97 町の外と見覚えのある木
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そんなこんなで、この町に急報がもたらされた翌日。
この町に病気がはやっているかもしれない、物流が止まるかもしれない、そんな状況らしいのですが、ワタシたち3人はいつもと変わらない穏やかな起床です。
いつもどおりに炊き込みご飯の朝食を美味しくいただき、野草のお茶で一服していると、前日の宣言どおり、アイリーンさんとマスターさんがワタシたちをお迎えに来てくれました。
昨日いろいろとお話したこともあってか、その声色は、心なしか今までよりフレンドリーに聞こえてきます。
アイリーン「みんな、おはよー」
マスター「よぉ!」
「「「おはよーございまーす」」」
マスター「ん? 何だか香ばしい香りがするな。それはお茶か?」
「そうで~す」
おにぃ「これ、おチビが教えてくれた野草のお茶なんです」
ねぇね「おいしいですよ? よろしければどうぞ」
マスター「おぅ。催促したみてぇで、何だか悪ぃな」
アイリーン「それ、後味もスッキリしていて、おいしいのよね~。私もいただくわ」
そんな和気あいあいとした朝のひと時を過ごした後は、2日に1度のいつもの納品のため、【ジョシュア雑貨店】へ向けて出発です。
最近連日のようにご活躍いただいているマスターさん駆動の【三輪自転車】と【リアカー】の人力タクシーで送ってもらったワタシたち3人は、いつもどおりのご挨拶で【ジョシュア雑貨店】に入店です。
「「「おはようございま~す」」」
するといつものように、お店の奥から、ジョシュアさんとジェーンさんがワタシたちを出迎えてくれました。
ジョシュア「やあ君達、今日も納品、ご苦労様」
ジェーン「『シュッセ』のみんな、いらっしゃい」
ジェーン「あら? 今日はお連れさんも一緒なのかい?」
アイリーン「奥さんはじめまして。ハンターギルドの職員でアイリーンと申します」
アイリーン「ジョシュアさんとは、ギルドで何度かお目にかかっています」
マスター「邪魔するぜ」
こんなご挨拶があった後、いつもどおりの品物を【想像創造】して納品を終えると、待ってましたとばかりに、ねぇねがジェーンさんに駆け寄りました。
ねぇね「ジェーンさん。あの、これ、使ってください」
そう言って、ねぇねがボディバッグから取り出したのは、昨日確保しておいた【マスク】と【栄養剤】。
真剣な表情ながらも、どこかうれしそうに、ジェーンさんに使い方を説明しています。
その様子を横目に見ながら、アイリーンさんがジョシュアさんとお話をはじめました。
アイリーン「ジョシュアさん、こちら、当方の支部長からの手紙です」
ジョシュア「はて、ハンターギルドの支部長さんが私にですか?」
アイリーン「実は最近、商業ギルドも巻き込んで、ハンターギルドは業務が立て込んでまして、そのお手伝いをお願いできればと」
アイリーン「詳しくは手紙をお読みいただければと思いますが、是非ともご一考ください」
ジョシュア「なるほど、そういうことでしたか」
ジョシュア「後程じっくり拝読させていただきましょう」
そんなちょっといつもと違うやり取りもありつつ、全ての用件が終わったワタシたちは、お店をお暇することにします。
「町で病気がはやっているかもしれないので、気を付けてくださいね?」
おにぃ「病気は怖いですから・・・」
ねぇね「ジェーンさん、【マスク】と【栄養剤】使ってください」
ジェーン「気を遣ってくれて、ありがとうね」
ジョシュア「君達も気を付けるんだよ?」
「「「は~い」」」
ということで、今日の任務は完了してしまったので、あとはお家に帰るだけなのですが、ワタシたちがお店の外に出ると、町の様子がどこか騒然とした雰囲気になっていました。
【ジョシュア雑貨店】に来た時は、いつもよりちょっとだけひとが多いかな? 程度だったのですが、今はちょっとしたお祭り程度の混雑ぶりです。
マスター「よお、ちょっと聞いてもいいか? 人が多いみてぇだが、何かあったのか?」
通行人「ん? オレも詳しくは知らねえが、どうやら市場が閉鎖されて、その影響らしいぞ?」
通行人「市場に来たが中に入れない、そんな連中の列が続いて、この有様って感じなんだろうぜ?」
マスター「そういうことか、ありがとよ」
マスターさんによる通りがかりのひとへの事情聴取によって、状況が大体わかりました。
アイリーン「このまま来た道を帰るのは、ちょっと大変そうよね?」
マスター「ん~、かといって、裏道は使いたくねぇし・・・」
マスター「ん? 裏門方向、あっちは混んでなさそうだな」
マスター「よしっ。いっちょ裏門から町の外に出て、正門までグルっと回る感じにするか」
マスター「そうすりゃ、市場付近を迂回して帰れるんじゃねぇか?」
アイリーン「ん~、そうね~。市場が混雑の原因っぽいし、その方が早いかもしれないわね」
そんなオトナの2人による協議の結果、なんとワタシ、思いがけず町の外デビューすることになっちゃいました。
前世の記憶が戻ってから、それ以前の記憶が曖昧になっているので、もしかすると町の外へ行ったことがあるかもしれませんが、ワタシが覚えている限りでは町の外へ出たことはありません。
おにぃ「門の外に出るんですか?」
「町の外へ連れてってくれるの?」
マスター「ん? まあ、結果的にはそういうことになるな」
アイリーン「あくまで緊急回避的な、ちょっと町の外を通るだけなんだけどね」
「やったー! ワタシ、町の外に出るの、はじめてなんだ~」
ねぇね「おチビちゃん、よかったね~」
「うん! とっても楽しみ!」
ということで、『急がば回れ』ではありませんが、急遽『遠回りして帰ろう』イベントの開催です。
そうと決まれば、すぐさまみんなでマスターさんタクシーに乗りこみ、ウキウキワクワクで町の外へ向けて出発です。
しばらくごった返したメイン道路を進み、そして人通りが少なくなってきたと思うころには、マスターさんが裏門と呼んでいた場所にたどり着きました。
そこには衛兵さんが4人立っているだけで、通行人は誰もいませんでした。
マスター「ここは裏門だ。この先は山へと続く草原と森しかねぇから、ほとんどの住民は使わねぇ。だから裏門なんだ」
アイリーン「でも、ハンターは採取でよく使うから、覚えておくといいわよ?」
「「「は~い」」」
そんなレクチャーを受けつつ、衛兵さんに軽く会釈して裏門をくぐり抜けると、目の前には一面緑の草原、そしてその奥には、深い森に覆われた山脈が見えてきました。
(あまり高くないけど、木々の密度がすごい山脈だね~)
(前世の記憶で例えると、富士山の周りにある、いろいろとミステリアスな樹海みたい)
そんなことを思っていると、ねぇねがちょっとはしゃいだ声をあげました。
ねぇね「あっ! あっちの方から、川の流れる音が聞こえてくるよ!?」
【熱気球】でお空を飛んだとき、この町の近くを大きな川が流れているのを目にしました。
ねぇねが言っているのは、きっとその川の流れる音なのでしょう。
アイリーン「すぐそばにロータル川が流れているわよ。少し見に行ってみましょうか」
ねぇね「いいんですか?」
アイリーン「ついでよ、ついで。ね?」
マスター「まあそうだな。どうせすぐそこだしな」
「やったー!」
そうして連れてきてもらったのは、想像していた川とはかなり違っていました。
「これって、谷川?」
アイリーン「そうね。渓流? 渓谷? この辺りはそんな感じね。ここから水面まで、たぶん10メートルはあるんじゃない?」
【熱気球】で上空から見たときはわかりませんでしたが、川面まではかなりの崖になっていました。
(川岸で水遊びしたかったのに~、ざんね~ん)
そう思っていたのはワタシだけではなかったようで、ねぇねもちょっとがっかりです。
ねぇね「川に入れないんだ・・・」
川幅はどれくらいなのかと見てみると、対岸までの幅も優に10メートル以上はありそうです。
マスター「この辺は大体こんな感じだからよ、橋を架けるのもなかなか難しいってな訳よ」
そんなマスターさんの説明を聞いていたら、ねぇねがなにかを見つけたみたいです。
ねぇね「あっ! 川の向こう側に柿の木がある!」
「え? 柿? ねぇね、柿を知ってるの?」
ねぇね「うん。お里にいた時、お母さんと一緒によく食べたの」
ねぇね「たまに苦くて渋くておいしくないのがあるけど、当たりの柿は甘くておいしいんだよ?」
ねぇねのお話から察するに、どうやらこの世界にも、渋柿と甘柿があるみたいです。
ねぇねが見つめる先、対岸の崖のその少し奥には、たしかに橙色の果実らしきものを実らせた木が見えます。
ねぇね「私、向こう側に行きたいっ! あの柿を、採ってみたいっ!」
きっとねぇねにとって、柿はお母さんとの思い出の食べ物なのでしょう。
いつになく強い意志表示をしているねぇねです。
(ねぇねが谷川の向こう側へ行きたいって言ってる! これは絶対かなえなくっちゃ!)
そう思ったワタシは、なけなしの知性をフル回転です。
(う~ん。橋を架けられたらいいんだけど、きっとすごく高額だよね?)
(それこそ何百何千万円するだろうから、今すぐには無理かな~)
(となると、ロープとかで・・・、ん? そうだ! アレなら!)
ということで、思いついたアレを【想像創造】です。
【ターザンロープ(支柱、滑車付き) 行程22900mm 支柱幅2000mm 支柱高2770mm 支柱・梁:スチール(電気亜鉛メッキ処理・ウレタン樹脂塗装仕上げ) 継手:ダクタイル鋳鉄(ウレタン樹脂塗装仕上げ) 重量制限50kg 20m引き寄せロープ付き 895,000円】
前世では、数ある公園遊具の中でも、ズバ抜けた人気を誇っていた【ターザンロープ】。
『ロープウェイ』や『ジップライン』とも呼ばれる、わんぱくキッズ御用達のライドオン遊具です。
手前の支柱と奥の支柱との間隔が20メートル以上あるそれを、川の対岸へ渡すような感じで【想像創造】してみました。
(やったー! イイ感じに谷川をまたいで設置できた!)
(お名前は【ターザンロープ】だけど、実際はロープじゃなくて、滑車付きの2本の金属製ワイヤーだから丈夫で安心)
(これなら、滑車にぶら下がって、びゅーって、川の向こう側に行けるよね?)
(よ~っし。これで向こう側に渡って、ねぇねのために柿をいっぱい採っちゃうぞ~!)
驚きに言葉を失っている周囲をよそに、ひとり対岸の柿へと思いをはせるワタシなのでした。
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