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96 この町のことと隣の領地

Mノベルズ様より、書籍発売中です。


ベアトリス「あ、そうそう、忘れるところだったわ。はい、これ」


そう言ってビーちゃん様がワタシに手渡してくれたのは、キレイな封筒に入ったお手紙のようなものでした。


ベアトリス「それ、とても重要な書類みたいで、お父様が関係者以外閲覧厳禁だって言ってたわ。だから私が直接渡しに来たの」


「そうなの? ビーちゃん様、持ってきてくれてありがとう」


ベアトリス「どういたしまして。お友達のためだもの、気にしないで」


けれど受け取った手紙には『ギルド責任者へ』と書かれていて、どう考えてもワタシ宛てとは思えません。


(ん? これはアレかな? ワタシからハンターギルドの支部長さんに渡せばいいのかな?)

(ワタシたちのお家がハンターギルドの裏庭の草むらだから、ついでに持ってきたのかな?)

(でもビーちゃん様、おともだちのためだって言ってたよね? むむ? どういうこと?)


そんなことを考えていると、先日の『【熱気球】祭り』で見かけた衛兵のみなさんが、ワタシたちのお庭にぞろぞろと現れ、ワタシが【想像創造】した大量の【マスク】と【栄養剤】をバケツリレーしはじめました。

そしてそれらは、今日から正式配布の【三輪自転車】と【リアカー】に、次々と載せられていきます。

どうやらビーちゃん様が念じていた【電波】魔法は、この指示だったみたいです。


ベアトリス「今日は【三輪自転車】と【リアカー】の受け取り日だったから、ちょうど担当の衛兵がここに来る予定だったのよね」

ベアトリス「用意してもらった大量の【マスク】と【栄養剤】をすぐに運び出せて、ある意味助かったわ」


そんなウラ話を聞いていると、いつもの豪快な声が割り込んできました。


マスター「【三輪自転車】も【リアカー】も、引渡し初日から大活躍みてぇだな」

マスター「『ユービン』の連中にも、手の空いてるヤツは衛兵を手伝わせることにしたぜ」

マスター「『ユービン』初の本格的な仕事は、【マスク】配りってな訳だ」


そうこうしているうちに、ほとんどの【マスク】と【栄養剤】が持ち出されていきました。


ベアトリス「何だかドタバタしちゃってごめんなさい。それと、いろいろありがとう」

ベアトリス「これから領主館に戻って、本格的に調査を指示することにするわ」

ベアトリス「こんなにたくさんの【トランシーバー】を託されたからには、うまく調査に活かしてみせるわね」


「うん。ビーちゃん様がんばって~。それと、ビーちゃん様も【栄養剤】飲んでおいてね~」


そうしてビーちゃん様とのお別れのご挨拶を終えると、今度はねぇねがそっとワタシに話しかけてきました。


ねぇね「おチビちゃん、あの【マスク】と【栄養剤】、少しもらってもいい?」


「もちろんいいよ。けど、どうするの?」


ねぇね「えっと、ジェーンさんにも、渡したいと思って」


おにぃ「たしか明日は、【ジョシュア雑貨店】の納品日だったよな?」


「そうだね! ねぇね、そのときに渡そうね?」


ねぇね「うん。そうしたい」


恩人であるジェーンさんを大切に思うねぇねは、この町で病気がはやっているかもしれないと聞いて、心配になったのでしょう。

【マスク】と【栄養剤】を1箱ずつ、大事そうにボディバッグにしまい込むねぇねなのでした。

しばらくして少し落ち着いてきたワタシたちのお庭では、マスターさんとアイリーンさんが、ビーちゃん様からもたらされた情報について意見を交わしはじめました。


マスター「それにしても隣の領主、マッドリー男爵だったか。いきなり領境閉鎖だなんて、穏やかじゃねぇな」


アイリーン「そうよね。普通ならあり得ない対応だわ」

アイリーン「でも残念なことに、ここ最近のあの領主の言動なら、ありえなくもないのよね」


マスター「そういや確か、2年ちょっと前に、領主が交代したんだったか」


アイリーン「そうなのよね。先代様はまともなお方だっただけに、ホント、残念」


マスター「アレだろ? 悪い意味で典型的な貴族のドラ息子、周りの意見なんて聞きゃしねぇってヤツだろ?」


アイリーン「ずっとドラ息子のままでいてくれればよかったのだけど、領主になっちゃったのよね・・・」

アイリーン「しばらくは、隣の領とまともなやり取りは期待できそうにないわね」


そんな愚痴のような会話に興味を持ったワタシは、早速そのお話に交ぜてもらうことにします。


「マスターさん、アイリーンさん、ワタシにもお隣の領のこと、教えてくださいな?」


マスター「ん? まあ大したこと知ってる訳じゃねぇが」


アイリーン「いいけど、悪口みたいになっちゃうから、他でお話してはダメよ?」


「は~い」


そんなやり取りのあと、おチビなワタシにもわかりやすく概要を教えてもらいました。

お隣の領は『マッドリー男爵領』といって、小さな村が複数点在している、総人口1万人未満の小規模領地で、主な産業は養豚と養鶏、住民のほとんどがどちらかに従事しているとのことでした。

そして、近頃領主の世代交代があり、その直後から、領境で一方的に通行税をかけはじめたり、不審物検査と称してはこちらの領への行き来を故意に遅らせたり、明らかな嫌がらせをはじめたそうです。


マスター「今じゃこちらの領への通行税がヤツらの稼ぎ頭、言ってみりゃ『主産業』になっちまってるぐらいだぜ?」


アイリーン「稼ぎ方としては賢いんでしょうけど、やり方が一方的だし、第一こちらには他に道がないという状況なのよ? ホント、悪辣よね」


マスター「大方、金儲けの専門家集団あたりから、いろいろと入れ知恵されてんだようよ」


アイリーン「金儲けね・・・そういえば、隣の領主は教会派だったわね・・・」

アイリーン「こちらのご領主さまは国王派だから、もしかすると目の敵にされているのかもしれないわね」


またもや教会という単語が聞こえてきました。今回もまた、悪い意味で。


(教会って本当に嫌われてるんだね~。これからも関わらないようにしよ~)


そんな決意を固めつつ、ついでに気になったことを聞いてみることにします。


「あのね? ここの領地はどれくらいのひとが住んでいるの?」


マスター「ん? この領地の人口は、町単独では、この国の中でもそこそこの人口規模だな」


「町単独?」


マスター「ああ。ここは他の領地と違って、領地内に町が1つしかねぇんだ」

マスター「この領地は、土地は狭いわ岩だらけだわで、比較的環境のいい場所を探して開発していたら、結局、1つの町になっちまったみてぇだ」


アイリーン「確か、オーレリアの町の人口は、市民権がある人が4万ぐらいだったかしら」

アイリーン「それ以外も含めると、正確には分からないけど、たぶん5万人ぐらいはいるんじゃない?」

アイリーン「まあ、市民権があると人頭税が発生する関係で、そちらの人数は領主館がキッチリ把握しているでしょうけど、それ以外の人たちは、わざわざ数えてはいないでしょうね」


(市民権がないひと、この町に1万人もいるんだ。結構多いね)

(その中に、ワタシたち3人も含まれてるんだけど・・・)


スラム出身のワタシたち3人は、今はハンターギルドの会員証、身分証こそ持っていますが、この町の市民権自体はありません。

そんなワタシたち3人と同じような状況のひとたちが、この町全体の2割ぐらいいると聞いて、ちょっと複雑な心境です。


(そういえば、前世の記憶で、『国勢調査』ってあったよね~)

(たしか5年に1回、住民票があるとかないとか関係なく、とにかくその町に住んでいるひとを調べるんだったよね~)

(もし、この町で同じような調査をしたら、ワタシたちのお家にも、調査に来てくれるのかな~)

(でもワタシたちのお家の場所って草むらの中だし、きっと見つけにくいよね~)

(見つけられるひとがいたら、きっとそのひと、鬼ごっこが上手なんだろうな~)


そんな他愛もないことを考えていると、アイリーンさんとマスターさんから業務連絡が入りました。


アイリーン「明日は2日に1回の、いつもの常設依頼の納品なんでしょ?」


おにぃ「そうです」


マスター「でもこの調子じゃ、明日は町中が大騒ぎになってるかもしれねぇな」


アイリーン「ええ、子供たちだけで町中を出歩くのは、ちょっとお勧めできないわね」


「え?」


おにぃ「それって・・・」


ねぇね「【ジョシュア雑貨店】に、行けないってことですか?」


【ジョシュア雑貨店】に行けないかもしれない、そう耳にして、愕然とするワタシたち3人。

特に、ジェーンさんに会える納品日をいつも楽しみにしているねぇねは、まさに『ガーン』といったお顔です。


アイリーン「ということなので、明日の納品には、私たち2人も『シュッセ』に同行するわね?」


マスター「まあ、つまりアレだ。町に出るときは、またオレが【三輪自転車】と【リアカー】で送ってやるってことだ」


「え? いいの?」


アイリーン「もちろん」


おにぃ「ありがとうございます」


ねぇね「ございますっ!」


「ねぇね、よかったね?」


ねぇね「うん!」


アイリーン「それにしても、おチビちゃんたちはいつもどおりなのね?」

アイリーン「この町の危機かもしれないのに、ずいぶん平然としているじゃない?」

アイリーン「心配になったりしないの?」


おにぃ「流行り病は嫌ですけど、でも町の危機っていわれても、良く分からないです」


ねぇね「3人一緒なら、何があっても大丈夫です。今までもずっとそうでしたし」


「そうだよね! ワタシもねぇねとおにぃがいれば、ヘーキヘーキ!」


病気がはやっているかもしれない! しかも領境が閉鎖されて通商が大ピンチかも!?

どうやら『この町の危機』のようですが、ワタシたち3人にとってはどこ吹く風。

どこか他人事のような反応を見せるワタシたち3人です。

子供だけで必死にスラムを生き抜いてきたワタシたち3人にとっては、食うや食わずは言うに及ばず、危険やトラブルはありふれた日常事でした。

そんな『鍛えられた』元スラムっ児ともなれば、ちょっとやそっとのゴタゴタが起きても、今さらアタフタうろたえたりはしません。

そんな訳で、町が危険にさらされていようとも、『平常運転』なワタシたち3人なのです。


マスター「ほぉ~。見た目と違って、お前ら存外、肝が据わってんだな」

マスター「それにしてもだ。おチビ、お前は良かったのか?」


「ん? なんのこと?」


マスター「さっきベアトリスお嬢様に渡してた、この町の住民への支援物資のことだ」

マスター「どうせお前のこった、また無償で提供するつもりなんだろ?」

マスター「それもだ。お前らがスラムで苦労していた時、助けるどころか完全に無関心、中には酷い扱いをしたヤツもいただろ?」

マスター「そんな連中の手にも物資が渡るんだぞ? 何か思うところがあるんじゃねぇのか?」

マスター「まあ、オレがとやかく言える筋合いじゃぁねぇってのは、分かってるんだけどよ」


マスターさんの言葉どおり、この町のほとんどのひとは、スラムっ児のワタシたちが近寄るだけで『シッシ』と爪はじきにしていました。

中には暴言を吐いたり、石や物を投げつけられたこともあります。


(たしかにマスターさんの言うとおりなんだけど・・・)


「あのね? ワタシはね? ビーちゃん様のお手伝いがしたいの」

「おともだちのビーちゃん様が困ってたから、なにかしたかったの」

「だからね、そのあと、ビーちゃん様からダレがナニを受け取っても、どうでもいいの」


ビーちゃん様が関わっていなければ、先程も【想像創造】でいろいろ用意したりせず、ただ傍観していたことでしょう。

ワタシが手助けをしたのは、あくまで『おともだち』のため。

その結果、町のみんなが助かったのであれば、それはビーちゃん様がしたことであって、ワタシがしたことではないのです。


マスター「おチビはあくまで困っている友人に物資を提供しただけで、それ以降のことはどうでもいいと・・・」

マスター「聞きようによっちゃ、友人知人以外ははどうでもいい、眼中にねぇって聞こえるんだが・・・」

マスター「まあ、おチビが誰彼構わず助けてる訳じゃねぇと分かって、少しホッとしたぜ」


アイリーン「そうね・・・」

アイリーン「ねえ、おチビちゃん。もしもなんだけど、私が困っていたら、助けてくれる?」


「うん。もちろん!」

「アイリーンさんは、とってもやさしくて大好きだもん。ね? ねぇね、おにぃ?」


おにぃ「オレ達がハンターギルドのお世話になれたのは、アイリーンさんが目をかけてくれたからです」


ねぇね「そうです。なので、その恩を返せるときがあれば、必ずお役に立ちます」


マスター「ハハッ、よかったじゃねぇかアイリーン。『眼中にないどうでもいいヤツ』って言われなくってよ」


アイリーン「ホントよかった~。おチビちゃんたちから『その他大勢』扱いされたら、ショックで立ち直れなかったわ~」


そう言って、アイリーンさんはワタシの頭をやさしく撫でてくれました。


「もちろんマスターさんも助けちゃうよ?」


ついでとばかりにマスターさんにも水を向けると、ねぇねとおにぃからも賛同の声があがりました。


おにぃ「いつもお世話になりっぱなしなので、当然、恩は返します」


ねぇね「そうです。何かあればいつでも言ってください」


マスター「お? そうか。そいつは頼もしいな」


マスターさんはそう言って、ねぇねとおにぃ、そしてワタシの頭を何度か軽くポンポンしてくれました。


マスター「だがよ、恩とかそういうのじゃなくて、仲間として、兄姉として、気安く接してくれた方がうれしいんだぜ?」

マスター「まあ、兄姉にしちゃあ、ちっとばっかし歳いってるがな?」


アイリーン「はぁ? それってまさか、私のこと言ってるんじゃないでしょうね」


ここで女性に振ってはいけない話題のツートップ。

『年齢』のお話と『体重』のお話。

その前者に抵触してしまったマスターさん。

せっかくイイ感じで終わりそうだったのに、最後の最後で台無しです。


マスター「そっ、そんなことは言ってねぇよ・・・」(ボソボソ)


ビームか何かが出てきそうな程の、力強い眼力と共に発した一言で、マスターさんを黙らせてしまったアイリーンさん。

さすがの強面マスターさんでも口をつぐまざるを得ないその一言には、もしかすると言霊的なモノが宿っているのかもしれません。

身の危険を感じたのか、一瞬にしてアイリーンさんから距離をとったマスターさん。

少し離れると同時に、前世の柔道で言うところの『右自護体』の構えをしています。


アイリーン「うふふっ。冗談はさておき・・・」


マスター「じょっ、冗談とは思えねぇ殺気だったんだが・・・」(ボソボソ)


アイリーン「『シュッセ』のみんなには変にかしこまらずに、これまで通り、お・ね・え・さ・ん、として接してほしいわ?」

アイリーン「恩だとか言われちゃうと、何だか一線を引かれているみたいですもの」


マスター「まあ、とにかくそういうこった。肩肘張らずに、お気楽に頼むぜ?」


「「「は~い♪」」」 (^O^)/


この町の状況は良くないみたいですが、ワタシたち3人にとっては、今のところこれまでどおりの日常です。

むしろ、今のやり取りでアイリーンさん&マスターさんと少し仲良くなれたような、ちょっとだけ距離が近くなった気がして、今日はいつもより気分がいい、そんなおチビちゃんたち3人なのでした。


Mノベルズ様より、書籍発売中です。

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