56 彼の理由
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彼は難民の子だった。
彼と彼の両親は、敵対国である隣国からの難民だった。
難民としてこの町に移り住んだ彼ら家族にとって、この町の人々の目はとても冷ややかだった。
そんな彼ら家族にとっての心のよりどころは、家族の絆と神の存在のみだった。
彼の父はその境遇ゆえ、周りからの信頼を勝ち取るため、日々必死になって働いた。
その甲斐あって、この国に来てから5年も経過するころには、周りからひとかどの人物だと言われるようになり、財産も蓄えることができた。
篤い信仰心のあった彼の父は、この町の教会に多額の寄付をした。
教会は彼の父とその家族を厚遇した。
彼は家族とともに足繁く教会に通い、神父様からもたらされる神に関するいろいろな寓話に耳を傾けた。
特に御使い様に関する伝承には心惹かれ、長い銀色の髪をなびかせながら、大きな銀色の瞳ですべてを見通す、その人物に憧れを抱いた。
そんなある日のこと、この町をはやり病が襲った。
彼の家族はその影響をもろに受けてしまい、両親は他界した。
彼が12歳の時だった。
急にひとりぼっちになってしまった彼には、悲しみに暮れる余裕さえなかった。
まずは両親の亡骸を埋葬し両親の魂を神の御許まで送り届けてもらおうと、両親とともに日ごろから通い詰めていた教会へと出向いた。
そして、現実を突きつけられた。
「何だ、難民の小僧か。まだ生きてたのか」
「金だけは持ってたから愛想よくしてやってたが、父親が死んだんじゃ、それももうおしまいだな」
「ここはお前らのような薄汚いよそ者が来ていい場所じゃない。とっとと失せろ!」
いつもニコニコと愛想よく、神様のお話をしてくれていた神父様に、有無を言わさぬ勢いでまくし立てられた。
心の支えだった両親との絆、そして信仰心。
他に頼る者もいない他国の町でたったひとりになってしまった彼は、瞬く間にそれら全てを失った。
彼は教会を恨んだ。
そして、教会での偽りの日々を忘れようとした。
でも、それでも、どうしても、両親とともに聞いた思い出のお話、御使い様に関する伝承だけは、忘れ去ることができなかった。
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