64 オトナたちの忸怩(別視点)
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マスター「まったく、だから縁故採用はダメだと言ったんだ!」
おチビちゃんたちがハンターギルドの裏庭の広場でキャッキャと自転車遊びに勤しんでいるころ。
今後の対応を話し合うべくハンターギルドの3階にある支部長室に集まったハンターギルドの幹部たち。
その表情はみな鎮痛でした。
アイリーン「申し訳ありません、私が席を外していた隙に」
購買部ハンナ「いやいや、あんただけの責任じゃないさ。むしろ、あんたばかりに仕事を押し付けちまってたみたいで申し訳ないよ」
支部長「今回は完全に油断しておったの」
副支部長「まさかこんなに早く、しかも直接的な接触をしてくるとは思ってもいませんでした」
マスター「苦労して苦労して、やっとのことでここまで這い上がってきたあのおチビたちが、危うく私欲にまみれた大人の食い物にさるところだった」
マスター「意に沿わないのならと、狡猾な大人に、すんでのところで切り捨てられるところだった」
マスター「オレはあの時のあいつらの顔を、何かを諦めちまったような顔を見て・・・」
マスター「あいつらにあんな顔をさせちまった事が、もう情けなくて悔しくて・・・」
マスター「ハンターギルドの後ろ盾が聞いてあきれるぜ」
アイリーン「本当に、そう・・・」
マスター「それで、今後はどうするつもりなんだ? 前の話じゃ、まだ泳がせとくってことだったが」
マスター「まさかこの期に及んで、現状維持なんてぬるいこと言うんじゃねぇだろうな?」
支部長「我々が後ろ盾になると公言しておったにもかかわらず、奴らはちょっかいを出してきおったんじゃ。黙って見過ごすわけにはいくまいよ」
副支部長「実行したイライザを含め、王都本部のひも付きは、即刻王都のハンターギルドに返却です」
購買部ハンナ「それだけじゃ不満だね。今後、王都の指示には従わないとはっきり言ってやんなよ!」
副支部長「もちろん、そのつもりです」
副支部長「我々を一地方支部と侮ったこと。そして『シュッセ』に対して行われた非礼は、『シュッセ』の影響力を持って思い知らせてやるとします」
マスター「まさかとは思うが、王都の本部と真っ向やりあうつもりなのか?」
購買部ハンナ「バカなこと言うもんじゃないよ」
購買部ハンナ「組織の規模からして太刀打ちできるわけないじゃないか」
支部長「正面から勝負してもこちらに勝ち目はない。どうするつもりじゃ?」
副支部長「商業ギルドを巻き込もうかと」
副支部長「まずは、主食や衣類などのそういった必需品ではなく、商業ギルドが苦手としている分野であまり目立たないところを『お手伝い』します」
購買部ハンナ「そう。こちらは商業ギルドが十分に手を回せていない分野を『援助』している、そう思わせるのさ」
マスター「それで干し肉や蜜、そして今度は菓子用の調理粉か」
副支部長「それとさらに、馬を使わずに済む手ごろな輸送手段、リアカーと三輪自転車が加わるわけです」
購買部ハンナ「最終的に商業ギルドという巨大な組織をこちらの味方につけて、王都がこちらに口出しできないようにしようってわけさ」
支部長「教会におもねるハンターギルド王都本部との対立は、ある意味『シュッセ』の要望に適っておる」
支部長「先方に気取られぬよう、慎重にの」
副支部長「心得ております」
支部長「それから新しい試み、『ユービン』についても、早急に調整を頼むぞ?」
支部長「『シュッセ』の後ろ盾になると大見えを切っておいて、今回のこの無様」
支部長「一度失いかけた彼らの信頼、この『ユービン』事業の成功をもって、必ずや挽回せねばなるまいて」
支部長「己がためではなく、スラムの者のためにと望む心意気、無碍にはできなかろう?」
副支部長「そちらについても万難を排して」
支部長「うむ。皆には今以上の奮闘を期待しよう」
支部長「特にアイリーンには、直接間接問わず、今後も雑多な業務が多かろう。すまぬが今後も頼んだぞ?」
アイリーン「ええ、大丈夫です。あのおチビちゃんたちとの交流は、事態が急変したりで大変ですけど、何より楽しいですからね」
アイリーン「それに私、かわいい天使ちゃんからステキな贈り物を受け取っちゃいましたしね」
マスター「天使ちゃん? おチビか?」
副支部長「贈り物ですか?」
アイリーン「そうなの。本人は『山吹色のお菓子』とか言って私に渡してきたんだけど、中身は『琥珀色のソーマ』だったわ」
副支部長「ソーマ? それって、まさか『神酒』のことですか?」
アイリーン「あの芳醇でフルーティー、何とも甘くかぐわしい香りの中に、されどしっかりとした強い酒精」
アイリーン「あの味を知ってしまうと、普段飲んでいたエールが、ただの麦汁のように感じられてしまうわ」
副支部長「そんなにですか?」
マスター「そこまで言われちゃあ、ためしてみたくなるってもんだ」
購買部ハンナ「それは是非とも味わってみたいもんだね」
支部長「うむ。わしもご相伴にあずかりたいものじゃ」
アイリーン「私がかわいい天使ちゃんからもらったのよ? あれは私だけのモノ。誰にもあげないわよ?」
「「「「え?」」」」
副支部長「そ、そんな・・・」
マスター「そこまであおっておいて、そりゃないぜ」
購買部ハンナ「ちょっとぐらいいいじゃないか」
支部長「一口、一口でいいんじゃ」
アイリーン「皆さんもいい子にしていれば、いつかきっと天使ちゃんがご褒美に、ステキな贈り物をしてくれるかもしれませんわよ?」
支部長「ふふっ、フハハハハハ、はーっはっはっはっはっ」
副支部長「ど、どうなさったのです? 支部長」
マスター「なんだなんだ? 酒欲しさに気でも逝っちまったか?」
購買部ハンナ「あんた、それは言い過ぎってもんだよ」
支部長「はっはっは、いやなに、我らも変わったと思うての」
支部長「幹部が集まって、こんな他愛のない話をしたことなぞ、今まで一度もなかったではないか」
支部長「それが、どうしてこうして、こんなにも、おかしなことよの・・・」
マスター「あのおチビたちの影響だな」
アイリーン「あの子たち、ホントいい子なの」
購買部ハンナ「ハンターギルドのアイドルだしね」
副支部長「それを今回、危うく失ってしまうところでした・・・」
支部長「今後は油断は禁物じゃ。心してまいろうぞ」
一同「「「「はい(おう)」」」」
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