55 騒動
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助祭「覚えておれ、下賤の小童どもめ!」
教会からの指名依頼をきっぱり断ったワタシたち3人。
そのことに激怒した教会の助祭様は、お顔を真っ赤にして、先ほどの捨て台詞を吐いてお帰りなのでした。
これでこのお話はおしまい。
そう思って、ワタシは本来の目的、【ジョシュア雑貨店】の納品完了報告を処理してもらおうとイライザさんに視線を移すと、こちらもお顔が真っ赤でした。
イライザ「もう! どうして断ったりなんかしたの! 大変栄誉なことだったのに!」
イライザ「あなたたちのことを思って、わざわざ教会と繋ぎをつけたのに!」
どうやら、受付のイライザさんは、『ワタシたちのためにわざわざ』教会のひとを呼んでくれたみたいです。
そしてそれを無碍にしたワタシたち3人におかんむりのご様子です。
(もしかして、ワタシたちがはちみつの納品者だってことが教会のひとにバレたのって・・・)
イライザ「あ~、どうしよう。教会からの依頼を断ったりしたら、ハンターギルドへのポーションの割り当てが減らされちゃうかもしれないじゃない!」
イライザ「私の評価も下がっちゃうだろうし・・・」
イライザ「もしそんなことになったら、あなたたち、責任取ってハンターギルドを辞めてもらうわよ!」
どうやら今回の問題はワタシたちだけにとどまらず、ハンターギルドにも影響が出てしまうかもしれないようです。
そして最悪の場合、私たちはハンターギルドを辞めなければならないみたいです。
おにぃ「ごめん。オレのせいで・・・」
ワタシ「おにぃはこれっぽっちも悪くないの! 受けたくない依頼を受ける必要なんて、どこにもないの~!」
ねぇね「そうだよそうだよ!」
ワタシたちは、つい先日まで、スラムで生活していました。
誰にも頼らず、誰にも頼れず、3人だけで生きてきました。
本当に辛いとき、厳しいとき、自分のことだけで精いっぱいだったはずなのに、足手まといでおチビなワタシとずっと一緒にいてくれたねぇねとおにぃ。
今のワタシがこうしていられるのは、このふたりがおチビなワタシの面倒をみてくれたからです。
ワタシにとってねぇねとおにぃは、かけがえのない、大切にすべき、最優先すべき存在です。
今までも、これからも、ワタシたち3人は家族です。
だから、おにぃが嫌だと言っていることは、誰になんと言われても、絶対にしません。
そのことで、ハンターギルドに迷惑がかかるのなら、とっても残念ですけど、すっぱり辞めるしかありません。
ふたりさえ一緒なら、きっとこれからも大丈夫。
ワタシにとっては、ねぇねとおにぃ以上に大切なことなんて、この世にはないのですから。
ワタシ「ねぇね、おにぃ、ハンターギルド辞めたらどうしようか?」
ワタシ「ハンターギルドの登録証、身分証がなくなっちゃうから、町中でいろいろできないかもだけど」
ワタシ「【マダムメアリーの薬店】で雇ってもらって、アリスちゃんと一緒にポーション作りがんばっちゃう?」
ワタシ「それとも、『ガレットのお店 ローラ』でお手伝いさせてもらって、美味しいお菓子作りでもしようか?」
ねぇね「どっちも楽しそう!」
おにぃ「おチビ・・・ありがとう!」
ワタシたち3人が、ヒソヒソとそんなお話をしているときでした。
アイリーン「どうしたの? 騒がしいけど、何か揉め事?」
マスター「いたいた! 探したぜ? おチビども。 ん? 何かあったのか?」
アイリーンさんとマスターさんが、ほぼ同時に登場なのでした。
イライザ「アイリーン先輩聞いてくださいよ~。この子たち、教会からの指名依頼断っちゃって~。今、助祭様が激怒して帰っちゃったところなんですよ~」
アイリーン「教会からの指名依頼? 『シュッセ』の3人に?」
イライザ「そうなんですよ~。なんでもご領主さまお気に入りの『黄金色の蜜』を御所望みたいで――」
アイリーン「待ちなさいイライザ。こんな場所で個別案件を軽々しく口にするんじゃありません!」
アイリーン「まさかあなた、こんな耳目の多い場所で、その指名依頼の話をしていたわけじゃないわよね?」
イライザ「え? してましたよ? ちょうどこの子たちが目に入ったんで」
イライザ「スラム出身の子供相手に、わざわざ個室用意するのもアレですしね~」
イライザ「あ~どうしよ~。早くこの子たちを教会に連れて行って、とにかく謝罪させなくっちゃだわ~」
イライザ「最悪、責任取らせてハンターギルドを辞めさせれば何とかなるかしら~」
アイリーン「イライザ、あなた・・・」
イライザ「そんなことより、どうしましょう」
イライザ「教会の不興をかってしまって、ハンターギルドへのポーションの納品に影響が出るかもしれ――」
アイリーン「お黙りなさい! 愚か者!」
マスター「恥を知れ! バカ女!」
イライザさんの説明を遮り、アイリーンさんとマスターさんの怒声が、ハンターギルドのフロア全体に響き渡ります。
どうやらアイリーンさんとマスターさんは、ワタシたちのために怒ってくれているようです。
マスター「最悪だぜ。こんな恥知らずがハンターギルドの職員だなんて・・・」
アイリーン「まさかこんなたわけ者が同僚だったなんて・・・」
イライザ「え? なに? なんで?」
マスター「ハンターを粗雑に扱うハンターギルドの職員がどこにいるっ!」
イライザ「え? なんで? どうしてこんな子供に気を使う必要が――」
マスター「大人も子供も関係ねぇだろぉが。仕事だろ? 相手を見て対応を変えてんじゃねぇよ、ぼんくらが!」
アイリーン「あなたはどこの組織の人間なの? ハンターギルドの職員なら、ハンターの利益を最優先にすべきでしょ?」
イライザ「え? 私はハンターギルドのためにと・・・」
アイリーン「あきれて言葉も出ないわね」
イライザ「じゃ、じゃあ、実際に教会からポーションの納品が滞るようになったら、お二人はどうするつもりなんですか!」
イライザ「こんな子供の1級ハンターより、教会の高貴な方を優先して、ハンターギルドの利益を考える方が、職員として当然じゃないですか!」
なんだかよくわかりませんが、ワタシたちのことで、言い争いがエスカレートしているみたいです。
そんなとき、聞き覚えのある声が聞こえてきました。
メアリー「なんだいなんだい? 『シュッセ』への指名依頼の手続きに来たってのに、これは何の騒ぎだい?」
それは【マダムメアリーの薬店】のメアリーさんの声でした。
イライザ「『シュッセ』? この子たちに指名依頼? なんでこんな子供の――」
メアリー「ああ、ちょうど『シュッセ』の3人もいるじゃないか。また、ポーションの作成お願いするよ?」
メアリー「あの後調べたんだがね? あんたたちの作るポーションは、とんでもなく凄い回復量だったよ?」
メアリー「教会なんかが作る魔力が薄~くてほとんど効果がないポーションなんぞの、それこそ数倍は価値があるモノだったよ」
イライザ「え? この子たちがポーション作り?」
イライザ「教会のポーションの数倍の価値!?」
マスター「はっはっはっはっ、そいつはいい。実にいいじゃねぇか!」
アイリーン「イライザ、聞いた通りよ? 教会とこの子たち『シュッセ』、どっちを優先すべきなのかしら?」
イライザ「うそ・・・」
よくわかりませんが、どうやら言い争いは終わったみたいです。
前世の記憶で言うところの、『亀の甲より年の劫』なのでしょうか。
メアリーおばあちゃんは、ハンターギルドに来て早々、一瞬にしてオトナの言い争いを治めてしまったのでした。
ワタシ「なんか、メアリーさんのおかげで、ワタシたち、ハンターギルドを辞めなくてもいいみたいだね?」
おにぃ「そうみたいだな」
ねぇね「うん。よかったね~」
(なにはともあれ、ハンターギルドを辞めなくてよくなったみたいです)
ヽ(´∀`。)ノ
(でもねぇねとおにぃが嫌なことは、これからも絶対やらないぞ~!)
(*`^´*)
今後も、ねぇねとおにぃを最優先にすることだけは変わらないと心に誓うワタシ。
ねぇねとおにぃのためならば、誰になにをされようが、なにを言われようが、絶対折れない、絶対泣かないおチビちゃんなのでした。
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