83 ベアトリス(ベアトリス視点)
Mノベルズ様より、書籍発売中です。
ベアトリス『衛兵のみんな~、私の声、聞こえるかしら?』
衛兵1『こちら500メートル地点、お嬢様のお声、たしかに聞こえております』
衛兵2『こちら1キロ地点、聞こえま~す』
衛兵3『こちら2キロ地点です。凄いですね~、ちゃんと聞こえています』
ベアトリス『街壁の外はどう?』
衛兵4『・・・』
ベアトリス『おーい。街壁の外~』
衛兵4『・・・』
ベアトリス『う~ん。どうやら街壁の外はダメみたいね・・・』
ベアトリス『よし、みんなお疲れ様~。今日はこれで【電波】魔法の検証は終了よ~。領主館に戻ってきてちょうだ~い』
ベアトリス『あっ! できれば【トランシーバー】同士でどれくらいの距離会話できるかも確認しておいてちょうだいね~』
衛兵1『了解です』
衛兵2『分かりました~』
衛兵3『帰還しつつ試してみます』
衛兵4『・・・』
私はベアトリス・オーレリア。
歴史あるオーレリア子爵家の一人娘です。
オーレリア領主家ただ一人の子供ということで、小さい頃から周りにかなり期待されてきました。
私もその期待に応えようと、私なりにいろいろ努力してきました。
次期オーレリア領領主として、その名に恥じぬよう精進してきたつもりです。
でも世の中には、努力しようが頑張ろうが、自分ではどうすることもできないことがあります。
私の場合、それは生まれ持った魔法属性。
判明した私の魔法属性は、【電波】属性という、未知の『使えない』属性だったのです。
お父様はこの国でも有名な【雷】属性の使い手で、お母さまは希少な【光】属性魔法の保持者。
そんな2人の間に生まれた私は、有望な魔法属性になるのではないかと思われていたにもかかわらず・・・
私の【電波】属性はかなり稀な属性みたいで、私以外に保持者はいませんでした。
そんな状況だったので、最初は周りからかなり珍しがられ、同時に期待されました。
お父様の【雷】属性に近い、未知の強力な魔法を使えるのではないのかと、一時は羨望の眼差しを受けました。
しかし、現実は非情でした。
実際に【電波】魔法を使ってみても、何も起きなかったのです。
【電波】と呼ばれるモノを操ることができるみたいなのですが、そもそも【電波】というモノ自体、何なのか分かりません。
魔法の第一人者と呼ばれる導師や博物学の権威と呼ばれる学者、それ以外にも多方面に問い合わせてみましたが、誰も何も知りませんでした。
そんな状況がしばらく続くと、【電波】属性は次第に『ハズレ』属性扱いされるようになっていました。
『使えない』属性だと判断されれば、そうなるのは当然の流れでした。
お父様の【雷】属性、お母様【光】属性。
有名な2人の属性と比較され、そしてその落差から、口さがない貴族や教会関係者から、悪意に満ちた噂が意図的に広められました。
そして気づいたときには、私は周囲から『ハズレ姫』とあだ名されるようになっていました。
貴族令嬢としての私の誇りはまたたく間に、地に落ちるどころか、奈落の底まで突き落とされてしまったのです。
当初は心無い言葉を耳にするたびに嘆き悲しみ、胸が締め付けられる思いでしたが、月日が経つにつれて、なんとか『表面上だけは』平静を取り繕えるようになりました。
辛い、悲しい、何より悔しい、そんな気持ちは、心の奥底に『無理やり』追いやりました。
それは、貴族の娘として生まれた、私のなけなしの矜持でした。
俯いてしまえば、それはアイツらの思うつぼ。
だから負け惜しみじゃないけれど、せめてもの意趣返しとして、何を言われても、涼しい顔で微笑むように『装い』ました。
さらに歳月を重ねると、何より私自身が、自分の属性魔法を『ハズレ』だと納得し、認めるべきだと思うようになりました。
だって、【電波】属性魔法が『使えない』ことは、本人が一番良く分かっているのですから。
悪口陰口を言われ続けていたせいで害意に慣れてしまったこともあり、最近では『表向きは』完璧に誹謗中傷を平気な顔で聞き流すことができるようになりました。
『ハズレ』と罵られても気にも留めていない、きっと誰もが私のことをそう思っていることでしょう。
けれど、私の町、オーレリアの領民から、『次期領主はハズレだ』、そう思われることだけは我慢できませんでした。
だから、このオーレリア領の繁栄のために、とにかく必死に動き回りました。
少しでもこの町に役立つと思えることは、どんなことでも試してみました。
町で人気の商品があると聞けば、現物を手に入れてその秘密を調べてみたり。
災害が発生したと聞けば、現地を視察したり。
教会が定期的に行っている炊き出しが不評と聞けば、私なりのやり方で独自に炊き出しを行ってみたり。
そうこうしているうちに、いつしか私は【電波】属性魔法のことを考えなくなっていました。
もっともっとこのオーレリアの町を盛り上げたい、その思いの方が強くなっていたからです。
そんなとき、私の人生の転換点とも言える出会いがありました。
ある日、お父様から接見に呼ばれた住民たちが、馬を使わないで済む人力の【三輪自転車】と荷車で領主館に乗り付けてきました。
面白そうだったのでその接見にお邪魔してみると、灰色の髪と灰色の目をしたおチビちゃんが、お父様とお母様にいろいろ貢物をしていました。
どさくさ紛れに私も強請ってみると、ふわもこカワイイ私の身の丈ほどの大きなネコのぬいぐるみをもらうことができました。
その後、周囲にいろいろ聞いて回ると、どうやら【三輪自転車】と荷車もこのおチビちゃんが関わっているみたいでした。
【三輪自転車】にとても興味を惹かれた私は、早速次の日、そのおチビちゃんの在所を訪ねてみました。
するとその場所は、見たことがない遊具であふれかえっていました。
(何ココ? 何アレ? 何だかとっても楽しそう!)
そして気づけば、当初の目的をすっかり忘れて、おチビちゃんたちと楽しく遊んでいました。
(この遊具、凄いわ! これを普及させれば、オーレリアの町の名物になるんじゃないかしら)
そんなことを考えていたら、おチビちゃんから手みやげとばかりに、【三輪自転車】をあっさりもらってしまいました。
(え? こんな希少そうな【三輪自転車】を? そんな事もなげに?)
その後もおチビちゃんたちとふれあうたびに、驚きとドキドキがありました。
【カメラ】という瞬時に風景を描くことができる道具をもらった時は、現場の状況を目で見たように画紙で報告がでる『シャッシン』、その利便性と実用性に、ワクワクが止まりませんでした。
そして今日、私は忘れかけていた自分の『ハズレ』魔法の使い方を知ることができました。
これもまた、おチビちゃんとのふれあいからもたらされました。
【電波】とは、目に見えないけれど物凄く速く遠くまで届くモノのようで、それをうまく使えば、遠く離れた場所にいる人と会話することも可能だと、おチビちゃんが教えてくれました。
高名な学者でも知らなかったことを、どうして知っているのか疑問に思いますが、あの遊具や【三輪自転車】、そして【カメラ】といい、見たことがない不思議なモノをポンポンと出しちゃうおチビちゃんについては、考えても今更な気がしてきました。
そして最後に、おチビちゃんから【電波】を扱うことができる道具、【トランシーバー】をプレゼントされました。
私のことを慮る、こんな一言と共に。
『今まで悔しかったよね? でももうきっと大丈夫!』
おチビちゃんのその言葉を聞いたとき、思わず涙がこぼれてしまいました。
それは『ハズレ』だと悪口陰口を聞かされ続けてきた屈辱、そして、【電波】魔法は『ハズレ』なんだと自らあきらめざるを得なかった無念、その二重の悔しさからくる涙でした。
(私、取り繕ってきたけど、格好を付けて誤魔化してきたけど、本当は悔しかったの・・・)
(ずっとずっと言い返したかった、【電波】魔法は、私は、『ハズレ』なんかじゃないって・・・)
おチビちゃんの一言は、そんな私の秘めた胸中に寄り添ってくれているようで、何だかとても救われた気がしました。
もちろん、『使えない』と思っていた【電波】魔法の使い方を教えてくれたことや【電波】を扱うことができる【トランシーバー】をプレゼントしてくれたことにはこの上ない喜びと感謝しかありませんが、おチビちゃんの何とはなしに発したこの一言にも、本当に助けられたのです。
私は今まで『ハズレ姫』だと後ろ指を指されてきたので、貴族の子息息女からは疎まれてきました。
そして自領の子供たちからは、変に気を遣われて遠巻きにされてきました。
そんな私の前にひょっこり現れたおチビちゃん。
(私、同年代の子と普通にふれあったり、普通におしゃべりしたのって、おチビちゃんがはじめてかも・・・)
(普通って、なんだかうれしい。これがお友達ってことなのかな?)
(はじめてできたお友達・・・)
(今日は私にとって、人生最良の日になっちゃったみたい!)
そんな物思いに耽っていると、【電波】魔法の実験を手伝ってくれた衛兵のみんなが戻ってきました。
衛兵1「いや~凄いですな、この【トランシーバー】というヤツは。遠く離れたお嬢様の声が、こんな小さな箱から聞こえてくるなんて、まったくもって驚愕です」
衛兵2「【トランシーバー】を使って我々だけでも会話ができました」
衛兵3「でも、【トランシーバー】同士だと、せいぜい100~200メートルぐらいしか会話できませんでしたね」
ベアトリス「なるほどなるほど、そうなのね」
衛兵4「私からも報告させてください。街壁の外でも、【トランシーバー】からお嬢様の声は聞こえていました」
ベアトリス「え? 街壁の外にも私の声は届いていたの?」
衛兵4「はい。ただ、こちらからの声かけに、お嬢様から何らのご返答をいただけなかったということは、お嬢様には私の声は届いていなかったのでしょうか?」
ベアトリス「ええ。あなたの声は聞こえてこなかったわ。だから街壁の外へは【電波】魔法は届かないのだと思ったのだけど、違ったのね?」
衛兵4「たぶんですが、この【トランシーバー】は、お嬢様の【電波】魔法より、力が弱いのではないのかと」
衛兵1「ふむ。お嬢様の【電波】魔法は、今の時点でも【トランシーバー】より強い力で遠くへ【電波】を届けることができる」
衛兵1「となると、これから本格的に練習すれば、お嬢様の【電波】魔法は、より強力なモノに化けるかもしれませんな」
衛兵1「お嬢様はまだ【電波】魔法を使い始めたばかりですし、たぶん『伸びしろ』しかありませんぞ?」
ベアトリス「ふふっ。それはとてもうれしい報告だわね」
(私、この【電波】魔法をもっともっと練習して、絶対に使いこなしてみせるわ)
(それから私なりの方法で、このオーレリアの町の発展に役立たせてみせる)
(そして最後には、悪口陰口をたたいていた連中を必ず見返してやるんだから!)
(【電波】魔法も、そして私自身のことも、もう『ハズレ』なんて言わせない!)
(おチビちゃん、きっと見ていてね!)
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