世界観・設定の構築
――「読者が迷わず入り込める世界」を設計するために
物語の舞台をどう作るか――これは、小説において極めて重要な要素でありながら、意外と「適当」に決められてしまうことが多い。
私自身、最初の作品では「とりあえず異世界だから中世っぽい国にしておこう」「魔法はあって当たり前」といったふうに、深く考えずに進めていた。だが物語が進むほどに、「それってどういう理屈で成り立ってるの?」と自分でつまずくことが増えていった。
物語の中で登場人物がどんな行動をとるか、どんな問題に直面するか、それは舞台設定のルールによって大きく左右される。そしてその「ルール」が曖昧だったり、整合性が取れていなかったりすると、物語そのものが破綻しかねない。
では、読者がスムーズに没入でき、かつ物語に奥行きを与えるような世界観や設定をどう作ればいいのか。私なりに学んできた視点から、以下に整理してみたい。
1. 舞台となる時代・場所・社会構造の設計
まず最初に意識したいのは、「いつ」「どこで」「どんな社会で」物語が起きているのか、という基本設計だ。これはSFでも現代劇でも異世界ものでも変わらない。
時代設定は、登場人物の価値観や言葉遣い、職業、社会常識に大きく影響する。中世風の王国でスマートフォンが出てくれば違和感があるし、現代日本で農奴制が敷かれていれば、それは説明が必要だ。つまり、舞台となる時代や場所を決めたら、そこに生きる人々の常識や生活も連動させる必要がある。
社会構造についても同じだ。国は一つか、複数あるのか。支配体制は王政か民主制か、それとも軍事政権か。階級はあるのか、宗教は? 技術レベルは? 通貨制度は?
すべてを最初から書く必要はないが、作者の中である程度答えが用意されていると、物語に厚みが出る。そして何より、書いていて自分自身がブレにくくなる。
ひとつの目安として、「登場人物が何に怒り、何を当たり前だと思い、何を夢見るか」は、その世界の社会構造によって決まる、という視点を持つと良い。
たとえば、身分制社会で「自由な恋愛」が禁じられているなら、貴族と平民の恋は重大なタブーになるし、それを描く物語は自然と悲恋・葛藤を軸にしたドラマになる。
逆に、自由と多様性が当たり前の世界なら、そのテーマは成立しない。
つまり、「舞台の社会構造」が物語の主軸を決めることもあるのだ。
2. 物理法則・魔法体系・文化などの詳細設計
次に、ファンタジーやSFなどの空想世界では必須となるのが、「この世界はどんなルールで動いているのか?」という設定だ。
異世界に魔法があるとしたら、それは誰でも使えるのか、才能が必要なのか、訓練で身につくのか。魔力は有限か無限か。回復方法は?
魔法をただ「なんとなく」使わせていると、後で矛盾に悩まされることになる。物語の中盤で「魔力は尽きると死ぬ」という設定を突然出しても、読者には納得してもらえない。最初から自然に「魔法=消耗が激しい」という描写が入っていれば、読者はそれを無意識に受け入れてくれる。
こうした設定は、「あらかじめ説明する」のではなく、「物語の中で自然に見せる」ことが大切だ。読者は設定を説明されるより、キャラクターの行動を通して世界のルールを理解したいのだ。
また、文化や宗教、言語、服装、食事、娯楽、死生観といった要素も、設定の深みを支える。これらは「リアルな生活感」を与えてくれる。
ファンタジー世界であっても、人々がどんな家に住み、何を食べ、何を信じて生きているのかが描かれると、それだけで世界が立ち上がってくる。
私が読んだ作品の中には、食事シーンひとつで世界観が深く伝わってくるものがあった。塩が貴重な高級品であること、パンが一日一度しか食べられないこと、特定の宗教儀式でだけ使われる香辛料――それらが何気ない描写の中にあって、世界の姿をじわじわと教えてくれた。こうした「さりげない設定の積み重ね」が、物語の土台を作っていく。
3. 読者がスムーズに没入できる設定バランス
ただし、設定を作り込むほどに陥りやすい罠がある。それは、「設定を説明しすぎる」ことだ。
世界観に力を入れている作者ほど、あれもこれも伝えたくなる。その気持ちは痛いほど分かる。私も最初は、「この制度にはこういう歴史があって」「魔法形態はこうで」と延々と説明を入れてしまい後から見直して全然おもしろくないと思ったことがある。
だが、読者にとって一番大事なのは、「物語が動いているかどうか」だ。設定はあくまで物語の背景であり、登場人物が動き出したときに初めて意味を持つ。
読者が「入りやすい」と感じる世界には、ある程度の説明と、ある程度の謎が共存している。すべてを説明されるとつまらないし、何も説明されないと置いてけぼりになる。そのバランスこそが、世界観設計の真の難しさだと思う。
では、どうやってそのバランスを取るか。
ひとつの方法として、「主人公の視点」を活用するという手がある。
主人公がその世界の新人(たとえば転移者、入学したばかりの新生徒など)であれば、読者と一緒に世界を知っていける。その過程で説明を入れても、読者は「自然に教えられている」と感じやすい。
また、設定は「必要なときにだけ出す」というのも重要だ。いきなり冒頭で宗教制度の構造や魔法理論を何千字も語られても、読者は退屈してしまう。それより、物語が進行し、キャラが困ったときに初めて「実はこの世界では……」と説明が出てくる方が、読者の理解も定着もしやすい。
最後に、設定は「読者へのサービス」でもあるが、「物語の歯車」でなければならない。
つまり、設定それ自体がストーリーを動かすものでなければ、ただの装飾に終わってしまう。階級制度があるなら、それがキャラの恋愛を阻む理由になるかもしれない。塩が高価な資源なら、争いの火種にもなるだろう。
世界のルールは、ドラマを生むためにある。