


「でもさ、冷めてるよりずっといいよ。そっちの方が見てて面白いし」

「いい性格してるよね、沢渡さんって」

「それは、いい女って言ってると解釈してよろしくて?」

「うーん、どうかな?」

 俺たちは数秒まっすぐ見合って、それから何だか可笑しくてお互い声を出して笑った。


「ホワイトデーは特製フカヒレ肉まんでよろしくね」

「えっ、それって一番高いやつじゃない?」

「女の子へのお返しなんだからケチケチしない。そんなんじゃ、いい男になれないよ!」

「別にいい男目指してないよ」

「あげた物がよりいい物になって帰ってくるなんて。まるで投資みたいね」

「沢渡さん、思ったとしてもそういう計算的な考え言わないでよ。俺のさっきまでの純粋な喜びを返して」

「女の子だって結構打算的なのよ。勉強になったでしょ」

「そうなんだね、教えてくれてありがとう。ははは……」

「それじゃあ、私そろそろ帰るから。またね、小早川君」

 そうして沢渡さんは颯爽と帰って行った。


 軽口を叩いていたけれど、きっと沢渡さんは気を遣ってくれたんだと思う。こんな俺みたいに地味でぱっとしないやつに対しても気を掛けてくれる人がいる。


 下ばかり向いていたら気付かない優しさが実はたくさんあるのかもしれない。


 もう少し前を向いてみよう。そして、優しい人たちにもっと誠実に向き合えるようになりたいと思った。


 見上げた空は澄んでいてオレンジ色がきれいだ。

 2月中旬ではあるけれど、寒さもだんだん和らいできていて、春の気配が徐々に濃くなってきているように感じる。


 視界に広がる世界がいつもよりきらきらしているように見えた。

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― 新着の感想 ―
バレンタイン、、、好きな子(好きぴと呼ばれる存在)のチョコレートを少し、期待していたあの頃の酸っぱい思い出を思い出すなぁ
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