神狩り
――神に選ばれなかった少年に、地の底から救いが差し伸べられた。
黒い夢の中にいた。
血の匂い、焼け落ちる村、笑う神々。
母の最後の姿は、炭のように崩れていった。
それでも自分は生きている。
なぜか。誰のために。
「……ここは……?」
ミコトが目を覚ましたのは、朽ちかけた社の中だった。
木の柱は苔に覆われ、天井は抜け、雨の跡が地に滲んでいる。
冷たい風が吹き抜けるたび、どこか遠くで子どもの笑い声のようなものが聞こえた。
けれど、それは生者のものではない。
「……生きてるのか、俺……。」
何もないはずの体に、確かな力が宿っていた。
皮膚の下を這うように流れる、赤黒い熱。
右目がじんじんと焼けるように痛む。
ゆっくりと手で触れると、そこには刻まれていた。
――黒い紋様。
まるで火傷のように浮かび上がった“印”が、目の下から首筋へと伸びている。
「これが……閻魔の“加護”……?」
ふと、社の外に気配を感じた。
誰かが来ている――それも、一人ではない。
複数の足音が、落ち葉を踏みしめながら近づいてくる。
「見つけたぞ。無神者のガキ。」
扉の向こうから現れたのは、紺の狩衣に金の帯を締めた男たちだった。
その胸には「日乃宮」の紋。王家に連なる貴族の直轄部隊――神力狩りの精鋭。
先頭の男が冷たく言い放つ。
「この地は神域。無神者が足を踏み入れることは、罪。……処罰する。」
「処罰、だと……?」
ミコトの喉奥から、嗤いにも似た声が漏れた。
「母さんを焼いた時も、そう言ってたな。神に逆らった罪だって。」
「黙れ、下郎が。」
男の掌が光を帯びた。天照の系譜を受け継ぐものにのみ許された“神力”――
それは清めの光として人々に崇められるが、無神者にとっては死の宣告と同義だ。
だが、次の瞬間だった。
ミコトの目から光が弾けた。
紅い――まるで地の底から這い上がるような、暗く紅い焰。
神力の光がそれに触れた瞬間、弾け飛んだ。
「なっ……!?」
男たちの表情が凍る。
ミコトの右目に浮かぶ印が、深く輝きを増していく。
その身から溢れるのは、祝福ではない。
“裁き”だ。
神に見捨てられた人々の憎悪と怨嗟――
地獄に落ちた者たちの怒りが、今この少年に集っている。
「オレはもう、神に祈らねぇ。」
ミコトが歩を進める。
その歩みは重く、静かに、しかし確かに神の血脈を脅かす。
「……オレは、オレのために、生きる。」
その一言に、男たちの神力が怯んだ。
「閻魔が俺に与えた力……これがどこまで通用するか、確かめてみろよ。」
社を囲む空気が一変する。
風が唸り、木々が軋む。
古き神の名が失われ、忘れられたこの社が、再び目を覚ましたかのように――
その場は、血で濡れた。
だが、それはミコトのものではなかった。
王家の血が、神の末裔の命が、地に散った。
そして、風に乗って、かすかに聞こえた声があった。
「……おまえも……ようやく、目覚めたか。」
それは遠く、山奥の神社から――
白と青の髪をなびかせながら、封じられし者が、かすかに微笑む声だった。
――つづく