動く王家
朝霧が立ち込める山間の廃村。
ミコトは川の水で顔を洗い、裂けた袖を結び直した。
(また……昨日より少しだけ、体が動く)
地獄の加護は、今のところ筋力と回復力のわずかな強化に過ぎない。
だが、その“少し”を積み上げるしか、今のミコトに道はなかった。
「強くならないといけない…」
独り言のように呟く。
心には、殺された母さんの顔が浮かんでいた。
大好きだった家族との思い出が、ミコトの足を前へと進ませた。
「次に会う時には、誰にも負けないくらいの俺になってる。」
そう誓って、また森の奥へと歩き出した。
その頃京都では….
都の中心にある王城の奥で、日乃宮家の次男・アマギは神前に膝をついていた。
「……例の無神者、まだ捕えられずか。」
「はい。すでに追手は二人、消息を絶ちました。」
報告を受け、アマギは静かに目を閉じた。
「あの夜、逃した輩が今になってこんなことになるなんて….」
あの時の焼け焦げる無神者の女と、血のような瞳で睨みつけてきた少年の顔をしっかりと覚えている。
だからこそおかしい。あの時あんな力は見ていない。
無神者が神力に対抗し得る力を持つなど、本来はあり得ぬ。
だが、あり得ぬはずの力が現れた。
神々の加護の均衡を崩す異質な力――
それを王家が放置するわけにはいかない。
「……“黒陽”を出せ。」
アマギの命に、侍従たちは息を呑んだ。
「まさか……あの方を……」
「やつを動かす。あの少年が何者か、見極めるためにな。」
“黒陽”。
かつて、神力を制御できずに狂いかけた異才の神力者。
今は王家の監視下で眠る、「不安定な神の器」。
だがミコトは裏でそんなことが起きているなんて知る由もなかった。
――つづく。